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走り出したソーシャルデザイナー

起業、小商い、地域活性といった言葉が今ほど身近ではなかった10数年前から、これらを志す人や行政・企業・地域の活動を後押しするしごとに携わってきた河野奈保子さん。デザインの力を通じて、暮らす人の想いをカタチにする活動に取り組んでいます。河野さんの活動の一端を表現するのは“ソーシャルデザイン”という言葉。具体的なしごとが立ち上がってくるまでのお話を伺いました。

人や地域、社会の「叶えたい」へのアプローチ方法を提案する

河野さんのしごとは多岐に渡っています。「好きなことで起業したい!」という人たちの想いやアイデアをカタチにする学びの場を提供したり、「新しい未来をつくる」ために社会をどう築くかについて講座を行ったり、「地域を盛り上げたい!」という自治体と一緒にどんなことができるか模索したり……。

ある市から「地域の創業支援をしてほしい」という依頼を受けたときは、まち歩きやイベント、1泊2日のスクール開講、創業した人の事例紹介など複数のアプローチ方法を実行し、地域の人たちが主体的に楽しく活動する中で、結果的に当初依頼された創業支援を実現させました。

また、ワークショップやスクール運営では、メンバー全員の意見や想いをすくい上げ、進む方向を調整するファシリテーターや事務局の役割を担うことが多いといいます。その場を客観視するため、「あえて空気を読まない発言」をすることもあるそう。「プロジェクトをうまく進ませるために大切なのは、相手が何をしたいのかを最初に聞き出すこと。相手の“叶えたい想い”が分かれば、それまでの経験に照らし合わせてぴったりくるものを提案し、実行していくのがしごとになります」と説明してくれました。

「絵を描くのは好きだったけれど、人と競うのは得意ではなく、展覧会でも運営側に回る方が性に合っていた」と美大にいたころを振り返る河野さん。

キャリアの原点は、誰かに貢献できる喜び

今では自身のしごとの進め方を言語化できる河野さんですが、大学で視覚伝達デザインを学んでいたころは見当もつかなかったそうです。そんな中で実際にしごと感を形成していったのは、大学の先生に勧められて参加した、小平市民と行政による市民版環境配慮指針作成プロジェクトでの体験を通じてのことでした。

「一緒に活動した地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちみんなが自分の住む街が大好きで、子どもや孫にその良さを伝えたいという気持ちが強かった。だからこそ、私たちが作ったものに対して、こうするともっと良くなる!といったダイレクトな反応をしてくれたんです。ニーズのあるところに届いたな、という実感があり、暮らす人の想いをデザインの力でカタチにするしごとをやっていきたいと思うようになりました」

卒業後は大学の研究室で助手としてはたらくことに。この時期、多くの書籍を読んだり、先行事例を紐解いたりして理論のインプットもしていたそうです。その中で、デザインやクリエイティブを、ものづくりだけでなく、人と人との出会いや場を生むことにも役立たせられる、という考えを深めていったのです。

大学の研究室では、地域と大学をつなげるプロジェクトに参画したり、面白いことをやりたい!と集まった学生さんたちのグループのサポートなどをしていました。

対話をしながら学びを深め、人の想いを顕在化させる

大学研究室での勤務の後、ボランティアセンターを運営するNPOで地域における環境保全や子どものための場所づくり、災害支援などに携わると同時に、自分でセミナーを企画・実施する経験も積んでいきました。「初めてボランティアをする人に向けた講座を行ったり、情報発信をしたりというしごとは、実務としてその後にもとても役立ちました」と振り返ります。

3つ目の職場となったNPO法人グリーンズは、“いかしあうつながりがあふれる幸せな社会”をビジョンに掲げ、関係性のデザインを探求する組織です。ここでは主にグリーンズの学校というスクール事業の運営に携わった河野さん。さまざまな人が暮らしやしごとで想う「こうしたい!」を、仲間と一緒にカタチにしていく学びと実践の場をつくり出すことにまい進しました。

