そばではたらく
通勤時間1030

逆風を乗り越え新しい道へ

「けやき出版をなくしたくない」という純粋な一心で、社長就任を決意した小崎奈央子さん。まったく知識がないまま始めた会社経営。前社長の血族でもなく、少しずつ登り詰めていったというわけでもない。そんな新しい社長の誕生に、社内からも反発や摩擦が起こります。地域での会社の評価を上げるために取った行動、地域に密着した出版社として描く夢とは。

初めてづくしの経営、社員との溝

根っからの文系だった小崎さん。経営する立場となったものの決算書の見方もわからず、社長に就任してすぐ経営セミナーに通い、ビジネス書を読み漁ります。

「本当は営業も嫌だし、未だに外で話すのも嫌なんです(笑)だけど、けやきにとってプラスになるなら、やらないという選択肢はないです」

1人でがむしゃらに努力を重ねますが、他の社員からしてみれば、ある日突然、部下や後輩が社長になったという状況。簡単に言うと“おもしろくない”心境だったかもしれません。その分、反発や摩擦も多かったと小崎さんは振り返ります。

「初めはすごかったです。頭では理解していても、『なんで小崎さんが』というのはきっとあったと思います。今になれば気持ちがわかりますが、その当時は会社を救ったような思いもあったので、なんで責められなきゃいけないんだろう、とすごく悩みました」

新しいことをしなければいけない、したいと思っても、年配の社員が多い会社だった分なおさら、初めは変化の“しんどさ”にしか目を向けてもらえない。そんな溝を抱えながらも、小崎さんは信念に従って、これまでなら断っていたしごとを受け始めます。

「違うことをしないと明るい道はないので、紙媒体かどうかも問わず、地域のことは何でもやろうと決めました。私がしごとを取ってきちゃうので(笑)、みんな『なんでこんなしごと…』と言いながらもやってくれました」

スタートを切った新しいけやき出版。そんな風にしごとを積み重ねる中で、社員との関係も少しずつ育っていきます。

自身も飲むことが好きな小崎さん。地域のイベントにバーデンターとして立つことも。

多摩で一番の出版社を目指して

小崎さんが入社した頃のけやき出版は年齢層が高い会社でしたが、現在はほとんどが20〜30代の女性ばかり。

「特に女性だと、子どもとしごとどちらかしか選べないと考えている人が多いですよね。やりたいことやってるから子どもは…とか、子どもを最優先するとこの範囲でしかはたらけないし…という意見を聞くと、自分で可能性をつぶさないで、もっと自信を持てばいいのにって思うんです」

正社員でなくてもいいという人はそれでいいし、子どもを連れて来てもいい。「締切を守ってクオリティが下がらなければ、家でビール飲みながらやったっていいと思ってるんです」と小崎さん。パートナーや親がいたり、子どもを保育園に預けられたりと環境は人によって違いますが、才能を活かす場を自分のために作ってあげてもいいんじゃないかと、小崎さんは考えています。その持論は、けやき出版としての社員への姿勢にも反映されています。そして、そんなけやき出版に、この春には初の新卒社員が加わります。

「多摩以外にも手を伸ばすとか、人を多くしたいとかっていう野望はなくて、多摩で一番の出版社としてブレない強い会社にしたいです。多摩のことなら何でもやりたい。最初は持ち出しでも大きな企画に変わるかもしれないし、どう化けるかわからないですよね」

多摩エリアの雑誌やメディアの編集長3名によるトークショー、多摩マガジンサミット2016。

枠にとらわれず地域に出る

社員とともに走り出したけやき出版は、本や雑誌の編集・出版に留まらず、イベント出店やウェブメディアの運営も行うようになりました。

「“社長”として登壇するイベントも、最初は呼んでもらえるだけで有難いという状況だったのが、この1、2年で、講師としてお金がいただけるようになったり、他には、イベント運営のお話もいただけるようになってきました。会社の価値をどう上げていくかという段階に入ったのを感じて、本当に楽しみなんです」

それまでの枠にとらわれず、新しいことに取り組んで行く根底にあるのは、地域への想い、地域に密着した出版社であるという想い。「地域でやっていく会社なら、ただ本をつくっても意味がない」と小崎さんは言います。

2017年4月にオープンしたウェブメディアとばなれ。クライアントにも縛られず、小崎さんも一切口を出さず、社員が好きなことを好きなように書くメディアです。

「地域の人に、会社も社員のことも好きになってほしいんです。そのためには知ってもらわないとはじまらない。例えば、たまら・びで出会った人のイベントにけやき出版として参加して、読者と社員が直接話せる機会を作ったり、“会える編集部”でありたいなと思っています」

地道に蒔いた種が芽になり始めてきた今、これからの夢を聞いてみました。

「私、“けやきハウス”を作りたいんです(笑)場所が欲しくて。病院が交流の場になっているおじいちゃんおばあちゃんや、子育て中のお母さんも、誰でもなんとなく来て交流できる“図書館のような出版社”にしたいと思っています。地域の人が作っているものを置いて知ってもらったり、夜はバーをしてもいい。立川は何でも揃っていますが、『ここに行けば誰かに会える』みたいな場所がないから」

自費出版のショールームをつくろう、本屋さんもいいな、とアイデアは広がるけやきハウス。けれど、出版社であることは変えないと小崎さんは言い切ります。

「本を流通させられる会社って、多摩全体でもとても少ないと思うんです。36年続いた会社が新しくなりつつ、地域に密着した部分は変えずというのが、単純に『いいなあ』って思っちゃうんですよね」

たまら・び西東京特集号の完成披露会。「地域には色々な才能を持っている人がいるので、発表の場をつくったり紹介したり、けやきが中核的な存在になれたらいいなと思っています」と小崎さん。

子どもを育てながらはたらく一社員から、会社をなくさないため社長になる決意をした小崎さん。その目線の先には、地域と社員がつながりながら、多摩エリアを面白く変えていこうとする出版社の未来がありました。(國廣 写真・鈴木智哉)

プロフィール

小崎奈央子

1978年東京都国立市生まれ、国立育ち。立川のけやき出版にて書籍編集者、地域情報誌たまら・び編集長を経て2015年に4代目代表取締役社長に就任。経営と編集長を兼務しながら多摩エリアの情報発信を行う。
http://keyaki-s.co.jp