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【VOL.1】カフェでつなぐ“生き合う”関係性

複合施設「武蔵野プレイス」の1階にある「Café Fermata(カフェ・フェルマータ)」。図書館内にあるカフェとして全国から注目を浴びています。運営するのは株式会社レセルカーダ代表の松井隆雄さん。この店をきっかけとして、地域住民のコミュニティが生まれています。フェルマータという場所をコミュニティの中にどう位置付け、アフターコロナを見据えてどんなビジョンを描いているのか。松井さんにお聞きしました。

マイノリティとして暮らした10代

北池:まずは、松井さんの生い立ちに遡ってお聞きできたらと思います。海外にルーツがおありなのですよね。

松井:そうなんです。生まれは日本ですが、物心つかないうちに父親のしごとに合わせてニュージーランドに渡りました。小学校入学直前くらいで日本へ帰って、中学3年からはイギリスに。イギリス人と比べればやっぱり英語はまだまだで、かと言って、日本語は漢字も書けず、やばいな…という感じ。アイデンティティをどう持つのか悩ましい時期でした。

北池:多感な時期に、深い悩みですね。それで、結局、イギリスの高校を卒業して、日本へ戻られたんですよね。

松井:はい。イギリスは曇りの日が多いので、次は天気のいい所に行きたいなくらいの気持ちでした(笑) あえて真面目に言うと、自分の軸足をどこに置くのか、ということを考えていました。自分は“日本人”として生きるのか、“根なし草的な人”として生きるのか。

北池:海外には、そういった人も結構多くいらっしゃいますよね。でも、松井さんは、日本人としての道を選ばれた。

松井:そうですね。当時、父親に「日本企業ではたらいた方がいい」と言われたこともあって帰国しました。その後、国際基督教大学を経て、バリバリ日本的なところへ行こうと思い、一橋大学へ入学しました。

武蔵境在住の松井さん。フェルマータ運営のほか、個人では人事コンサルの業務、東京2020パラリンピックには通訳ボランティアとして参加するなど多分野で活動。

北池:大学生活はどうでした?

松井:楽しかったですよ。演劇をしていたのですが、海外ではマイノリティだった自分が、日本では主要な役を演じることもできる。マジョリティはできることが多いと感じました。

北池:なるほど。海外でマイノリティの立場を経験されたことが、松井さんの軸におありなのでしょうね。

松井:そうですね。やはり、海外での経験は生きていると思います。例えば、イギリスで同級生にアフリカ出身の留学生がいたんですが、一夫多妻制なのでお母さんが3人いるんです。婦人同士も子ども同士もすごく仲が良くて。日本とは全く別の秩序で、ともすれば日本人よりも幸せな価値観のコミュニティをつくっている。

北池:自分の価値観と合うか合わないかで判断しがちですけど、それで良し悪しを捉えてしまうともったいないですよね。多様性とよく言われますが、多くの日本人が実体験を持って経験できていないのかもしれません。

松井:そうかもしれません。マイノリティの人がいることの面白さを感じてきたので、それを地域に引き出したいと考えるようになりました。

北池:お話を聞いて改めて思うのですが、ローカルに根ざした事業をされている方には、松井さんのように海外や多文化に触れた方が多くいるように感じています。一通り、外を見たからこそ、内が気になってくるというか。

松井:ああ、確かにそうかもしれないですね。僕自身も海外にいたからこそ、違うものを面白いと思える心が身につきました。そういう外の世界とローカルが交わることで、新しい面白さが生まれてくるんだと思います。

JR中央線武蔵境駅前にある「ひと・まち・情報創造館 武蔵野プレイス」は、図書館を中心に、生涯学習支援、青少年活動支援、市民活動支援の4つの機能を併せ持った施設。カフェ・フェルマータは入ってすぐの場所にある。

コミュニティは幻想

北池:大学卒業後は、日本で就職されたのですか?

松井:大手メーカーに入社したのですが、これが全然合わなくて(笑) 辞めようと思っていたところに、アメリカ子会社立て直しプロジェクトの話があり、ロサンゼルスに移りました。会計士の資格を取ってビーチの前に住んで、毎日サーフィンしてからしごとに行く生活を30代まで送っていたんです。

北池:L.A.で、サーファーで、会計士。カンペキですね(笑)

松井:ところが9.11で、なかなかビザが取れず、やむなく帰国しました。外資系コンサルティング会社に転職して、人事コンサルティングのしごとを5年くらい続けました。

北池:会計の次は、人事なんですね。

松井:はい。会計のしごとは面白かったのですが、いくら会社が黒字になっても、人は幸せにならないと感じていました。人が幸せになるのはどういうことだろうと。それで、もっと人にフォーカスを当てたしごとがしたいと思い、人事のコンサルタントに転職しました。

