「おいしいコーヒーと丁寧な暮らしで質の高い人生を」。そんな思いを胸に、2022年7月、益岡悠介さんはコーヒー専門店「THE MIDFLOW coffee roast(ザ ミッドフロー コーヒーロースト)」を国立にオープンしました。 “ミッドフロー”には生産者と消費者の間という意味のほか、自身も歩みの途中という思いが込められています。学生時代は弁護士を目指していたという益岡さんに、お店を始めることになった経緯を伺いました。
「日々を丁寧に暮らしていくと人生は充実したものになります。暮らしの中の一杯のコーヒーは、人生の質を高めてくれるのに必要なアイテムだと思っています」
益岡さんが大切にするコーヒーへの思いです。お店のオープンからお客さんが足を運び、順調なスタートを切った益岡さんですが、開業までにはさまざまな出来事がありました。最初のきっかけは学生時代に遡ります。
岡山市で生まれ、東京の大学に進んだ益岡さん。弁護士を目指して司法試験の勉強に励む一方で、コミュニケーション力を鍛えるため、大手のコーヒーショップチェーンで約8年間、アルバイトとして働きました。
「あの頃は自分でコーヒー屋をやろうという気持ちはなかったですが、人と接することや運営の仕方など、お店を運営する上で重要なことは、その時に全て学んだと思っています」
そして試験の不合格がきっかけとなり、ホテル会社に入社します。総務人事のほかカフェ運営を担うなど、数年間、いろいろな経験を積みましたが、会社中心の忙しい日々の中で葛藤を抱えていたといいます。
「ずっと会社にいてそれだけの人生になっている。これでいいのかな、人生をどうしていくんだと自問自答していました。今ちゃんと自分の人生をつくっていかないとろくな40代にならないと思い、会社を辞めることにしました」
こうして、益岡さんが自分の時間を持てる働き方にシフトしたのは、33歳の時。時間を有効に使える仕事でお金を稼ぎながら、海外への旅を通して自分と向き合う時間を大切にするようになります。
中でも、アメリカのシアトルとポートランドへの旅は益岡さんにとって転機に。街中のコーヒー屋は早朝からにぎわい、一日をスタートさせる場としてのコーヒー屋がありました。常連らしい初老の女性は日課のように颯爽と珈琲豆を買っていき、店内のお客さんとスタッフは時間を気にせず会話を楽しんでいる。“自然と暮らしに溶け込んだコーヒー”の姿に、益岡さんのコーヒーに対する意識が変わっていきます。
「コーヒーをあんな風に楽しみたい。もっと人生のクオリティを高めるものとしてコーヒーと関わりたい」
珈琲の生豆を仕入れ、自宅で焙煎を始めていた益岡さんは、帰国後、さらに早起きをしてじっくりと丁寧にコーヒーを淹れるようになります。
「たった一杯のコーヒーで、日々の生活に張りが出て自分の生活にリズムが生まれるのがわかりました。その時間があることで、ぐっとセルフイメージが高まるんです。僕が丁寧な暮らしとおいしいコーヒーにこだわる一番の理由がここにあります」
「クオリティの高いコーヒーは最高の自己投資」。そんな思いが、益岡さんに生まれていきます。
益岡さんが焙煎した本格的なコーヒーは知人の料理屋でお客さんに提供することになり、人気になっていきました。次第に「コーヒー屋をやるのは面白いだろうな」という思いがふつふつと湧いてきたといいます。
そんな中、料理屋が突然閉店。益岡さんはコーヒーを惜しむ常連さんたちの声に後押しされ、珈琲豆のオンラインショップ「masuocafe」を立ち上げます。
その頃から取り扱う珈琲豆への関心も強くなっていきました。益岡さんが当時からずっと使っているのが、ベトナム産の「ファインロブスタ」。もともと缶コーヒーに使われるような低品質なロブスタを、あるベトナムの農園主が高品質に作り出したものでした。
益岡さんはその農園を訪れ、夢だったコーヒーチェリーの採取を経験します。生産の現場を目にし、生産者やそれを日本に広めようと尽力する兵庫のコーヒー屋と交流を深める中で、強い思いが湧き上がってきます。
「生産者と消費者の間に立つ者として、絶対においしいコーヒーを焙煎して提供しよう。これだけの想いの詰まった『作品』に、さらに僕の想いも込めて広めていきたいと強く思いました。そして彼らと同じ目線で責任を持ってやるには、ちゃんと自分のお店を持ちたいと思いました」
コロナ禍も少しずつ落ち着きを見せ始めた2021年秋、益岡さんは開業に向けて動き出します。東京都の創業支援について調べると、ちょうど自分が39歳という若手創業サポートを受けられるぎりぎりの年齢であることを知り、「今やるしかない」と思ったそうです。
