映画と地域のかけ算でできること

2024.03.21
映画と地域のかけ算でできること

まちの魅力を伝える映画、有志の手で復活する映画館、各地で開催される映画祭など、地域と映画の接点は近年増えているように感じます。映画と、地域の文化やコミュニティがつながったとき、どんな可能性が広がるのか。そしてそこで、デザインの力はどのように活かせるのでしょう。

明星大学デザイン学部主催の「デザインセッション多摩DeST」。7回目となる今年度は、「映画と地域」をテーマに、2024年3月2日、日野キャンパスにて開催されました。
特に多く集まったのは、地域で何か活動をしていて、新しい発見を求めている人たち。DeSTの企画進行を行うプロジェクトデザイナーで明星大学デザイン学部教授の萩原修さんは、プログラムのスタートに先立ち、「登壇される方の話を聞くだけでなく、映画と地域の関係を皆さんとテーマを掘り下げていきたい」と話しました。
映画研究者、教育者、監督とともに、映画と地域の関係性や可能性を考えたトークセッションのレポートをお届けします。

「テーマを映画と地域に決めてから、トークセッションのパネラーにかなり悩んだ」と話す萩原修さん(左)
「テーマを映画と地域に決めてから、トークセッションのパネラーにかなり悩んだ」と話す萩原修さん(左)

映画の歴史から見る地域とのつながり

2018年度から明星大学デザイン学部で教鞭を取り、ちょうどこの3月に定年を迎えられる奥村賢教授。早稲田大学大学院で映画学を専攻された後、武蔵野美術大学、東京工芸大学などで映像関係の授業を担当しながら、川崎市市民ミュージアム映画部門にも研究員として勤務されていました。
長年にわたり映画研究を続けてきた奥村教授の講演は、「映画の歴史と地域の関係」について。19世紀後半に誕生した映画によって起こった情報革命、映画文化の拠点の流動化について紐解きました。

「日本における映画文化の拠点は、戦前には、東京や京都といった大都市の撮影所に集中していました。地方はというと、作品を受け入れる側。それが戦後になり、撮影機器が発達したことや、臨場感を求める“脱スタジオ主義”の動きが大きくなったことで、屋外で撮影するロケーション映画が増加します。登場人物が全国を周る『男はつらいよ』などが代表的ですね。当時、国鉄(現在のJR)の『ディスカバー・ジャパン』キャンペーンに象徴される地方回帰ブームもあり、その動きを後押ししていました」

「映画のはじまりは日常の風景。19世紀後半にフランスで誕生した最初の映画は身近なまちの日常風景でした」と奥村教授
「映画のはじまりは日常の風景。19世紀後半にフランスで誕生した最初の映画は身近なまちの日常風景でした」と奥村教授

さらに、地方や地域ごとの盛り上がりも、映画文化の拠点を多様にしていると奥村教授は続けます。

「1960年代に福島県で起こった『本宮方式映画教室』を先駆けとする『コミュニティシネマ運動』は、市民や地域が主体となり、商業ベースに乗りにくい作品を上映しようというものです。また、2000年代から活発になり今や全国に約350団体ほどあるのが、地域活性化を目的としてロケーション撮影支援を行う公的団体『フィルムコミッション』。多摩地域にも8つある『地方映画祭』の存在や、クラウドファンディングの登場によって製作資金を調達するハードルが下がったことも、映画文化の拠点が流動化していくことに大きな影響を与えていると思います」

「映画製作は特定の人々の特権ではなくなった」と話す奥村教授。映画の歴史をたどることで、地域と映画の関係性、今だから実現できることの可能性が見えてきました。

日活多摩川撮影所は、現在「角川大映スタジオ」になっている。調布市内には、全国で唯一“日活”の名を残した「日活調布撮影所」があり、現在でも映画産業が盛ん
日活多摩川撮影所は、現在「角川大映スタジオ」になっている。調布市内には、全国で唯一“日活”の名を残した「日活調布撮影所」があり、現在でも映画産業が盛ん

映像を撮る人の鉄則とは

東京工芸大学芸術学部映像学科の高山隆一教授は、映画製作の指導をメインに、映画史、作品鑑賞の講義を担当されています。また、着任以来、映画の自主制作をスタートし、これまでに9作品を完成させています。そんな高山教授の講演タイトルは、「映画製作の方法と地域」。学生たちと毎年映画をつくる高山教授が、制作にあたり意識するとよいことや心構えについて参加者に共有しました。

「映画制作で大切なのは、スケジュールとシステムだと思っています。お金を安く抑えるための第一条件は、撮影期間を短くすること。そして、経済と作品のクオリティを考えながら短い期間で効率的に制作するには、一人ひとりの役割分担をどうするかがとても大事です。私は映画を撮るとき、まず制作部と演出部のメンバーを決めます。制作部は、ロケ地の交渉やお弁当の手配など、監督が演出に集中できるよう全般のケアをするのが役割。機材をもっていないこの部署がどのくらい優秀かで、映画の出来が左右されると言っていいと思います」

