同級生3人で叶えた居酒屋の夢

2024.06.20
同級生3人で叶えた居酒屋の夢

吉祥寺に、2023年3月にオープンしたモダンなネオ居酒屋「呑楽Neko(のらねこ)」は、新潟県糸魚川市で小学校の同級生だった3人が切り盛りしています。古着屋を営みながら居酒屋を立ち上げたオーナーの野内由太郎さんと、店長の富田康文さん、会員制ホテルで約10年間、料理人を勤めた磯谷美雅子さんにお話を伺いました。

古着屋をオープンしながら抱いた夢

新潟出身の野内さんは東京の文化服装学院を卒業後、山梨の古着屋で働いていました。雇われながらでは充分な給料を得られないと感じ、「できると思ったらすぐに独立しよう」と仕入れや店舗運営を学びながら3年半働き、独立を決めます。「好きな街だった」という吉祥寺での出店を決めて準備を進め、2017年に24歳で古着屋「Boogie(ブギー)」をオープンします。

「そんなに不安はなかったですね。いけるかなと。その頃は吉祥寺に空き物件が結構あって、小さくて家賃も手ごろな物件が見つかり、始めやすいかなと思ってすぐに決めました」

オーナーの野内由太郎さん。古着屋開業6年目で呑楽Nekoをオープンした
オーナーの野内由太郎さん。古着屋開業6年目で呑楽Nekoをオープンした

野内さんの小学校時代の同級生、富田康文さんは代々木の専門学校に通っていたこともあって、一緒によく東京で遊んでいました。富田さんは卒業後、スノーボードメーカーに勤めた後、地元の新潟でスキー場やゴルフ場などを運営するリゾート会社で働いていましたが、「もう一度、東京に行きたい」という思いを持っていたといいます。そんな時、古着屋の仕事を手伝ってほしいと野内さんから声をかけられ、東京へ。古着屋で事務作業など裏方の仕事を手伝うようになりました。

「東京に出るきっかけをもらったという感じです。僕も誰かの元で働く方が自分の力を発揮しやすいと感じていたので、ちょうどよかったです」

店長の富田康文さん。「飲食店が好きで、いつかできたらという思いを持っていましたね」
店長の富田康文さん。「飲食店が好きで、いつかできたらという思いを持っていましたね」

高校生の頃から「居酒屋って楽しそうだよね。一緒にやりたいね」とふんわり話していたという野内さんと富田さん。仕事のパートナーとしての相性も良かったことから、古着屋で一緒に働きながら、居酒屋オープンへの思いを募らせます。富田さんは古着屋で働きながらレストランでアルバイトを始め、いつか訪れる機会に備えて経験を積んでいきました。

野内さんも富田さんも料理の経験がなかったため、同じ小学校の同級生で、当時、軽井沢のホテルで料理人をしていた磯谷美雅子さんにぜひ加わってほしいと考えていました。2人は磯谷さんに会うと、「一緒にお店をやらないか」と声をかけていたといいます。

シェフの磯谷美雅子さん。「高校の頃、居酒屋オープンの夢を話していたことを私は覚えていなくて(笑)」
シェフの磯谷美雅子さん。「高校の頃、居酒屋オープンの夢を話していたことを私は覚えていなくて(笑)」

磯谷さんは新潟の調理師専門学校を卒業した後に入社した会社で、軽井沢の会員制ホテルに配属されて働いていました。朝食、昼食、夕食を作り、早朝から深夜まで働く過酷な環境でしたが、最初は会社を辞める選択肢はなかったといいます。

「2人から居酒屋のことを聞いた時も『やめた方がいいと思うよ。そんな甘くないよ』と言っていましたね。自分でお店を持つことは大変という印象が強くて、やりたいという思いもなかったです。組織に所属している方が楽かなと」

しかし、10年働き、磯谷さんは次の道へと進むことを決めます。磯谷さんが退職を決めると、すぐに居酒屋オープンへと話が進んでいきました。

同級生3人が揃ってできたお店

野内さんと富田さんは、磯谷さんの退職をめどに、オープンに向けて動き出します。コロナ禍で古着屋が通販を始めたこともあって、売り上げが伸びていたことも野内さんの背中を押しました。

