今、“多摩流の創業”を考える

2021.04.27
今、“多摩流の創業”を考える

暮らしが変わり、はたらき方が変わる今、改めて“多摩地域”らしい創業とは。そんなテーマで、Startup Hub Tokyo TAMA(以下、スタハ)館長の永島秀隆さんとタウンキッチン代表でリンジン編集長の北池との対談を実現。永島さんは、TSUTAYAや蔦屋書店、TポイントやTカードなどを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)に所属し、立川に昨年オープンした都の創業支援施設、TOKYO創業ステーションTAMAでスタハの運営を受託されています。2人が初めてじっくり腰を据え、多摩の創業について語ります。

CCCが創業支援?

北池:早速ですが、永島さんのご所属はCCCで、スタハを運営受託されていらっしゃるんですよね。TSUTAYAやTポイントなどを展開するCCCが、都の創業支援施設を運営受託されているということを、知らない人も多いかもしれません。

永島:そうですね。CCCが創業支援施設の運営を受託させていただくのは、スタハで4施設目になります。東京都と東京都中小企業振興公社が運営するTOKYO創業ステーションTAMAは丸の内に続く2拠点目として、立川に昨年7月にオープンしました。

永島さんが所属するCCCは、この4月に「事業ドメインの垣根を越えてシナジーを活かす時代になった」という中間事業持株会社4社を含む計20社を統合し業界で話題に。
永島さんが所属するCCCは、この4月に「事業ドメインの垣根を越えてシナジーを活かす時代になった」という中間事業持株会社4社を含む計20社を統合し業界で話題に。

北池:CCCとして4施設目なんですね。たしか最初は、福岡市のスタートアップカフェだったでしょうか。

永島:はい、オープンしたのが2014年です。

北池:そうですよね。タウンキッチンが市の創業支援施設を運営するタイミングと重なって、視察で福岡に訪れたのを覚えています。CCCが創業支援をはじめられた経緯はどのようなものだったのでしょうか。企業として、新しい業態を作ろうとされていたとか。

永島:福岡市のスタートアップカフェは、創業を志す方を支援するプラットフォームとして、福岡の中心地にあったフラッグシップストアの一画からはじまりました。起業準備や相談ができる場所として、多種多様な人たちが集い、新しい価値を生み出す場所を目指しています。

北池:DVDやCDのレンタルや書籍販売などをする、皆さんがよくご存知のいわゆるTSUTAYAですよね。その一画で創業相談ができたり、創業のためのワークスペースがあったり。それまでは、創業支援というと銀行や商工会がされていて敷居が高いイメージでしたが、その概念を一掃されたように感じました。

立川の新街区GREEN SPRINGSにある「TOKYO創業ステーションTAMA」。Startup Hub Tokyo TAMAでは、起業経験を持つコンシェルジュへの無料相談、イベント参加、書籍のあるラウンジ利用などができる。
立川の新街区GREEN SPRINGSにある「TOKYO創業ステーションTAMA」。Startup Hub Tokyo TAMAでは、起業経験を持つコンシェルジュへの無料相談、イベント参加、書籍のあるラウンジ利用などができる。

永島:そう言ってもらえるとうれしいです。でも、会社としては、創業支援の部隊はすごく亜流な存在なんです。

北池:CCCとして、創業支援の事業にGOサインが出たのはどういったポイントだったんでしょう?

永島:創業以来掲げている“生活提案”という事業ドメインの一環だからだと思います。CCCの社長が創業時に作成した手書きの事業計画書が残っているのですが、そこに、“ライフスタイルの提案”という言葉があります。“起業”という“ワークスタイルの提案”も事業ドメインからずれていないし、やるべきことだと。

北池:なるほど。代官山 蔦屋書店や、佐賀県の武雄市図書館が話題になったとき、CCCがライフスタイルを提案をしている企業だという認知が広がったように思いますが、それは創業当初からの事業ドメインだったからなのですね。

スタハ向いにあるPlanning Portには専門家による相談窓口があり、スタハとあわせて創業の一歩目をフルサポートする拠点となっている。タウンキッチンも専門家を務め、創業者からの相談に応じている。
スタハ向いにあるPlanning Portには専門家による相談窓口があり、スタハとあわせて創業の一歩目をフルサポートする拠点となっている。タウンキッチンも専門家を務め、創業者からの相談に応じている。