北池:お金だけで人は幸せになれない、そう感じて人事に興味を持たれたのですね。

松井:なのですが、実際に人事のしごとをやればやるほど、これも違うなと感じてしまいました。人事制度って、会社が効率的に経営するために、人の枠を定義するしごとなのだと思います。でも、枠に人を当て込むこと自体に違和感があって。

北池:わかります。

松井:本来、その必要があれば、人は自然に集まり関係性をつくって、同じ目的に向かって進んでいけるはず。それができずに枠を作るってことは、無理やり組織をつくっているように感じてしまい…。だから、組織って幻想なんだろうと思うんです。「自分たちは所属している」と思うことで生まれる幻想。

北池:そういう意味では、冒頭のお話にあった日本人かどうか、というのも、幻想と言えるのでしょうね。

松井:まさにそうですね。コミュニティも幻想だと思っていて、そんな実態はなく、ただみんなで同じ夢を見ているだけ、というか。

2人とも、コンサルティングのしごとをした経験を持つ経営者。自分が代表となった会社の人事制度についても話を交わします。

北池:「コミュニティは幻想」とおっしゃられましたが、松井さんの中ではコミュニティをどう捉えていらっしゃいますか?

松井:僕は、会社でも友達でも地域でも、人が3人いて、何らかの関係性を築いて、共通目的を持っていればコミュニティかなと。

北池:なるほど。今回のゼミは、“コミュニティ”がテーマなんですが、実は、私自身はできるだけ“コミュニティ”という言葉を使わないようにしてるんです。

松井:そうでしたか。それは面白い。

北池:人によってコミュニティの概念がすごく違っているように感じています。それぞれのバックグラウンドで言葉の定義が違うため、安易に使うと大いなる誤解が生まれたりして。

松井:そうかもしれない。お話を聞いて、コミュニティという言葉へのアレルギーが芽生えてきました。

北池:あれ、それはまずいですね(笑)

松井:それは冗談として、僕は、ダニエル・キムの“関係性モデル”が好きなんです。結果からはじめると、負のスパイラルに陥って、行動も思考も萎縮してしまうという理論。売上とか目標を掲げて“結果の質”を目指すと、「やれ!」と発破をかけられて、そこにいる人たちの関係性が悪くなる。一方、関係からはじめると、思考が変わって行動が変わって、結果がついてくることも多い。

北池:なるほど。結果からではなく、関係から。

松井:はい。悪くなった組織なんて、つぶれちゃっていいと思うんです。地球は回るしローカルは回る。人ありきではじめて、いい関係性ができていればいいコミュニティなのかなと考えています。

北池:わかるような気がします。コミュニティって、それ自体を目的化してしまうと違和感が生まれてくるのかもしれない。何かが原因でコミュニティが自然発生的に生まれたり、あるいはコミュニティがあることで何かが起きたり、そんな存在なんだろうなと思います。

「地域・パブリック」「旅・言葉」などの選書が並ぶフェルマータ。コロナ禍以降、店内でのイベントに代わって、オンラインの英会話「イングリッシュナイト」を月1回開催している。

カフェのゆるさがちょうどいい

北池:人事のしごとをされていて、そこから、フェルマータの運営につながるきっかけは何だったのですか?

松井:コンサルティング会社時代に、何か自分たちで事業をやりたいねって、仲間4人で独立したんです。でも、当初思っていた事業はうまくいかず、軽いノリで飲食業をはじめることになりました。ミシュランを獲得しているフランス料理屋さんと仲良くなって、店舗展開させていただいたりしました。

北池:そういう事業をされてたのですね。

松井:そんな時、自分の地元にできる図書館がカフェ業者を募集していると聞いて、これは千載一遇のチャンスだから手を挙げてみるかと。当時の武蔵境って、まだ駅前が栄えてなく、どんよりしているように見えて。

北池:当時から、地域への問題意識みたいなものを感じていらっしゃったのですか?

松井:そこまで明確に問題意識があったわけではありませんでしたが、でも、もっと楽しい町になっていけるなとは思っていました。

北池:このカフェは、いわゆる普通のカフェとは違い、市の図書館の中にある。そんな特別な場所だからこその仕掛けや考えをお聞かせください。

松井:ローカルって、眠った宝物がたくさんありますよね。例えば、コロナ前まで毎月映画の会をしていましたが、1年に200本映画を見るような物知りな人が来ていました。ものすごくマニアックという意味でマイノリティ。そういう方って、地域に隠れていますよね。その知識や情報をシェアしてもらうだけで、新しい関係性が生まれる。図書館には、そんな宝物を持った人がたくさん来るので、その可能性を引き出したいです。

図書館で借りた本を読む人、ひとときの勉強や作業に集中する人、待ち合わせをして会話を楽しむ人など、多様なお客さんが訪れる。心地よい雑音が常に流れるフェルマータは、これまでの図書館のイメージとは全く異なる空間だ。

北池:人は本当にローカルの宝ですよね。一方で、カフェの経営面から考えると、そういったイベントは合理的でないことも多いと思います。経営とは切り離した松井さんの価値観があるのかなと察するのですが、そこにはどんな情熱があるのでしょう?