高山教授が考える映画制作での一番の苦労は、「許可やお金の問題で、撮りたいところで撮れないこと」だという
高山教授が考える映画制作での一番の苦労は、「許可やお金の問題で、撮りたいところで撮れないこと」だという

そして、スケジュールとシステムづくり以上に、心に留めてほしいことがあると高山教授は話します。

「外部との対応が一番重要です。撮影中は、通行人に止まってもらったり、場所を借りたり、対人のトラブルが起こりやすい。外部の人から見れば、Youtubeだろうと映画だろうと、目的や所属を問わずとにかく『動画を撮っている人』にしか見えません。個人レベルでの制作も増えているので、マナーを守らない人が1人いたら、その場所での撮影はすべてNGになってしまいます。映画を撮っていると妙なアドレナリンが出て、自分が特別な人間に思えることがありますが、傍若無人になりかねない優越感にも気をつけて、『人の場所で撮影させてもらっている』という感覚を持ち続けてほしいです」

この日の第2部ワークセッションでは、地域ごとにリーダーのもと映画企画を立て、プレゼンやワールドカフェを行いました。制作者の立場となって講演を聞いた参加者たちにとって、とても実践的なアドバイスとなりました。

高山教授が監督を務め、2021年に発表した自主制作映画『いってきます』
高山教授が監督を務め、2021年に発表した自主制作映画『いってきます』

昭和の8mmフィルムを集めてつくる「地域映画」

長野県松本市在住の映画監督の三好大輔さん。これまでミュージックビデオやCMなど商業的な映像を手がける一方、東京藝術大学デザイン科の講師も務め、2015年には株式会社アルプスピクチャーズを設立されています。
三好さんは、主に昭和30〜50年代に家庭の記録として普及した8mmフィルムを発掘し、全国各地の自治体、企業、市民団体などと協働しながら「地域映画」を制作しています。
トークセッションでは、「失われゆく8mmホームムービーを地域の宝に」と題し、地域映画の制作過程やエピソード、感じている課題などを取り上げました。

「あるとき、友人のミュージシャンから『結婚式で流す生い立ちを綴る映像をつくってほしい』という依頼をもらって、お父さんが撮影した子ども時代の8mmフィルムを見せてもらいました。そのカメラを向ける眼差しにとても心が震えて。その体験がきっかけで、地域に眠っている8mmフィルムのホームムービーを掘り起こし、多世代の市民が参加しながらつくる記録映画をつくりはじめ、後に「地域映画」と名付けた活動に発展していきました。全盛期には年間2000万本販売されていたとも言われており、全国どの地域に行ってもかなりの数のフィルムがあります。地産地消をコンセプトに映画を制作して、2008年からこれまでに全国15箇所、18本が完成しました」

映画制作のモチベーションは、「インターネットで地球の裏側に届けるんじゃなくて、隣に住んでいるおばあちゃんに喜んでほしいという思い」と三好さん
映画制作のモチベーションは、「インターネットで地球の裏側に届けるんじゃなくて、隣に住んでいるおばあちゃんに喜んでほしいという思い」と三好さん

完成した作品は、地域教育、郷土資料、認知症のリハビリなどを目的とした回想法(思い出を振り返る心理療法の一つ)などにも活用されているといいます。

「今の課題としては、フィルム所有者の高齢化やフィルムの劣化、フィルムアーカイブの構築に必要な資金集めなどです。課題はとても多いですが、8mmフィルムによる地域映画制作は、今やらなければならない。どんどん移り変わってしまう日常を、意識して残していくことの重要性を知っていただけたらうれしいです」

地域映画は完成すると、地域住民とともに鑑賞し、上映後に座談会を開くという。そこで感想を交わし、違う世代の考えていることをフラットに聞き合える時間がとても貴重だと三好さんは話します。地域のこれまでと今を記録するだけではなく、過去の記録を見ながら今を生きる人々が言葉を重ね、未来につながる住民同士のつながりや一人ひとりの中での発見が、映画によって生まれていることを感じます。

©️まつもとフィルムコモンズ 長野県松本市で制作した地域映画『まつもと日和』。300人以上の市民が映画制作に携わったそう。全国地方新聞社・共同通信社・NHKが主催する「地方創生大賞優秀賞」に選ばれた
©️まつもとフィルムコモンズ 長野県松本市で制作した地域映画『まつもと日和』。300人以上の市民が映画制作に携わったそう。全国地方新聞社・共同通信社・NHKが主催する「地方創生大賞優秀賞」に選ばれた

3人のパネラーそれぞれの専門分野をヒントに、映画と地域の関係を考えた今年度のDeSTトークセッション。歴史、制作の方法、使う素材、目的など、映画にまつわる視野が一気に広がり、地域とのかけ算に新たな可能性が見えてきました。

デザインセッション多摩2023特設サイト
https://meide.jp/dest2023/

明星大学デザイン学部
https://meide.jp/

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