創業を引き寄せる役割

永島:CCCが創業支援施設の運営を受託させていただくとなると、期待されていることの一つに集客があります。我々だからできるやり方を、多摩でも模索している最中です。

北池:そこは大きな強みですよね。よく言われる話ですが、ニューヨーク公共図書館には、“ビジネス支援図書館”と呼ばれる創業部門がある。どんな人であっても分け隔てなく、本を借りるかのように相談ができるというサービスがあるのは魅力的です。膨大な書籍だけでなく、商用データベースが閲覧できたり、連日セミナーが開催されていると聞きます。

永島:図書館発の起業もたくさん生まれているようですね。

北池:図書館も本屋さんも、誰もがフラっと入りやすく、人を選ばない。それでいて、知的な何かをキャッチしようというアンテナが立っている。遠い存在になりがちな創業を、一気に自分のそばへ引き寄せられる場所だなと感じています。

永島:そうなんです。スタハでは気軽に訪れてもらえるように本のコーナーを作ったり、福岡や大阪のスタートアップカフェでは起業に関する相談を原則予約不要にしたりと工夫しています。

北池:確かに。従来の創業相談は身構えてしまうような見せ方をしていることが多い。相談員がスーツにネクタイだったりすると、よほどしっかり事業計画を書いていかないと怒られそうで(笑)でも、多くの人は、もっと手前の段階で気軽に相談したいはず。

永島:“気軽さ”をいかに演出できるか、というのは大切なポイントですよね。スタハにはコミュニティマネージャーというスタッフがいて、アイデア整理のお手伝いをしたり、専門家につなぐ役割を担っています。あえてきっちりした服装をせず、いらっしゃった方に、さり気なく声をかけるように意識しています。

多摩地域で創業支援に携わる同士。地域のこと、気になるプロジェクトなど話題はつきない。
多摩地域で創業支援に携わる同士。地域のこと、気になるプロジェクトなど話題はつきない。

北池:いろいろな地域で創業支援をされていて、何か違いはありますか?

永島:そうですね、福岡や大阪に比べて、多摩はアイデア段階の人が多くいらっしゃる印象を持っています。東京の場合、丸の内にスタハがあり、他にも行政、民間を問わず、創業支援が充実していて、選択肢が多いからなのかもしれません。

北池:大阪や福岡の施設は都心部に立地しているという意味で、郊外にある立川と、都心の創業支援に違いがあるのかもしれませんね。

永島:はい。丸の内まで行かなくても立川で相談できるというのは、この立地にあるメリットだと思います。しかし、役割として丸の内と全く同じでいいのか、というのは常に考えているテーマです。多摩で求められる創業支援って、どういうものだろうと。

北池:わかります。私たちの周りにいる創業者も、株式上場を視野に入れるなど、ある程度の規模を目指す創業者は、やはり23区で起業した方がメリットが大きく、渋谷や六本木に移って行かれます。都心には、ベンチャーキャピタルが参加する交流会なども多く、気配というか、出会えそうな匂いがある。

永島:東京都の未来戦略で求められているのは、世界に通じるスタートアップですが、実際にスタハの相談で圧倒的に多いのは、スモールビジネスやソーシャルビジネスなんです。どちらか、ではなく、両方をサポートしていくことが求められているのかなと感じています。

普段から数多くの相談を聞く2人だからこそ、創業者のサイズ感やテーマから多摩地域らしさを感じていた。
普段から数多くの相談を聞く2人だからこそ、創業者のサイズ感やテーマから多摩地域らしさを感じていた。

北池:そうですよね。世界に通じるスタートアップを目指すことは大切だと思いますが、一方で、世の中の創業が、みんなGAFAを目指すわけではない。わたしたちが多摩で運営しているシェアオフィスの利用者の多くは、無理に規模の拡大を目指さず、地に足つけて会社員時代と同じか少し多いくらい稼げればOKという考えを持っています。そういう意味でも、都心と郊外の役割の違いはありそうですよね。