「古着屋の経営がうまくいっていたので、気持ちもお金も余裕があったというのが大きかったですね」

まずは吉祥寺をメインに中野から三鷹あたりで物件を探しを始めますが、コロナ禍で飲食店支援制度を多くの店が活用したことで空き物件がなく、今の物件を見つけるまで一年かかったといいます。

「タッチの差で物件が埋まってしまったことがあったので、今度は逃したくないと、物件が出た日に決めました。30年以上続く和食料理屋の居抜きの物件で、一面大きなガラス窓がいいなと思いました」と野内さんは振り返ります。

物件の場所は駅から3分ほどで、2つの通りをつなぐ道にある。上下階には30年以上続く理容室とバーが入る
物件の場所は駅から3分ほどで、2つの通りをつなぐ道にある。上下階には30年以上続く理容室とバーが入る

そして、2023年3月、3人は居酒屋「呑楽Neko(のらねこ)」をオープンします。 同級生同士の兼ねてからの夢を叶えたのは、3人が30歳の時でした。オーナーの野内さんが家具や内装、店長の富田さんがお店のシステムとドリンク、シェフの磯谷さんがメニュー作りと料理。準備の段階からオープン後も、それぞれの長所と経験を生かした分担でお店を支えます。オープンした時のことを3人はこう振り返ります。

「僕らも居酒屋のしっかりとした経験はなかったので、どうなるんだろうという思いはありましたが、心配はなかったですね。それまでのやり方とかマニュアルが一切ないからこそ客観的にいいと感じること、自由に自分たちがやりたいことをできたのでそれはよかったですね」

どっしりと構える野内さんに対して、店に立つ富田さんは不安もあったそうです。

「自分で考えてドリンクを作るのも初めてだったので、SNSを参考にしたりお店を回ったりして。何が正解かわからなくて、これでいいのかなあ、と迷いながらでした。半年くらいはがむしゃらにやってきたという感じですね」

「私の料理をちゃんと食べたのは店のキッチンができてから。それで口に合わなかったらどうするんだろうって感じですよね(笑)」(磯谷さん)
「私の料理をちゃんと食べたのは店のキッチンができてから。それで口に合わなかったらどうするんだろうって感じですよね(笑)」(磯谷さん)

ホテルで洋食のコース料理を作っていた磯谷さんにとっても、居酒屋料理は初めてでした。

「2人は最初から私の料理をすごく信頼してくれていたのですが、価格帯もわからないし、お客さんが求めるものを考えるのが最初は難しかったです。本やSNS、流行っている料理を見ながら試行錯誤でした。最初に作った試作品の中には、今も提供しているメニューもあります」

野内さんは2人の不安を受け止めていました。

「僕はそれでいいと思っていました。もちろんやれることは100%やりますけど、最初から完璧なお店をつくるのは無理だと思っていたので。皆で意見を言い合い、試行錯誤しながらやっていこう、お店と共に成長していこうと話しました」

集客に生かす分業

3月にオープンして1、2ヶ月は古着屋つながりの知り合いが来店していましたが、夏頃までは閑散期と重なり客足が途絶えることも。どんなお店にしていくのか、どうすればお客さんが来るのか、3人で話し合いを重ねていたといいます。そんな中でも、富田さんには次第に生まれていた確信もありました。

「不安も少しはありましたが、今やっていることをちゃんとやっていけば大丈夫だと思っていましたね。僕の印象では、古着はバッと買ってバッと売って利益を得るみたいな感じですが、飲食店は日々の利益は少なくて、それを積み上げていくという地道な感じがします」

「一年たって、よかったなと思えますね。飲食店には三年の壁があるのでそこは超えたいです」(富田さん)
「一年たって、よかったなと思えますね。飲食店には三年の壁があるのでそこは超えたいです」(富田さん)

富田さんが考えていたように、秋になるとお客さんが増えていきました。オープン時に来てくれたお客さんがまた足を運んでくれたほかインスタの影響もありましたが、その反響の大きさには野内さんも驚いたといいます。

「20代女性のフォロワー数の多いインフルエンサーが呑楽 Nekoを紹介してくれて、その月の予約は全て埋まりました。宣伝費を出したわけでもないのに、すごいな!というのを肌で感じました。その後も『映える写真を撮りたい』という若い女性が来て、きれいな写真をインスタにあげてくれるので、どんどん広がっているんだと思います」