そして、事業計画書や物件の見方を一から学ぶタウンキッチンの創業セミナーに参加します。物件探しやお金の工面など初めてのことに不安もありましたが、スタッフに相談していく中で全てクリアになり、4件目の紹介でこの物件と出合います。
「お客さんがたくさん来て流れ作業になってしまう場所ではやりたくなかったんです。国立は素敵な個人商店が並び、そんなお店が受け入れられる街。国立駅に降りた瞬間に、この街がいいなと思いました。お客さんがわざわざ足を運んで来てもらえるような店にしたいと思っていたので、駅から8分という距離もちょうどいいなと思いました」
益岡さんは大家さんとの関わりも大切にしています。内装業者が決まらずにオープンが遅れ、大家さんに手紙を書いたこともありました。
「自分がやりたいことのためにはどうしてもここがいいけどお金はそんなにないこと、この日までには内装業者を決めようと思っていることなど、自分の気持ちと状況を正直に伝えました。大家さんはそれを温かく受け入れてくれて、今はお店に週に何度か来てくれたり、周りにショップカードを配って紹介してくれたり、いろいろと協力してくださっています」
開店準備に追われる中、不安が募り途中でやめようと思ったこともあったという益岡さん。けれども、「ここでやめてどうなるの?」という奥さんの言葉や、「いつもどんな時も、遠く離れていても、私たちは一緒に仕事をしていることを忘れないでください」というベトナムの生産者さんの言葉にモチベーションが跳ね上がったそうです。
そして2022年7月、ついに自分のコーヒー屋をオープンします。それは自分のお店を持とうと決めた約8ヶ月後のことでした。「大家さんや生産者さん、仕入れ先のコーヒー屋さん、家族など、周りの方たちに恵まれてここまで来れたことを実感しています。誰が欠けても開店までこぎつけませんでした」と、益岡さんは振り返ります。
お店をオープンして2、3ヶ月が経つと、近隣の幼稚園、小学生のお母さんを中心に多くのお客さんが来店するようになりました。
「幼稚園に送った後にうちに寄ってくれる方が多くて。8時から開いているのがすごくうれしいと言ってくれます。以前、小学校の懇親会でこの店を使いたいという依頼があり、ドリップバッグを提供したのですが、飲んだ方たちが翌日から足を運んでくれました」
実際に自分のお店を持ったことで、大きなやりがいを感じているという益岡さん。お店が、夫婦の絆も深めます。奥さんは土日にお店を手伝い、お菓子作りも担当。てんさい糖を使った米粉の焼き菓子はお母さんたちにも人気で、休みの日には2人でお菓子の試作をする時間も生まれました。「お店を持つことで人生そのものが充実してきた」と話します。
そしてこれからのお店について、益岡さんはこう言います。
「コーヒーだけでは、コーヒーの魅力を伝えるのも、店を続けていくのも難しいと思っています。暮らしにフォーカスし、さまざまな事業形態を展開して、“暮らしの中のコーヒー”を広めていくことが、たくさんの人にコーヒーの魅力を伝えることにつながっていくと考えています」
自分のお店を持ったことを後悔していないという益岡さんには、強い信念がありました。
「自分のお店ではコーヒーを出すだけでなく、お客さんに飲む時間をどうつくってもらうかを大事にしていて。僕たちがやりたかったことと、来てくれるお客さんの受け取り方が合致しているので、ここでお店を開いてよかったなと思っています。日々を丁寧に暮らしていけば、誰もが毎日生きやすく幸せを感じることができる。その幸せはさらなる幸せを運んできてくれる。そんなポジティブなスパイラルを生み出していきたいです」
益岡さんが刺激を受けた魅力的な人たちとの出会い、そしてベトナムの農園から届く珈琲豆に魅せられながら、自身の信念でもある丁寧な暮らしへの思いを胸に力強く歩み続ける益岡さんのこれからが楽しみです。(堀内)
1982年に岡山県岡山市で生まれる。20代は都内のコーヒーショップチェーンで約8年間勤務。その後、約3年間、ホテル会社でベーカリーカフェの運営に携わる。自分の時間を持ちたいと退職し、珈琲豆の生豆を仕入れ、趣味で焙煎を始める。手伝っていた魚料理店でそのコーヒーを提供し、店の閉店を機にオンライン販売「masuocafe」を開始。2022年7月、国立に「THE MIDFLOW coffee roast」を開店。
益岡さんが選んだ物件「交差点に建つ三角空間を活かす|国立」
https://rinzine.com/article/kunitachi-3469/
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