河野さんが大切にしたのは、丁寧に対話を深めていくこと。「人は、一番叶えたいことに対して真摯であっていいと思います。学びの場を通じて、それを引き出せればいいなと思っています」。河野さんも、大学生時代に「君のやりたいことは何?」といく度となく聞かれたそうです。問いから考えを深めていく過程をどうサポートするか、河野さんのしごとの真髄かもしれません。

グリーンズでは、プロジェクトマネジャーとして数多くのクライアント案件にも関わりました。「いろんな人の意見を調整するときに、私自身の気持ちが前に出てしまうとうまくいかないことが何度かありました。そんな経験を積むうちに、相手の叶えたい想いを第一にするというマインドを持つようになっていきましたね」。個人やグループ、行政、企業などさまざまなステークホルダーの人たちとのプロジェクトワークは、それまでのしごとで経験した全てを生かすことができ、自分の力になっているという実感を得られました。

地域のプロジェクトでは、メンバーとの距離が近く、顔の見える関係性を築けるので、相手が大事にしていること、特性などに触れる機会を自ら取りにいくよう心がけているそうです。「あとは笑顔が大切!」と河野さん。

価値観や仕組みの分断を埋める役割を果たしたい

グリーンズで5年弱、濃密に活動したのち、2019年の秋からフリーランスの道に入りました。以前はどんなハードワークでも乗り切ってしまっていたそうですが、家庭とのバランスを考えると、緩急をつけたはたらき方をしたほうが自身の暮らしにとってもプラスになると考えたそうです。

「暮らす人のそばで生まれる新しい価値観や、みんなが大事にしたいと思うことをデザインの力で実現させたい、というのはずっと同じなんです。それをどんどん場所を変えてやっていく、ということが私にとってしっくりくるんですよね」と笑顔を見せます。

フリーランスとなった今、しごとのオファーはどのようにやってくるのでしょうか。「全て人のつながりからです。それから、“事務局が好き” “運営が好き”ということをあちこちで言っている、というのもお話をいただくきっかけになっているようです。事務局のしごとって調整やコミュニケーションを重ねていくことなので、必ずしもすぐ結果につながるものではないのですが、コアを知れるのですごく面白いんですよ」という河野さん、すでに新しい場でのしごとも進んでいます。多摩エリアのクリエイターたちが集って学ぶ場をつくるTeiP School(テイプスクール)やエリアリノベーションのためのワークショップ運営、NPOでの事務局など、多彩なジャンルで活動しています。

一見バラバラにみえますが、河野さんはテーマを持ってそれぞれの活動に取り組んでいます。建物や大きな仕組みなどのハード面と、個人のニーズや叶えたいことといったソフト面をまちにおいてどうつなぐかを模索し、その両面に関わるしごとを通じて具現化の道を探る挑戦をしています。

「今後のテーマは、分断を埋めていくことです。価値観や仕組みをもっとつなげられれば、より良くなることがあると思うので」と話す河野さんは、柔軟にはたらき方を変えながら、人や地域、社会に貢献できる道を探す努力を続けています。その視線の先には、社会課題をデザインで解決し、人々が今以上に自由に、やりたいことを実現させることのできる社会が見えているのかもしれません。(大垣)

スクールの講座では、他者の心にある“やりたいこと”への想いを顕在化させることを大切にしているそう。

「未来を担う学生さんたちに、プロジェクトマネジメントのような活動で、身近な人の役に立てるということをクリエイティブな面から伝えていくこともしていきたい」と育成面への取り組みにも意欲的です。

プロフィール

河野奈保子

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業し、大学の研究室、NPO法人のボランティアセンター、NPOグリーンズなどで約13年に渡って勤務。ワークショップやセミナーの開催、スクール事業の運営、企業・行政との協同案件への参画など、人、地域、社会の課題や要望をデザインを通じて解決するしごとに携わる。2019年4月からはフリーのプロジェクトマネジャーやコミュニケーションディレクターとして、多摩エリアのクリエイターたちの学びと仕事のネットワークを提供するTeiP School(テイプスクール)の運営など広く活躍している。