磯谷さんが丁寧に作る和と洋を織り交ぜた創作料理も、幅広いお客さんの集客につながっています。同じ料理人でも、メニュー作りから調理までの一切を任せられるようにと立場が変わったことについてどう感じているのでしょう。

「自分の力が試されているというか、今までやってきたことが無駄じゃなかったと思えましたね。ホテルで学んだソースなどの作り方を居酒屋料理に落とし込んだり、価格をそんなに上げないように食材を選んでお料理を考えているという感じです。ホテルでの仕事は過酷でしたが、今思うといい経験だったなと思います」

ホテル時代の技が生きる「ガーリックチキン ロメスコソース」
ホテル時代の技が生きる「ガーリックチキン ロメスコソース」
地元の蟹や山菜などを使ったメニューが期間限定で出ることも。道の駅マリンドリーム内にある鮮魚店から新潟県糸魚川産の蟹を取り寄せる。「地元の雰囲気が店にも出せたら」と富田さん
地元の蟹や山菜などを使ったメニューが期間限定で出ることも。道の駅マリンドリーム内にある鮮魚店から新潟県糸魚川産の蟹を取り寄せる。「地元の雰囲気が店にも出せたら」と富田さん

普段、古着屋を営む野内さんが、呑楽Nekoにスタッフとして立つことはありませんが、頻繁に足を運んでお客さん目線で意見を伝えています。

「自分は居酒屋経験もないのでいろいろ口出すのも違うなと思っていて、客観的にお客さんの立場からこうした方がいいんじゃないかと言う程度です。もともと自分が行く居酒屋を作りたいというのがあったので、僕が客として楽しめる空間にしたくて」

3人がそれぞれの経験や得意を生かしながら、よりよいお店へ。数多くの飲食店がひしめき合う吉祥寺でも、呑楽Nekoは人気の居酒屋になっていきます。

店名には「野良猫のように自由気ままに楽しんでもらいたい」という思いを込めた
店名には「野良猫のように自由気ままに楽しんでもらいたい」という思いを込めた

信頼関係の上に立つ店づくり

経営者としてどっしりと構える野内さんと、野内さんの元でよりよいお店を目指し、自分の役割に邁進する富田さんと磯谷さんはぴったりなバランスでお店を営んでいます。 新潟県糸魚川市の穏やかな風土で育った3人。店が始まって1年と3ケ月が過ぎますが、関係性やそれぞれに対しての印象は変わらず、喧嘩することもないそうです。夢が形になって動き出した今、それぞれどう感じているのか伺ってみました。

「野内は友達ではありますけど、上司という感覚もありますね。人がすごいついてくるんですよね。僕たちはそういうタイプではないのですごいなと思いますし、バランスがとれていると感じますね」(富田さん)
「野内は友達ではありますけど、上司という感覚もありますね。人がすごいついてくるんですよね。僕たちはそういうタイプではないのですごいなと思いますし、バランスがとれていると感じますね」(富田さん)

「ふんわりと話していた夢を皆で一緒に実現できたことがすごい嬉しいですし、楽しいですね。飲食店をやりたいと思ってはいましたが、どこかから人を引っ張ってきてやろうという気持ちは全くなくて。絶対的に信頼できる2人なので、それもありきで居酒屋を始めました。2人がいるので安心してお店を任せることができます」

野内さんの2人への信頼は絶大です。富田さんは店長としてよりよいお店を目指します。

「最初はわからないことも多かったのですが、実際にお客さんが来て喜ぶ姿を見ていくうちにだんだんと自信が持てるようになりました。お客さんの様子を見ながらもっといいお店をつくって、新しい目標を考えていけたらと思っています」

磯谷さんが強く感じていたのは人との関わりでした。

「以前は会社の人としか会わない閉鎖的な空間で働いていましたが、ここに来て常連さんや2人の知り合いなど知り合いが増えていって、今まで関わったことがないような人とつながれて、新しい世界、人の輪がめっちゃ広がったというのが個人的に一番大きい変化ですね」

「吉祥寺は大衆的な店が多いので、こういう隠れ家的なお店は面白いんじゃないかと思った」と野内さん。現在はお昼の時間帯は間貸しし、週6でインドネシア料理屋が営業中
「吉祥寺は大衆的な店が多いので、こういう隠れ家的なお店は面白いんじゃないかと思った」と野内さん。現在はお昼の時間帯は間貸しし、週6でインドネシア料理屋が営業中

