高円寺が呼んだカジュアルな着物屋

2025.04.10
高円寺が呼んだカジュアルな着物屋

古着屋のメッカでもある高円寺。駅から徒歩3分の中通り商店街で、ヴィンテージ着物屋「SUSELY(スセリ)」を営むのは、太田祥子さん。古着屋で働いていた会社員時代を経て、自分のお店を開き、「生活が大きく変わった」と話します。どんな経緯でお店を開き、今何を感じているのでしょう。

生活のすべてを変えたい。コロナ禍をきっかけに退職

10代の頃から古着が好きで、アメリカやヨーロッパのヴィンテージを扱う古着屋に7年間勤め、キャリアを積んでいた太田さん。立ち止まって自分のこれからを考えるきっかけになったのは、コロナ禍でした。東京から名古屋の店舗に異動し、忙しく働き続けた先に、子どもの頃から頭の片隅にあった“自分のお店をやりたい”という気持ちが強くなっていきました。

「コロナ禍でアパレル業界も影響を受け、新しいことにどんどん挑戦していかないとダメだと思いましたが、会社では規約が色々あって、アイデアを出しても『リスクがあるからできない』と言われることが多くて…。コロナ禍の先の自分を想像したら、このまま会社員を続けるよりも、自分でお店をはじめようと思ったんです。役職が上がるにつれて、後輩の指導や売上管理など、会社全体のことで頭がいっぱいになり、もっと自分のやりたいことを考えたいなとも感じてました。忙しくて余裕がなくて、毎日コンビニ弁当や菓子パンを食べるような生活だったので、“生活の全てを変えたい”って思った瞬間も結構あって」

店内には色鮮やかな着物や雑貨がずらり。SUSELYの店名は日本神話のスセリビメ(積極的な意思をもつ女神)からとったそう
店内には色鮮やかな着物や雑貨がずらり。SUSELYの店名は日本神話のスセリビメ(積極的な意思をもつ女神)からとったそう

お店をはじめたいと思った時から、太田さんは着物の古着を売ることに可能性を感じていたと言います。

「もともと着物は趣味で着てたんですけど、呉服屋さんに行くと座敷で着物が全部畳んであって、試着するのも敷居が高いじゃないですか。ハードルをぐっと下げて古着のワンピースみたいな感覚で、気軽に試着ができる可愛い着物屋さんがあったらいいなと。洋服の古着屋さんは多くてヴィンテージ古着も枯渇してきているし、コロナ禍で海外の買い付けが厳しくなりそうでしたし。着物の古着なら、国内で買い付けできて価格も安いし、まだまだ価値あるものが埋もれてるなって感じてたんです」

オンラインショップではなく、最初から販売の場がほしいと考えたのは、会社員時代に太田さんが得意だった売り場づくりの経験を活かしたかったから。着物の古着に新しい価値を見出した太田さんは、独立を決意し、開業準備を進めます。

店主の太田さん。洋服で店頭に立つ日もあるという
店主の太田さん。洋服で店頭に立つ日もあるという

自分の好きなまちにお店を持つ

お店を開くまでに一番大変だったのは物件探しでした。コロナ禍が明けて、高円寺方面で探しますが、中央線沿いは人気のエリア。小さな個人店を開ける物件はなかなか見つからなかったそうです。

「観光地で着物を売るのではなく、古着が好きな人にもう1つの選択肢として着物を楽しんで着てほしくて。高円寺なら、古着が好きな人もファッションの感度が高い人も多い。それに毎日通うことになるので、自分が好きなまちにお店を開きたかったんです。高円寺は高校時代から学校を抜け出して買い物に来ていたぐらい好きで(笑) 東京の東や西にエリアを広げ、実際にまちを歩いて調査もしたんですが、古着が好きな人に寄ってもらえるように考えると、高円寺に立ち戻りました」

高円寺の中通りにあるSUSELY。近所の人、若者、留学生、卒業式や成人式の着物を買いに来る人まで、お客様の層は幅広い。子育てが落ち着いて着物を復活する30-40代の方も多いそう
高円寺の中通りにあるSUSELY。近所の人、若者、留学生、卒業式や成人式の着物を買いに来る人まで、お客様の層は幅広い。子育てが落ち着いて着物を復活する30-40代の方も多いそう
物件の契約前に、大家さんに説明するために、太田さんが描いた店内のデザイン画。デザイン設計から、外装・内装のDIYをほぼ太田さんが手がけた
物件の契約前に、大家さんに説明するために、太田さんが描いた店内のデザイン画。デザイン設計から、外装・内装のDIYをほぼ太田さんが手がけた

