「SAFUJI(サフジ)」として財布やバッグなどの革製品を制作している、沢藤勉さん、加奈子さんご夫妻。東小金井駅近くの高架下にあるシェアショップ「atelier tempo(アトリエテンポ)」を経て、2022年には自身のアトリエ兼店舗を設けました。「いい意味でSAFUJIが私たちから離れていっている」というお二人。今、何を感じているのでしょうか。
「やっぱり自分たちにとっていちばん大切なのは、ものを作ること。革の表情は一つひとつ違うのが良さですけど、作りはどれも同じように、しっかりときれいに作りたい」
こう話すのは、沢藤勉さんです。革製品のメーカーを経て、パートナーの加奈子さんとともにSAFUJIとして独立。財布やバッグなどの革小物を制作してきました。
2014年からは、他の4組のメンバーとともに、工房併設のシェアショップ「atelier tempo(アトリエテンポ)」に入居し、現在は小金井市内に自身のアトリエ兼店舗を設けています。
沢藤勉さん(以下、勉) 「最近は、SAFUJIという物自体に良さを感じて来てくださる方が増えました。接客していると『作っている人なんですか?』と驚かれることも」
以前は“革作家”として見られることが多く、ご自身たちもそのように打ち出していたそうです。
沢藤加奈子さん(以下、加奈子) 「以前はクラフトフェアに出たり、作家物を扱うお店で展示会を行ったりすることが多かったので、そういったものが好きなお客様が多かったんです。お客様の層が広がって、私たちの親世代の方から若い方まで来てくださるのが、うれしいですね」
革の温もりを大切にしたSAFUJIの製品。お金を出し入れしやすい財布など、機能性の面からも人気です。月数回の営業日には、実際に手にとって買いたいと、多くの人が訪れます。
加奈子 「うれしそうに商品を見てくださって、お店の前で記念撮影をする方も。そんな姿を見るとなんだかすごくほっとします」
シェアショップ時代から、「いつかは自分たちの店を」と考えていたというお二人。お店に訪れるお客様が増えてきたことが背景のひとつでした。
加奈子 「店や工房をシェアする利点は、もちろんあります。でも、SAFUJIを目指してくるお客様が次第に増えるなか、交代制で店番をする他のメンバーの負担になっていないかと、気にかかっていました。かと言って、私たちが店に毎日立つわけにも、営業日を絞るわけにもいかないし…」
そんな折に見舞われた新型コロナウイルスの流行。atelier tempoのSAFUJI在店日を予約優先制で営業することになりました。
勉 「予約までしてでも、僕たちの製品を求めて来てくださる方がいらっしゃることがわかったんですね。そうであれば、自分たちのお店を開いたら来てくださる方がいるのではないかな、と」
元々、シェアショップで店を開きながら、自宅で作業をしていたお二人。自宅をリフォームすることになり、その間だけ作業場として使える、“仮工房”を探していました。その中でたまたま見つかった物件が、店舗を併設するのにちょうどよいサイズ。そこで、自分たちのアトリエ兼店舗としてやっていこうと決めたのです。
加奈子 「それまでは、自宅の作業場とatelier tempoと、資材置き場として借りていたアパートの一室を行ったり来たり。革が雨に濡れないよう、天気予報を気にしながら移動したりするのが結構ストレスで。1か所にするのは一番シンプルだなと」
物件の改修や制作に使う機械の設置ののち、2021年からアトリエを、2022年から店舗を、現在の場所に移し、SAFUJIの新店舗がオープンしました。
こうして新たな拠点を得たお二人ですが、SAFUJIを経営するうえで、夫婦で意見がぶつかることはないのでしょうか? atelier tempoでの経験があることから「店舗オープンにあたって大変だったことは特になかった」と言いますが、営業日を決める話し合いには、時間を費やしたそうです。
加奈子 「彼は毎週3日開けたいという考えで、私は月に数回という考え。在庫をご用意するために制作の時間を確保したいし、人の配置を考えると無理ない程度がいいと思ったんです」
話を聞いていると、勉さんが描くイメージを、加奈子さんが実現可能な形に落とし込んでいくというコンビネーションのように思えます。
勉 「SAFUJIを始めた頃からそうだったかも。『このイベントに出たい』と僕が言って決めていくのを、一つひとつ地固めしてくれるのが彼女で」
意見のぶつかり合いは大変ですが、二人の考えが違うからこそ、細かいところまで話し合って、イメージを具体化していく機会になるのかもしれません。同じ考えだったら、なんとなく話が進んでいってしまいそうです。