永島:そうですね。学生で言うと、ビジコンにチャレンジしようという大学もあれば、社会課題をテーマに創業したい大学生がふらっと来てくれることもあります。彼らをしっかり支援してあげたいですね。スタハでは年に300回以上のイベントを開催して、ベーシックに創業が学べる場をつくっています。体感して掘り下げて考えてみて、それがキャリアになる。結果、学生創業した後に就職するでもいいし、創業ではないゴールもありだと思っています。

北池:はたらき方の一つの選択肢として、創業という手段を学生に知ってもらうことも大切な支援の一つですね。とは言え、直接的に収益に結びつきにくいために民間だけで対応していくことは難しく、都の施設であるスタハだからこその支援だと思います。学校からの帰り道に気軽にスタハで学べるというのは、とても魅力的ですね。

コロナ禍の只中でオープンを迎えたスタハ。当初からオンラインでのイベントにも力を入れている。
コロナ禍の只中でオープンを迎えたスタハ。当初からオンラインでのイベントにも力を入れている。

多摩流を考える

北池:日頃、たくさんの相談を受けていらっしゃる中で、こういう産業や領域が多摩にフィットするなと感じているしごとや業種はありますか?

永島:まず、多摩でも西と東で違うなと感じますね。西側で言うと、やはり自然。その豊かな環境を活かしたビジネスがフィットするように思います。業種でいうと、観光が中心になってくるのかな。実際、地元の魅力を発信したいという方はとても多く、例えば、檜原村の自然の中でカフェを開きたいとか。趣味をしごとにという文脈から創業を計画している方が多いように感じますね。私自身、旅行会社に勤めていたこともあって、大変興味深いです。

北池:永島さんも色々なご経験をされているんですね(笑)確かに、奥多摩、青梅、檜原、高尾といった大自然が、手の届くところにあるというのは魅力ですね。東京都に位置していながら、都心から電車で気軽にアクセスできるということは、ビジネスとしても大きな強みになるはず。

「通勤の満員電車が無駄なことに、多くの人がとうとう気がついてしまった」と2人。コロナで人々のはたらき方が大きく変わろうとしている。
「通勤の満員電車が無駄なことに、多くの人がとうとう気がついてしまった」と2人。コロナで人々のはたらき方が大きく変わろうとしている。

永島:テレビをつければキラキラした人たちがワーケーションと言って沖縄でテレワークしていたりしますけど、誰もができることではない。でも、多摩でならできそう。この距離感はメリットです。教育にも同じことが言えて、子どもに自然の中で何か体験させたいと思ったとき、自宅から1時間なら現実的に叶えられる。

北池:空前のキャンプブームのようですし、コロナでみんな自然に還りたがっているように感じます。一方で、週末に密を避けようと都心を離れるものの、みんなが大移動して、結局、山間部でも密になってしまう。なんとも残念です。都心と郊外、家とオフィスという平面的な距離感の概念は、この1年で随分変わりましたが、次は平日と週末のあり方、曜日感覚といった時間軸の概念も、これから変わってくるのではないかと思っています。

永島:週末遠くへ行くのではなくて、平日を多摩の山で過ごすというワーケーションも、これから全然ありですよね。

北池:多摩の東側はいかがでしょうか。都心に近く、“郊外”と言う言葉により当てはまると思いますが、この地域にはどんな可能性を感じていらっしゃいますか?

永島:このエリアの特徴の一つに、都心に比べて地価の差がありますね。何かビジネスを始めるときに、都心に比べると低コストではじめることができる。

北池:そうですね。例えば、都心でも郊外でも、コンビニで売っている商品の値段は変わらない。でも、賃料は郊外の方が安い。そういう意味で、事業のはじめやすさが、郊外のメリットの一つかもしれませんね。以前、金融機関の方に聞いたのですが、コロナの影響で家賃の高い立地では、廃業に追い込まれた飲食店が多かったけれど、郊外は比較的影響が少なかったとか。

スタハ内の掲示板には、イベントやセミナー、コンシェルジュ紹介などの情報が並ぶ。チェックしに訪れるだけでももちろんOK。
スタハ内の掲示板には、イベントやセミナー、コンシェルジュ紹介などの情報が並ぶ。チェックしに訪れるだけでももちろんOK。

永島:あとは、人が多いこと、ですね。人を相手にしたビジネスは、だいたい成り立つのではないかと思います。例えば、教育や福祉など。

北池:そういうビジネスで鍵になってくるのは、どういうところだとお考えでしょうか?