松井:情熱になっているのは、「優しくてご機嫌な社会になるといいな」という思いですかね。経済の仕組みって、シンプルに言うと、“奪い合い”だと理解しています。なので、どうしても人の関係性はギスギスしてしまう。

北池:なるほど。

松井:私個人の力で、経済の仕組み自体を変えることはできませんので、経済とは違うところで優しい社会をつくりたいと思っています。生き抜くというよりは、生き合うというか。

北池:生き抜くではなく、生き合う。

松井:はい。そのためには、色々な切り口で相手のことを知って、関係性をつくっていける場が必要だと思うんです。それがゆるくできるのはカフェかなと。

北池:確かに、子どもたちは偏差値教育で競い、サラリーマンはノルマに追われて、まさに生き抜くことが求められている。地縁も薄れ、単身世帯が多い現代において、松井さんのおっしゃる関係性づくりができる場が無くなっているのでしょうね。

松井:そう思っています。フェルマータを運営する当初は、そこまで深く考えてなかったんですが、運営を続けるほどに、カフェが関係性をつくるきっかけになるという確信が湧いてきています。

フェルマータの運営者が松井さんたちに決まった当時から、「どんな方なんだろう」と気になっていた北池。

お金を乗り越える実験

北池:フェルマータがオープンして、ちょうど10年経つのですね。

松井:自分の中では50点くらいで、まだまだだなと…。

北池:残りの50点にはどんなことを描かれているのですか?

松井:次の事業として、完全無料の飲食店をしたいと思っています。アメリカに「カルマキッチン」というお店があるのですが、お代はいらないから美味しいものを食べて、もし感動したら次の人にもプレゼントしてくださいという仕組みです。社会実験的にはじまって、もう10年以上続いています。福祉ではなく事業として、それに近いことをしたいなと。

北池:どうして、その事業にご興味を持たれたのですか?

松井:お金を再定義してみたいと思っています。コーヒーを注文して、飲んで、最後にお金を支払う。このときのお金って、店側とお客さん側の関係性をリセットする行為だと感じているんです。コーヒーの負債をチャラにするために、お代を払う、ということですね。

北池:関係性を切るためのお金になってしまっていると。

松井:そう。でも、関係性を切るために使うお金って、なるべく少ない方がいいと思っています。人の幸せのためにプレゼントするお金には喜びがあるから、負債も関係性も保ったまま、さらに違う関係性をつくっていけたら面白いんじゃないかなと考えていて。

北池:面白いですね。でも、お客さんになったことを想像すると、「どれくらい払えばいいの!?」ってなるから、緊張感があるなぁ。

松井:そうなんですよ。この緊張感って、一体なんだろうと考える、それこそが関係性だと思うんです。お金の存在を乗り越えたところの関係性って、すごく可能性があるんじゃないかなと。

北池:最近だと、DXが進む中で、改めて地域通貨に注目が集まってきていると聞きますが、突き詰めると“お金”というものが持つ、人と人との関係性を再定義する取り組みなんだろうと思います。関係性を切るお金ではなく、関係性を育むお金のあり方をどう考えるかは、社会全体にとって深いテーマですね。

松井:そうですね。早くそういう実験をしてみたいです。

「無料の飲食店は“ギフトランテ”と呼ぼうと思っていて。生産者からも余剰食材をギフトしてもらって、お客さんからのお金でお返ししていくイメージです」と松井さん。

地域でつながることへの渇望

北池:コロナ以前までフェルマータでされていたイベントも、なかなかできなくなりましたよね。先が見えない部分も多いですが、コロナを克服した後の社会を、松井さんはどのように想像してらっしゃいますか?