加奈子 「“なんとなく”は嫌ですね。本当は“なんとなく”の関係のほうが楽なんでしょうけど。これは仕事であって、たくさんの人が関わっているから、モヤッとした部分を残すと、みんなにしわ寄せが行ってしまう」
勉さんの考えを整理していくという加奈子さん。「『勝手に整理しないで』って怒られるんですけどね」と笑っていました。
SAFUJIを始めてから10年以上が経ち、自分たちの店舗を開いた今、お二人の仕事に対する向き合い方に変化が生まれています。一緒に働く仲間を得て、“チーム”になってきたのです。
加奈子 「これまでは、私たち二人でできるだけやるというスタンスだったけど、生産する数や販売のことを考えると、スタッフがいてくれたらなと。販売のアルバイトとして来てくれた学生さんが、卒業後、一緒に働いてくれているんです。彼女が展示会で出会ったお客さんが営業日に来てくれて、二人で楽しそうに話をしていることもあります。スタッフがお客様と関係性を築いている姿はうれしいですね」
そして加奈子さんはこう続けます。
加奈子 「いい意味で、SAFUJIが自分たちから離れていっている。チームになってきているんですよね。関わる人が増えてきて、私たち二人が主導してやってきた頃とは変わってきていると感じます。作業に慣れている自分がやれば早いかもしれないけど、それでは先がないので、みんなにどう委ねていくか。どうしたら働きがいのある職場になれるかと考えています」
勉さんと加奈子さんの働き方にも変化が生まれています。仕事を離れれば子を持つ親である二人。アトリエを作ってからは自宅を作業場にしていたときと比べて、規則正しい生活になったそうです。
加奈子 「家だと合間に家事をできるのは良いのですが、夜、子どもたちが寝た後に仕事を再開して、徹夜に近くなってしまったり…。今はここに来て作業するので、『この部分は一人でできるけど、こっちは◯◯さんが来るときにやったほうがいいな』のように、毎朝作戦会議をして考えるようになったと思います」
勉 「僕は子どものスポーツの遠征に付き添うことも多いんです。それは休みが取れているということですよね。あと数年して、下の子も中学生になる頃には、自分たちの動きも変わってくるのかな。別に今、SAFUJIとして止まっているつもりでもないんだけれど」
勉さんはこれまでを振り返ってこう話します。
勉 「これまであんまり大きなことをしてきたつもりはないんです。『お店をやりたい』とぽろっと言ったときに、atelier tempoのお話をいただいて、靴作りのcoupéも誘って。その後、生産量が増えて、atelier tempoや自宅の作業場が手狭になってきたことも、家のリフォームの話も、すべて“流れ”でやってきたなと」
加奈子 「先を考えるより、その時その時の選択をしてきたんですよね。振り返ると全部いい選択をしてきたと思うんですけど。いい人たちとも巡り合って」
流れに身を任せ、その時々の選択をしてきた結果、今があるようです。最後に、勉さんの頭の中に浮かんでいる次のイメージをこう教えてくれました。
勉 「何か良いものを見つけたときの喜びを、もっと感じてもらえる場所を持ちたいなと。ふらっと入ってきて、『買うつもりじゃなかったけどいい出会いがあった』のような。ネット販売では失われてしまう、偶然の出会いで買い物をする楽しみのある場を作りたいと思うんですよね。何年後になるかはわからないんですけど」
加奈子さんも「今の状態がずっと続くとは思っていないよね」と。二人から始まり、育ってきたSAFUJI。時を重ねた革製品が味わいを深めていくかのごとく、SAFUJIも自然に移り変わっていくのでしょう。(近藤)
革製品のメーカー勤務後に独立し、2010年に夫婦でSAFUJIとして自宅に工房を構える。使うほどに手に馴染むSAFUJIの革小物は、革の質感と手縫いのプロセスを大切にしている。2014年、atelier tempoにお店と工房をオープン。現在は、新小金井駅近くにアトリエ兼店舗を構え、全国各地での展示会にも出展。
以前ご紹介した記事
「日常が見えるシェアストア-atelier tempo-」
https://rinzine.com/article/ateliertempo-539/
工房を併設した高架下のお店「atelier tempo」には、SAFUJIをはじめ5組の商品がひとつの空間の中で心地よく並び合っています。この場所で一緒にお店を始めたのはなぜでしょうか? 5回の連載で様々な“はたらき方”のヒントを探ります。