大学で見つけたビジネスの原点

2017.10.30
大学で見つけたビジネスの原点

街の中に農地を残したいという思いから、大学時代の友人とエマリコくにたちを設立した菱沼勇介さん。くにたち野菜の直売店しゅんかしゅんかや、ワインバルくにたち村酒場、クラフトビールが楽しめるCRAFT! KUNITA-CHIKAなど、続けて新しい店舗を出店し、都市農業という分野の中で、次々と新規事業を立ち上げています。連載1回目では、菱沼さんのはたらき方の原点となる学生時代の話、さらに都心に就職後、国立に戻ってきた理由などについて、お聞きしました。

商店街の活性化に熱中した大学時代

会社を設立した2011年から、国立をしごとの拠点としている菱沼さんですが、国立での活動の始まりは、一橋大学に通っていた学生時代にさかのぼります。商学部に在籍していた菱沼さんが2年次の頃、国立市産業振興課、国立富士見台商店会連合会、商工会などと協力し、高齢化が進んでいた商店街の空き店舗を、学生が活性化させるというプロジェクトが授業の一環として行われました。

「僕らのグループは、人が集まる場所として、カフェの運営を提案しました。当時は、僕自身も飲食店の経営にとても興味があって、学生ながらに、その経験ができるチャンスだと思って始めました」

商学を勉強していたとはいえ、当時はビジネス未経験の学生。何度もプランを修正しながら、承認されるまでに1年かかったと言います。ただ、その期間の中で、菱沼さんの意識は、飲食店の経営という枠を越えて、まちづくりという広い視点へと向かっていきました。

2017年夏にオープンした、クラフトビールが楽しめるお店、CRAFT! KUNITA-CHIKA。店内にはペンギンの絵が多く描かれています。
2017年夏にオープンした、クラフトビールが楽しめるお店、CRAFT! KUNITA-CHIKA。店内にはペンギンの絵が多く描かれています。

自分の軸となった、まちづくりという視点

「冬に、コンクリート打ちっぱなしの空き店舗の中でミーティングしていると、商店街の人たちが、寒いだろうと煮込みうどんを作って持ってきてくれたりするんです。他にも、一緒に草野球をしたりカラオケに行ったり、先生や親とも違う大人との交流は楽しかったですね。地域の人たちも最初は不安だったと思うんです、学生に責任をもたせるのって。だからこそ、資金を出してくれた商店会の人たちの懐の深さに応えたい、という気持ちが強くなっていきました」

Caféここたの、と名付けられたコミュニティカフェは、大学3年の時にオープンし、授業の開講期間が終わっても、菱沼さんは卒業まで活動に関わり続けました。商店街の同じ場所で、現在も大学の後輩たちが運営を引き継いでいます。

「学生時代に関わったこのまちづくりというテーマや、一緒に活動をした大学の友人達が、今の自分をつくる大きな軸になっていると思います」

大学時代に経験したカフェの経営が、現在の店舗経営にも活かされていると言います。
大学時代に経験したカフェの経営が、現在の店舗経営にも活かされていると言います。

会社での昇進と起業、どちらを選択するか

卒業後は企業に就職するか、自分でビジネスを立ち上げるか。二つの選択肢の間で揺れた菱沼さんでしたが、まだ当時は具体的な起業プランはなく、大手不動産ディベロッパーに就職することを選びました。

「土地の有効活用とか、まちづくりとか、学生時代に取り組んだ地域活性化の先にあるような仕事ができるかなと思って入社しました。配属されたのは経理部でしたが(笑)。大きな予算を動かすしごとも経験しましたが、このまま会社の中で昇進して経営陣を目指すのか、独立して起業するか考えた時に、やっぱり自分で何か始めようと思って、3年で辞めました」

一緒に入社した22人の同期の中で、途中退社したのは一人だけ。周囲からも「よく決心したね」という驚きの声が多かったと言います。とはいえ、どんなビジネスを始めるのか、この時点ではまだ考えていなかったという菱沼さん。アイデアを見つけるために、他業種であるコンサルティングの会社に転職しますが、8ヶ月後に退社。その時、頭の中にふと浮かんだのが、学生時代に過ごした国立の街でした。

「ひとまず国立に戻ろうと思ったんです。そこで新しいことを始めようと。学生時代に一緒に活動をしていた人たちとのつながりから、何かできるかもしれないという期待もありました」

「特に一大決心をしたという感じもなく、何となく辞めてしまいました」と、当時を振り返る菱沼さん。
「特に一大決心をしたという感じもなく、何となく辞めてしまいました」と、当時を振り返る菱沼さん。

町の資産として都市農業に向き合う

それまで住んでいた神奈川県の逗子から、生活の拠点も国立へと移した菱沼さん。国立に戻ってすぐ、その期待はかたちとなって動き始めます。学生時代、商店街活性化のプロジェクトでつながりのあった、NPO法人・地域自給くにたちの理事から、活動を引き継いでほしいとすぐに連絡があったのです。そして、地元の農家と連携し、学校給食へ野菜の納入を行うこの事業との関わりが、農業との出会いになりました。

街の中に畑があり、野菜を育てる人と食べる人の距離が近い都市農業。当時はまだ、都市農業という言葉自体もあまり一般的ではありませんでしたが、菱沼さんがここにビジネスの種を見出したのは、学生時代に関わっていたまちづくりの経験や、不動産の仕事に就いていたことが根底にあったといいます。

「採れたてのきゅうりを食べて感銘を受けた、とかだったらドラマチックなんですけど(笑)、僕の場合は、まちづくりとか不動産的な考えに近かったです。国立は、緑がわりと多い谷保のあたりでも、最近ではどんどん住宅地にされていて、将来的な街の資産として考えた時に、それでいいのかなという問題意識があったんです。景観という意味でも、街の中に畑や田んぼを残せないかなと。そのために、野菜を育てる農地が国立にもたくさんあるということを、知ってもらいたいという思いもありました」

農業と出会い、学生時代に過ごした国立での起業を決意した菱沼さん。次回は、エマリコくにたちの設立について、ビジネスとして農業に携わっていくうえで大切にしていることなどを、お聞きします。(安達)

直売所を訪れるお客さんからは「国立ってこんなに野菜が採れるんですね」と驚かれることが多いと言います。
直売所を訪れるお客さんからは「国立ってこんなに野菜が採れるんですね」と驚かれることが多いと言います。
連載一覧

#1 大学で見つけたビジネスの原点

#2 距離の近さを最大限に活かす

#3 地元産という言葉に頼りすぎない

プロフィール

菱沼勇介

株式会社エマリコくにたち 代表取締役。1982年生まれ。一橋大学商学部在籍中、国立市にある富士見台の商店街活性化プロジェクトに携わり、Caféここたのをオープン。卒業後、三井不動産に入社。三年後に退職し、アビーム・コンサルティングに入社。同年退社し、NPO法人地域自給くにたち事務局長に就任後、2011年に株式会社エマリコくにたちを設立。その後、野菜の直売所しゅんかしゅんかを3店舗、くにたち村酒場、CRAFT! KUNITA-CHIKAなどを、次々とオープン。
http://www.emalico.com

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