【特別対談 vol.3】まちをおもしろくするフラットな関係の連鎖

2020.07.30
【特別対談 vol.3】まちをおもしろくするフラットな関係の連鎖

富山県氷見市。美しい海と寒鰤が有名なこのまちで、宿とギャラリー、そして喫茶を営む笹倉慎也さん・奈津美さん夫妻。7年前にタウンキッチンのワークショップに参加したのち、地域との心地よい関わり方を見出しました。北池が“同志”と呼ぶふたり。対談を通じ、その理由が見えてきました。

※リンジンを運営するタウンキッチンの創立10周年特別対談です。

内なる情熱を形にしたらまちはおもしろくなる

―タウンキッチンとの出会いは、7年前に開催したプログラムだったそうですね。

北池:そうそう。まちで何かしたい人のためのゼミ形式のワークショップを「ちいきのえんがわ教室」という名前でやっていました。

奈津美:ささやん(慎也さん)に「これおもしろそう!」って教えて。珍しくリアクションがよかった(笑)

北池:その頃、ささやんは大手の印刷会社にいて、なっちゃん(奈津美さん)はコンサル会社でゴリゴリとやって。世間的に見れば順風満帆なキャリアだよね。

奈津美:でもずっと続ける気はなかったな。一緒に何かしたいねって話してたタイミングだったかな。当時は、吉祥寺あたりでゲストハウスを開けたらとか。

慎也:5年くらい働いて、今のままでいいのかという漠然とした迷いはありましたね。ちょうど帰省中にえんがわ教室のことを知って、富山で何かを始めるのもいいなあと。

北池:何となくやりたいことはあって、でも、どう始めたらいいのかわからない、って人がすごく多いなと思っていて。アイデアをカタチにしていったら絶対おもしろくなるのに、みんな思いに蓋をしてしまう。それがもったいなくて教室を始めてみたけど、今では卒業生たちが地域でどんどんおもしろいことを始めているよね。

奈津美: 何かを教わる場じゃないところに惹かれました。会いたい人に会いに行け、やりたいことを試せ、っていうのがよかった。

慎也:同期も熱量が高くて、おもしろい人がいっぱいでした。最初の飲み会で号泣する人とか。超エリートな人でも人生迷うんだって思いましたね。

奈津美:その頃は北池さんも会社をおひとりでやっていたんですよね。やりがいはあるけど、すごく大変みたいな話をしてくれて安心した記憶があります。かっこつけずに、ありのままでいればいいんだって。家に帰るとふたりで北池さんのものまねしたよね!「根っこにあるものは何なんやー!?」って(笑)

北池:おれ、そんなこと言ってたっけ?

慎也:そうそう。よく覚えてます。

奈津美:遠慮のない言葉が響いたんです。周りの人はだいたい「いいね!」「おもしろいね」と言ってくれるけど、北池さんはズバッと指摘してくれた。でも、どうしたらいいかは教えてくれないの(笑) だから自分たちも、すっごく考えた。北池さんのことを先生って思ったことは一度もないな。隣の部署の上司って感じ?

北池:うまいこと言ったね(笑) どうすればうまくいくかなんて、誰にもわかんないから、教えようがないと思ってるんだよね。0から1を始めるときって、知識をいくら詰め込んでもダメで。色んな人に話を聞いたり、考えたプランを一度試しにやってみたり、その繰り返ししかないんじゃないかな。

慎也:教えられると、分かった気になってしまうんですよね。始めてみて迷うこともいっぱいある。そのときの支えのほうが、ずっと大事に感じます。逆にスタートは、やりたいことを後押ししてくれる人が欲しい。北池さんは、まさにそういう存在でした。

飾らない日常にある奥深さをシェアしたい

―慎也さんと奈津美さんは、どのようにして氷見でHOUSEHOLDを始めたのですか。

奈津美:氷見の美しい景色に魚をはじめとする豊かな食、何気ないけどゆっくりと移ろう日常に魅せられました。海の見えるところに住みたいと思っていた時、今の建物を見つけたんです。以前は呉服店だったビルで、空き家になっていて。オーナーに貸してほしいと交渉するために、わたしは会社員の時のようにパワポの企画書をつくって臨んだのだけど、全然響かず。結局、ささやんがおじさんの話の聞き手にまわり、がまん強くつき合ったことで、こいつなら大丈夫とおじさんの心を掴んだからか、いつのまにか譲ってもらうという話になっていました。

