“少しでもはたらきたい”を叶える場所

2017.07.06
“少しでもはたらきたい”を叶える場所

西武柳沢にベーグルのお店M’s ovenを開いた店主の相原万里さんは、小学校と保育園に通う2人のお子さんのママ。お子さんの食物アレルギーからベーグルづくりを始め、最初はお店を出すことなど思いもしなかったという相原さんですが、意外なきっかけで開店を決意します。

人生を変えた、息子のひと言

ご主人の転勤を契機に転職したものの、体調を崩して仕事を辞めてしまった相原さん。週末恒例だったベーグルづくりの気力もなくなり、生活にも活力を見出せない日々が続きます。悶々とした状況の中で相原さんを救ったのは、サッカーが大好きでチームの練習に通い続けるお子さんの言葉でした。

「どうして僕には『好きなことをやりなさい』って言うのに、大人は好きなことをやらないの?って聞くんです。このひと言にすごく揺さぶられましたね」

それから相原さんは、「自分の好きなことって何だろう…?」と考えるように。体調は次第に回復し、知人の紹介で不動産事務のしごとに就くまでになりました。

焼き立てのベーグルを並べる店主の相原さん。今や1日に15種類以上、200個以上のベーグルを焼いています。
焼き立てのベーグルを並べる店主の相原さん。今や1日に15種類以上、200個以上のベーグルを焼いています。

好きなことをしごとにできたシェアキッチン

新しいしごとはフルタイムではなく、出勤日は週に3日ほど。「土日以外は、毎日はたらいて当たり前」と思っていた相原さんは、しごとに慣れてきた頃、あることに気づきます。それは、“平日に自由な時間がある”ということ。その時間を使って、“好きなこと”ができるのではないかと――。
その頃にはベーグルづくりも復活し、時には「材料費を渡すからベーグルをつくって」と頼まれるほど。保育園のママ友たちの間では、相原さんのベーグルはおいしいと、ちょっとした話題になっていたのです。

「1度に50個ほど焼くようになっていて、これ以上となると家庭用のキッチンでは限界がありました。そうした時、主人がどこからか”小平にシェアキッチンという施設がある”という情報をもらってきたのです」

シェアキッチンとは、業務用の厨房を利用者同士で共有し、食品の製造や販売ができる施設のこと。自分のお店を持つのはハードルが高い人でも、大きなお金を使わず自分のペースで小商いをはじめられます。
「これだ!」と思った相原さんは、自作のベーグルを持ってシェアキッチンを訪れることに。メンバーに食べてもらい、売り物になるか判断してもらおうと思ったのです。

「ママ友たちは『おいしい』って言ってくれるけど、客観的な評価が欲しくて、シェアキッチンのみなさんに試食をお願いしました。結果は微妙なものでした。いい意味でも、悪い意味でも『パンっぽいね』と言われて。あー、やっぱりかぁ…と思う一方、もっとおいしいものがつくれるはずだ!と奮起するきっかけになりました」

それから試行錯誤を繰り返し、再びシェアキッチンにベーグルを持ち込んだのは半年後。今度は「これなら売れるよ!」とメンバーのみなさんが太鼓判を押してくれました。そして相原さんは、週に2回ベーグルのお店を出すことを決めます。それが、M’s ovenのはじまりです。

シェアキッチン時代の写真。ここでの経験が大きな自信に繋がったと言います。
シェアキッチン時代の写真。ここでの経験が大きな自信に繋がったと言います。

時間的制約があっても働けるお店に

最初は「お客さんが来なくてとても焦った」という相原さん。「辞めたい」。そう思うこともあったと言います。それでも少しずつ工夫と改善を重ねていき、3カ月もすると売上は最初の2倍になりました。しばらくはパートと掛け持ちしながらM’s ovenを続けていましたが、相原さんは次第に「いつかは自分のお店を持って、ベーグルを焼きたいなぁ」と思うようになります。
そして半年後、ついに決断の瞬間が訪れます。シェアキッチンでの売り上げが、パートでもらうお給料を越えたのです。

「『趣味ならいいけどしごとにするのはちょっと…』と心配していた主人も、これなら大丈夫かもと理解してくれるようになって。やっと、“好きなこと”をしごとにしようという決心がつきました」

それから相原さんは、シェアキッチンでベーグルを焼きながら、2年半かけてお店を出す準備を進めてきました。そして今、自宅の近くにお店を構えたことで、家族にも変化が見られるように。

「なぜか分からないんですけど、子どもたちがすごく元気になったんですよね。それまでは、保育園から熱を出したと連絡が来たり、上の子も体調を崩すことがあったりしたのだけど、パタっとなくなりました。母親がすぐ近くにいると、安心できるのかもしれませんね」

お店を出してまだ数カ月の相原さんですが、できれば20年、30年と続け、地域に愛されるお店をめざしたいといいます。

「今考えているのは、“時間的制約はあるけれど、少しでもはたらきたい”という人の雇用です。最近仲間になったスタッフは、親御さんの介護でお店に入れる日が限られています。しかし、お年寄りのお客様に対する気配りがとても素晴らしい。彼女を目当てにやってくる方もすでにいらっしゃいます。そうした地域のみなさんの力に支えられながら、自分が70歳になっても生地を捏ね続けていられたらいいですね」

じっくりと、着実に。相原さんの“好きなこと”は、たくさんの時間と経験を重ねながら、今も育まれています。それはまるで、発酵してまあるく膨らむベーグルの生地のようです。(たなべ)

踏切のそばにある7坪ほどの小さなお店。地域に馴染む存在でありたい思いで、訪れる人々をもてなします。
踏切のそばにある7坪ほどの小さなお店。地域に馴染む存在でありたい思いで、訪れる人々をもてなします。
連載一覧

お母さんがベーグル屋をはじめた

#1 母親らしさを求めた先に

#2 “少しでもはたらきたい”を叶える場所

プロフィール

相原万里

ベーグルショップM’s oven店主。秋田県出身。大学卒業後、大手コーヒーチェーン、銀行、損害保険会社でキャリアを重ねる。育児と会社勤めを両立させてきたが、転職をきっかけにベーグル店開業を意識し始める。2年半の準備期間を経て、現在に至る。

M’s oven

https://www.facebook.com/bagelsmsoven/
Instgram:msovenbagels
Twitter:@OvenMs

1222view
Loading...