商店街に建つパブリックな家

2017.06.12
商店街に建つパブリックな家

国立駅を南に進んでいくと、谷保という静かな町があります。大きな団地のすぐ近くには商店街があり、地域の台所として今も昔も住民にとっては欠かせない場所になっています。デザイナーの丸山晶崇さんは、この商店街の一角に住んでいます。とはいっても、完全にプライベートな個人宅ではなく、1階部分がカフェやイベント会場にもなる、いわゆる店舗併用住宅です。どうして商店街の中に家を建て、人が出入りできるかたちにしたのでしょう? そこには、デザイナーである丸山さんのはたらき方と結びつく、いくつかのストーリーがありました。

自宅をいろいろな人の拠点にしたい

谷保の駅から少し歩いたところにある、緑に囲まれた大きな団地。そのすぐ近くにあるのは、昭和40年頃から続くダイヤ街という商店街です。長さ50メートル程のアーケードが3つ並び、そこには魚や肉、豆腐やパンなど、毎日の食卓に欠かせないお店が揃っています。2015年、その一角に丸山さんは自宅を建てました。といっても、完全にプライベートな住宅ではなく、1階部分がカフェやイベントスペースにもなる、店舗併用住宅です。

「ここは、いろんな人が出入りして好きなことをやってもらいたいという気持ちがあるんです。だからHOMEBASEはカフェの屋号でもなくて、拠点というか、この箱の名前なんです」

このスペースで物販をやるのは厳しいけど、飲食なら店主ひとりでまわすのにちょうどいいサイズかもしれない。そう考えた丸山さんは、飲食営業許可もとり、カフェができるような形態にしました。

週末やイベント開催時はカフェとなるHOMEBASE店内。奥のキッチンは、普段はプライベートで使用している。
週末やイベント開催時はカフェとなるHOMEBASE店内。奥のキッチンは、普段はプライベートで使用している。

この場所にあるべき物件を考える

物件との出会いは、ダイヤ街の一角でmusubiという生活道具のお店を営む坂本眞紀さんから「隣が空いてるよ」と教えてもらったことがきっかけでした。当時、国立に住んでいた丸山さんは、そろそろ引っ越そうかと考えていたものの、家を建てることはまだ考えていなかったと言います。

「でも、僕はもともと物件を見るのが好きで、国立でも空いた物件を見つけると、ここにあのお店が入ってくれたらすごくいいなと考えたり、人に紹介したりしていたんです。そういう感じで、商店街の一角にあるこの物件を見た時に、ここにあるべき建物ってどんなのだろう、ここで何を始めたら楽しいかなと考えるようになって。面白いことができるなら、自分が家を建てるのもいいかなと思いました」

せっかく商店街の一角にあるのなら、プライベートな閉じられた家を建ててもしかたない。隣のmusubiがそうであるように、店舗併用住宅として地域に開かれた場所にしたいと考えました。現在は月に2回ほど、週末にカフェとして丸山さんの奥様がランチを担当していますが、今後は料理家さんにレストランを開いてもらったり、料理教室をやってもらったりと、活用の幅を広げていきたいそうです。

丸山さんの自宅があるダイヤ街は、地域の台所として、今も昔も近所に住む人が買い物で訪れる場所。
丸山さんの自宅があるダイヤ街は、地域の台所として、今も昔も近所に住む人が買い物で訪れる場所。

家はプライベートではなく公共の場である

「僕は、家って公共の場だとも思っているんです。例えば、僕らは谷保が好きだけど、いつかは引っ越すかもしれない。そうなった後も、この地域で長く使われるような建物にしたかったんです。飲食ができるような店舗併用住宅にしておけば、いつかお店をやりながら暮らしたい、という人が入って使ってくれるかもしれないし」

家はプライベートなものだけではなく、町並みや地域のコミュニティの役割を担うパブリックなものである、と考える丸山さん。とはいえ、自宅に人が出入りするとなると、パートナーの理解は必須です。反対はなかったのでしょうか?

「僕よりはまだ少し気になるみたいですね(笑)。でも、国立に住むようになってから、二人の中で家に対する意識が変わってきたんです。都心に住んでいた頃にはあまりなかったけど、国立に来てからは、しごとの知り合いや友人を家に呼んでご飯会をやるようになって。その時期に、家の中を人が行き交っているのもなんかいいなと思うようになりましたね」

物件を紹介してくれたmusubiも、自宅の1階で生活道具のお店を営む店舗併用住宅。
物件を紹介してくれたmusubiも、自宅の1階で生活道具のお店を営む店舗併用住宅。

暮らしとしごとをひとつにする

暮らしとしごとの境界が、自分の中でどんどん曖昧になってきているのを感じる、と丸山さんは言います。それでも、このはたらき方について何か新しいことをしている意識は特にないそうです。

「面白いことを始めたね、とよく言われるんですけど、店舗併用住宅って昔の町の風景ではよくあったものじゃないですか。お店の奥に居間があって、おばあちゃんが店番しながらコタツでテレビ見てるみたいな。暮らしとしごとが、ひとつだったわけですよね。その自然なかたちを、もう一度提案しているだけなんです」

高度経済成長期を経て、一度は分断されてしまった暮らしとしごとが、ここ最近、特に若人たちの間では、またひとつのものとして考えられるようになってきている。丸山さんはそう感じているそうです。暮らしに近いところではたらきたい、というニーズが増えてくれば、店舗併用住宅というスタイルも必ず求められる。そうなった時に、すぐに実現できる建物を地域に残したかったのだと言います。

次回は、もともと都心ではたらいていた丸山さんが、なぜ国立市に拠点を移すことになったのか、その理由についてお聞きします。(安達 写真・鈴木智哉)

 

「最近周囲でも、店舗併用住宅を探す人が増えているんです」と話す丸山さん。
「最近周囲でも、店舗併用住宅を探す人が増えているんです」と話す丸山さん。
連載一覧

店舗併用住宅に暮らすデザイナー

#1 商店街に建つパブリックな家

#2 はたらく場所を都心から国立へ

#3 デザインは生活圏から届ける

プロフィール

丸山晶崇

デザイン事務所、広告制作会社などを経て、2009年に独立。国立本店の三代目店長を経て、2011年に国立市谷保にやぼろじを共同で立ち上げる。2013年、やぼろじ内にギャラリー・circle gallery&booksをオープン。2016年、自宅の1階を飲食店スペースにしたHOMEBASEを始める。2017年「株式会社 と」を立ち上げる。
http://www.design-to.co.jp
http://www.circle-d.me

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