不動産相談や内見を重ね、7ヶ月間ねばって探し続けた末、たまたま出会ったのが、高円寺の駅近5坪の店舗。もともと古着屋不可の物件でしたが、大家のおばあちゃんが着物ならOKと許してくれたとか。一定期間、賃料の半分を補助してくれる杉並区の創業支援制度を利用できたことも大きかったと言います。

「駅近で人が多く、立ち寄ってくれる近所の方も結構いて、この場所を最初のお店にして本当に良かったとしみじみ思います。もし妥協して物件を決めていたら、今頃は泣いてたかもしれません」

物件が決まると、間取り図から全体に何を配置するかやデザインを固め、自らDIY。天井や壁を緑に塗ったり、試着室をつくったり、テーブルとボディを使ったディスプレイコーナーを用意したり、看板を手作りしたり。職人の友人のお父さんにも手伝ってもらいながら、1ヶ月で内装と外装を完成。そして2022年にSUSELYをオープンしました。

帯の種類も豊富。「戦後の着物って、アメリカの影響を受けていて洋風な柄もあって面白いんです。この帯もバンダナっぽいですよね」
帯の種類も豊富。「戦後の着物って、アメリカの影響を受けていて洋風な柄もあって面白いんです。この帯もバンダナっぽいですよね」

着物を古着のワンピースのように。“みんなが待ってた”着物屋

SUSELYをオープンした日に、太田さんは印象的な出来事があったと言います。

「お店の向かいにあるデイサービスに通うおばあちゃんが来てくれて、『すごく素敵なお店ね。みんな待ってたと思うわよ』って言ってくださったんです。私がカジュアルな着物屋を開いた意図を汲み取ってくれたみたいで。若い方だけでなく、上の世代の方にも受け入れてもらえたんだとすごく嬉しかったです」

古着のワンピースのように着物を着てほしい。太田さんが最初に描いたコンセプトが、着物のセレクトからディスプレイ、広報まで、SUSELYの軸になっています。

「和風すぎると、時代劇に出そうな町娘っぽくなっちゃったり、お土産屋さんみたいになってしまって…。仕入れでは洋服っぽくて、今まで着物を着たことない人でも気軽に着てみようかなって思えるようなもの、ちょっと変わった柄のものをセレクトしています。自分でもちょっと偏ってるとは思うんですけど(笑) あと、着物屋さんのインスタでは着物の柄を見せることが多いですが、SUSELYでは着物を自分で着た写真をアップしてます。自分が表に出るのはあまり得意じゃないんですが(笑) 実際にどう着るかのイメージがすごく掴みやすいですよね」

洋服に合わせたコーディネートも提案することも。「集団行動は苦手ですが(笑)、一人ひとりと一対一で話すのは好きなんです」
洋服に合わせたコーディネートも提案することも。「集団行動は苦手ですが(笑)、一人ひとりと一対一で話すのは好きなんです」

お客さんが来たくなるような場を活かした仕掛けづくりも、オープン時から大切にしているそうです。

「旅先で思い出を買うみたいな、お店で何かと出会えるような仕掛けをつくりたくて。アクセサリー作家さんなど私が大好きなクリエイターの方とコラボして、定期的にポップアップを開催しています。着物に興味がなかった人が来てくださったり、着物が好きな人がクリエイターさんの作品に興味を持ったり。新しい交流の場にもなったらいいなっていうのもありますね」

オープン当初は認知度が低かったものの、続ける中で、想像以上に着物を着たい人のニーズを実感したとか。実際に、気軽に着物を買って楽しむお客様が増えてきました。

「少し前は“着物警察”なんて話題になりましたが(笑)、今はむしろ自由に着る方が多くなっていますね。『最低限これだけあれば着物が着れますよ』『こんな着方もできますよ』って提案したら、はまって毎日着物を着ているという方や、ライブなどのお出かけに着物をカジュアルに着てくれる方もいて。喜んでくださるお客様を目の当たりにするとやっぱり嬉しいなって思います。お客様も着物を着るうちに、『帯締めを変えたい』『この色を入れたい』とかほしいものが広がるので、色や柄などバランスよくお店に置くように意識してます」