松井:僕自身は、コロナが終わったら、人はこの苦労を全部忘れるだろうなと思っています。

北池:おお、そうですか。

松井:歴史上、疫病の流行は幾度となくありましたけど、人類はしばらくすると忘れてしまう。リモートワークとかオンラインイベントといった、この間にみんなが気付いてしまった便利さや楽しさは残ると思いますが、リアルに集まる場は以前のように戻ってくると思います。

北池:確かにそう思います。これまで出来なかった反動で、顔を合わせてつながることへの欲求は、より一層高まりそう。

松井:そうですよね。加えて、これまでよりローカルで時間を過ごす人が増えたので、今まで以上にローカルが重要になってくると思います。

コロナ禍でフェルマータ周辺の風景も変わっている。平日の昼間、それまでは見かけなかったようなサラリーマンや夫婦の姿が行き交うように。

北池:普段サラリーマンをしている方や、フリーランスのデザイナーなどで、地域に根ざした活動をやってみたいと思ってらっしゃる方が増えている実感があります。私達が開催するゼミにも、そういう方にたくさん参加していただいています。

松井:そういう方たちが多いのですね。

北池:ただ、具体に何をしたいのかを言語化できず、ふんわりしたイメージ状態の方がほとんどです。松井さんから、そういった状態の方に何かアドバイスを聞かせてください。目の前にあったチャンスを掴んでフェルマータを形にされた経験は、皆さんの参考になると思います。

松井:そうですね。所属するコミュニティを増やすのがいいんじゃないかと思います。自分のしたいこと、やっちゃえることに出会える可能性が高まるんじゃないかなと。

北池:うんうん。

松井:将来的な個人経済のあり方は、3箇所くらいから収入があると理想的だなと思っています。収入源を複数にすれば、複数のコミュニティに参加することができると思うんです。つまみ食いするというか。今の時代、どこにチャンスがあるかわからないですからね。

北池:多様な人と関係性を持つことで、今までの価値観を広げたり、新しい気付きが得られるはず。オンラインコミュニティも地域コミュニティも、自由に参加できるものがたくさんありますね。

松井:そうです。関係性から学び合っていくことは有効だと思います。コミュニティの選択権も自分にあって、必要のないコミュニティは参加しなければいいし、必要ならまた戻せばいい。それくらいのゆるさがいいんじゃないかな。

北池:私も、創業当時、救ってくれたのは複数のコミュニティだったなと思い出します。接する人を変えると、違う価値観に出会える。そこから得られるものは大きいですよね。こう見えて、人見知りなので、新しいコミュニティに参加することに怯えていますが(笑)、改めて、知らない人たちの中へ飛び込んでみたいなという気持ちになりました。

松井:私も超人見知りなのでめちゃくちゃ共感します。圧がないコミュニティがいいですよね(笑)

北池:今日はお話できて楽しかったです。またフェルマータにもお邪魔します!

松井:こちらこそありがとうございました!

新しい場所では意外にも怯えながら隅っこにいるという人見知りの2人。打開策の一つは「主催しちゃうこと」と口を揃える。

まちのインキュベーションゼミ#5「今こそ コミュニティの底力」

期間11月6日(土)〜3月19日(土)場所KO-TO(東小金井事業創造センター)定員20名参加費無料対象・地域コミュニティを築くことに興味がある方
・子育て、介護、福祉、医療、スポーツなどの分野で事業を考えている方
・公園、農地、空き家などを活かして新しいコミュニティをつくりたい方
・事業のアイデアを形にするサポートがしたい方
・まちづくりや事業開発に興味がある主婦や学生の方
プログラムオリエンテーション 11月6日(土)13:00〜18:00
事業アイデアを持ち寄り、チームを編成します。さらに、今後の実践までを視野に入れたスケジュール設計を行います。

プランニング 1月15日(土)13:00〜18:00
約2ヶ月間の個別ゼミを通じて設計したプランを完成させます。実践に向けた細部の検討を進めます。

トライアル 2月下旬~3月上旬
チームごとに「今こそ コミュニティの底力」を育む事業プランのトライアル実践を行います。

クロージング 3月19日(土)13:00〜18:00
約4ヶ月間の振り返りを行います。実践で得た学びをシェアし、それぞれのネクストステップを描きます。
詳細・申し込みhttps://here-kougai.com/program/program-454/

プロフィール

松井隆雄

幼少期と中学・高校時代を海外で過ごし、大学進学に帰国。大学卒業後、メーカーの駐在員として渡米。そのまま永住したい気持ちを抑え帰国。その後、外資系コンサルティング会社を経て、当時の仲間とともに独立し飲食事業に乗り出す。2011年より、東京都武蔵野市の複合施設「武蔵野プレイス」図書館内にて「Café Fermata(カフェ・フェルマータ)」を運営。本や映画等のトークイベントを毎月のように延べ200回近く開催しコミュニティを形成。並行して様々な領域でのコンサルティング活動も継続。東京オリンピックでは卓球会場で海外ジャーナリスト達のインタビュー通訳を担当。関係性に根ざしたギフト型カフェを企画構想中。2児の父親。趣味はギター。

http://www.cafefermata.net/
https://www.recercada.com/