永島: “地域密着”だと思います。商圏をあまり広げず、むしろ絞り込んだ狭い範囲でファンをつくる方がいいのかもしれません。そのときに強みになるのが、人のつながり。地域のキーマンから情報を得られるとか、口コミで情報が広がるとか。むしろ、人をフックにしていかないと、なかなか成功しないんじゃないかな。

北池:たしかに郊外では、人のつながりが一度広がりだすと、どんどん広がり続ける。そういう感覚は、都心より、郊外の方が強いように感じます。一方で、不誠実なことをすると、村八分になるというか、そういうセーフティーネットも効いているように思います。だからこそ、無理に事業範囲を広げようとせず、“狭く”そして“深く”が郊外における創業のキーワードですね。最後に、郊外で創業されようとする皆さんに向けてメッセージはありますか?

永島:自分は何をしたいんだっけと考え続けることが、非常に大事だと思っています。時々の決断が、軸からブレていないか。私たちが、その壁打ちになって、一緒に考える相手になればといいなと思います。

北池:事業を進めていくとき、自分が目指す北極星を持っておくことは大切ですよね。そうしないと、すぐに方角がわからなくなってしまう。あとは、進むべき方向に悩むくらいだったら、まずやってみなさい、というのも大事かと。

永島:動いてみないと見えてこない道筋もありますよね。多摩で共に創業支援をするパートナーとして、勉強させていただいたり連携をしながら、引き続き、よろしくお願いします!

北池:こちらこそ、ありがとうございました!

ともに住まいは多摩地域。自分たちも暮らす場所だからこそ、見えてくる景色や肌感覚も創業支援に活きる。
ともに住まいは多摩地域。自分たちも暮らす場所だからこそ、見えてくる景色や肌感覚も創業支援に活きる。

まちのインキュベーションゼミ#4「郊外につくる、新しいシゴト」

期間

5月22日(土)〜9月25日(土)

場所

KO-TO(東小金井事業創造センター)

定員

20名 ※応募多数のため、選考あり

参加費

無料

対象

・新しい働き方やワークプレイスづくりに興味がある人
・公園、農地、空き家などを活かしたシゴトづくりを考えている人
・子育てや介護をしながら働くことに取り組みたい人
・テクノロジーやクリエイティブをまちづくりに活かしたい人
・事業のアイデアを形にするサポートがしたい人

プログラム

オリエンテーション 5月22日(土)13:00〜18:00
事業アイデアを持ち寄り、チームを編成します。さらに、今後の実践までを視野に入れたスケジュール設計を行います。

プランニング 7月17日(土)13:00〜18:00
約2ヶ月間の個別ゼミを通じて設計したプランを完成させます。実践に向けた細部の検討を進めます。

トライアル 8月下旬~9月中旬
チームごとに「郊外につくる、新しいシゴト」を育む事業プランのトライアル実践を行います。

クロージング 9月25日(土)13:00〜18:00
約4ヶ月間の振り返りを行います。実践で得た学びをシェアし、それぞれのネクストステップを描きます。

詳細

https://here-kougai.com/program/program-387/

プロフィール

永島秀隆

TOKYO創業ステーションTAMA STARTUP HUB TOKYO 館長。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 蔦屋書店 首都圏カンパニー所属。新卒入社の旅行会社がブラック企業で倒産、夜逃げという貴重な経験をする。大手旅行会社ではカウンターセールス等、人材系ベンチャー企業ではスカウト業務を経験。2007年CCCへ転職。人事部にて採用、評価、研修を担当。TSUTAYA店舗では店長、エリアマネージャー、FC企業担当SVを歴任。2019年より経産省女性起業家等支援ネットワーク構築事業へ参画。2020年7月より様々な経験を活かして起業支援を行う。
https://startup-station.jp/ts/

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