ちょっと変わったアクセサリーや食器、雑貨などもたくさん。開業時に着物だけのお店にすることのリスクを考え、雑貨もあわせて販売することにしたそう
ちょっと変わったアクセサリーや食器、雑貨などもたくさん。開業時に着物だけのお店にすることのリスクを考え、雑貨もあわせて販売することにしたそう

着物屋を開いたことで日々手応えを感じるとともに、太田さん自身のライフスタイルも大きく変わったそうです。

「時間に余裕ができて、ご飯もコンビニ弁当じゃなく、自分で作って食べられています。休みたい時に休めますし、自分がやりたいことを何でもすぐに試せますし、開業してすごく良かったと思いますね」

挨拶で自然に人がつながる、高円寺

個性的なお店がたくさん並ぶ高円寺。お店をはじめてから、お店を営む知り合いが増えたと言います。商店会で開催される北中夜市に合わせてポップアップイベントを企画するなど、まちのイベントを楽しみながらお店にも活かしているとか。

「毎年夏に行われる『東京高円寺阿波おどり』では浴衣がすごく売れるんですよね。飛び込みのお客様の着付けもしています。せっかくなのでうちもお祭りに便乗して何かやりたいなと思って、小さな子も楽しめるようにヨーヨー釣りをすることに。子連れのお客様がたくさん来てくれて、盛り上がりましたね」

たくさんの人が集まる高円寺の阿波踊りでは、お店の前でヨーヨー釣りができるように
たくさんの人が集まる高円寺の阿波踊りでは、お店の前でヨーヨー釣りができるように
宮古島の作家LasoLasoさんとのポップアップイベント。ドールチャームや服飾小物が店頭に
宮古島の作家LasoLasoさんとのポップアップイベント。ドールチャームや服飾小物が店頭に

仲間づくりは特に意識していないという太田さんですが、高円寺というまちが、人と人の距離を近づけています。挨拶するうちに、自然と知り合いが広がっていったそう。

「高円寺って“どうぶつの森”みたいで(笑)、『これあげる』『じゃあ私はこれあげるよ』みたいな物々交換も多くて。着物を買ってくれたお客さんが飲み屋を営んでいて、仕事が終わったらその飲み屋で飲んだりとか。面白いお店が本当に多いので、いい刺激になっています。高円寺の人って個性が強くて、『こうあるべき』みたいなのがあまりない。そんな自由さもあってこのまちが好きなのかもしれないです」

台湾の影響力のあるインスタグラマーの方がお店に来たことで、台湾のインスタフォロワーが激増。台湾は太田さんが好きな国でもあり、いつかポップアップイベントをしたいという
台湾の影響力のあるインスタグラマーの方がお店に来たことで、台湾のインスタフォロワーが激増。台湾は太田さんが好きな国でもあり、いつかポップアップイベントをしたいという

まちの人の支えも糧に、今年でSUSELYは設立3年目に。太田さんは自分を「センス型ではなく、データ型の人間なんです」と言い、経営でも数字を一つの指針にしています。毎月売り上げのデータを集計して、昨年対比を割らないことを目標に掲げ、定休日は売り上げが少ない曜日に設定し直したとか。日々のインスタの効果もチェックしています。

「敵は自分自身じゃないですけど、自分を超えたい。会社員の時は、『同期や後輩に抜かされたくない』『他の店舗より売り上げを上げたい』とか思ってましたが、完全に今は自分自身が軸になったんです。元々私すごく負けず嫌いなんですよ(笑)。まずはお客様に100%満足してもらいたい。創業した時に抱いていた高い理想を大切に、着物の柄や色、生地、コーディネートまでクオリティを維持していきたいですね」

好きなまちで、好きなことを軸に、自由に働く。颯爽と我が道を進む太田さんの姿は、きらきらと輝いていました。

高円寺で長く続いているお店の店主の話を聞いて、「こんな努力をしているんだ」と気づき、自分も頑張ろうと思うことも多いとか
高円寺で長く続いているお店の店主の話を聞いて、「こんな努力をしているんだ」と気づき、自分も頑張ろうと思うことも多いとか

プロフィール

太田祥子

埼玉県出身。4年制大学の服飾学科を卒業後、東京・名古屋の古着店で7年働いたのち、2022年に高円寺に「SUSELY(スセリ)」をオープン。クリエイターとコラボしたポップアップイベントも開催。
https://susely.theshop.jp

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