それぞれの仕事や性格、交友関係に影響や刺激を受けながら3人のお店づくりは進んでいきます。オーナーの野内さんは呑楽Nekoをきっかけに、今後について思いが広がっていました。

「いろいろ興味があってやりたいことがいろいろあるんです。喫茶店やラーメン屋もやってみたいし、全く別のタイプの居酒屋もつくってみたいですね。でもそれも信頼できる人がいたらという感じです。この店ができてから、いろんなお店の方と知り合ったり、話を聞くことも増えて刺激になることがすごく多いので、自分でもいろいろやってみたいという気持ちがさらに刺激されているのかもしれないですね」

野内さんは2人にも刺激を受けてほしいと、勉強代として外食費用を補助。「流行っているお店は理由があるので、行ってみるのも大事。得たものをしっかり落とし込んで、成果として出したい」と富田さん
野内さんは2人にも刺激を受けてほしいと、勉強代として外食費用を補助。「流行っているお店は理由があるので、行ってみるのも大事。得たものをしっかり落とし込んで、成果として出したい」と富田さん

それぞれ違ったタイプのようでありながらどこか共通する空気感を感じるのは、小さな頃から同じ環境で共に育ったことから生まれるのかもしれません。絶対的な信頼で育まれるお店、これからも3人の空気感漂う温かいお店として愛されるのだろうなと思いました(堀内)

プロフィール

野内由太郎
新潟県糸魚川市出身。文化服装学院を卒業後、山梨の古着屋で3年半働き、2017年、24歳で吉祥寺に古着屋「Boogie」をオープン。古着屋6年目の30歳の時、富田さんと共に居酒屋「呑楽Neko」をオープンした。合同会社「のうち」も設立し代表に。現在は、Boogieの店主と呑楽Nekoのオーナーを務める。

富田康文
代々木の専門学校を卒業後、スノーボードのメーカーに就職。海外での滞在を経て、地元でスキー場やゴルフ場などを運営するリゾート会社に転職。その後、Boogieを手伝うために再び上京。Boogieで働きながら、レストランなどでアルバイトをし、2023年3月に、野内さんと共に呑楽Nekoをオープンして店長に。

磯谷美雅子
新潟の調理師専門学校卒業後、軽井沢の会員制ホテルに配属される。約10年間働き、退職。野内さんと富田さんに加わることを熱望され上京。2023年3月、呑楽Nekoのシェフに。

https://www.instagram.com/____nora__neko____/

INFO

まちのインキュベーションゼミ#8

まちのインキュベーションゼミは、アイデアを地域で育てる実践型の創業プログラム。アイデアを事業化したいリーダーと様々なスキルを持って事業化をサポートしたいフォロワーがチームを作り、地域をフィールドに実践までを共にする4ヶ月間のプログラムです。現在、メンバーを募集中です。先着順のため、お申し込みはお早めに。

期間

2024年7月20日(土) − 12月7日(土)

場所

KO-TO(東小金井事業創造センター)

定員

30名(先着順)

参加費

一般 5,500円 / 24歳以下 2,200円  (税込)

対象

・アイデアをカタチにしたい人
・事業計画を実現したい人
・新規事業をはじめたい人
・事業を推進する仲間が欲しい人
・デザインなどのスキルを、誰かの事業に活かしたい人
・すでにあるお店や場所を、誰かに有効利用してほしい人
・事業化のサポートを通じて、起業経験を積みたい人
・将来、起業を目指している人

プログラム

オリエンテーション
7月20日(土)10:00 – 18:00
各自がアイデア発表を行い、リーダーを選出します。決定したリーダーを中心にチーム編成し、4ヶ月後の実践に向けた業務設計を行います。親交を深める交流会も開催します。

プランニング
9月14日(土)13:00 – 18:00
実践プランをチームごとに発表します。プランに対するフィードバックをもとに、実践に向けた細部の設計を進めます。事業計画書の書き方など、創業に役立つ講義も行います。

実践
11月下旬
プレイベント、テストマーケティング、Web等による情報発信など、チームごとにプランニングした内容の実践を行います。

クロージング
12月7日(土)13:00 – 18:00
トライアルを踏まえ、事業プランの再構築を行います。ゼミを通じて得た気づきや学びをシェアし、各自のネクストステップを共有します。交流会でゼミ終了後も切磋琢磨し合える関係性を育みます。

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