北池:おじさんの前では、パワポは無力やね(笑)

慎也:その後、建物をリノベーションして開業しました。1階に喫茶と宿泊者用のダイニングキッチンを併設し、2階にギャラリー、4階が客室。宿泊は1日2組限定です。

奈津美:コンセプトは、「勝手口からの旅」。釣りやサイクリングに、海辺を散歩してもいいし、夕食は宿泊ゲスト自身で地元の食材を調理する、あるいは近所のお店に足を運ぶのもありです。

北池:伝えたいメッセージやコンセプトを伝えるために、工夫していることはある?

慎也: 設計やデザインなどを整えて、素敵だなって思ってもらえることは大事かな。でもねらいは別のところにあって、氷見に住んでいる人たちの飾らない日常をシェアすることをつき詰めた形がこれだったんです。

奈津美:このまちって、実は“おじさん”が貴重な資源なんですよ。漁師や寿司屋の大将、うどん屋の店主とか、武骨だけど、どことなく可愛らしい。

北池:前に泊まらせてもらったとき、近くの寿司屋さんに連れていってくれたよね。その日は大将がちょっと不機嫌そうだったんだけど、帰り際にささやんとなっちゃんで「多分奥さんとケンカしちゃったんです。いつもはこんなんじゃないんです」ってフォローしてたのが、印象的だった(笑)

奈津美:おじさんたちって、泊まりに来た人のことをよく覚えているの。「あの子は前に、ブリ食べたいって言ってたな」って、次に訪れたときにもてなしてくれる。

慎也:HOUSEHOLDの宿泊ゲストはリピーターが多く、氷見に住む人たちのことを気にかけてくれる人ばかり。だから今年から会員制度も始めて、会報を通じて近況を伝える予定です。おじさん情報も含めて(笑)

北池:次も同じ寿司屋に行きたいな。今度こそ、ご機嫌のタイミングを狙って(笑) でも、そういう飾らない日常に価値があると思っていて、HOUSEHOLDはそれを表現しているのがすごいと思う。人と人の関係性を結んでいくプラットフォーム的な機能が、いろんなまちにあるといいよね。

好き嫌いがあるほうがその人を信頼できる

―それにしても、地域にうまく溶け込んでいますね。

北池:結婚式にも呼んでもらったけど、本当に地元の人たちに愛されているのが伝わって来たよ。でも、どうやって関係を築いたの?

奈津美:うーん……。お互い会社勤めもしていたから、好き勝手にやると波風が立つのは一応分かっていて。まちのキーパーソンに筋を通すところは気をつけているけど、それだけじゃダメで、まちの営みに関わるのが大事な気がします。

慎也:お誘いがあれば、余程のことがない限り足を運びますよ。よくしていただいているとはいえ、“得体の知れない者”と思われているところはあるので。

奈津美:田舎ならではのコミュニケーションが存在するのも確か。SNSや電話で済むようなところを1時間コースで会いに行くし。

北池:やっぱり、情熱とロジックの両輪が必要なんだろうな。行政や地元団体等との関係づくりはうまいけど、やりたかったことからかけ離れてしまう人もいる。そのあたりのバランスが、ふたりは絶妙なんだろうね。中には合わないなっていう人もいるんじゃない?

奈津美:見境のない人はちょっと苦手かも(笑) 「氷見のためにやることなら、オールOK!」みたいなのは、少し違うなって気がする。何かを一緒にするときは、共感できるかどうかを意識していますね。

慎也:少し不便だけど足を運びたい場所であり続けるには、“根っこ”を見失わずにいることが大事なんだと思います。万人受けしないくらいがちょうどいいのかもしれない。みんなに愛されようとすると、本当に自分たちがいいと思う価値も、届けられなくなってしまうと思う。

北池:分かるなあ。大多数を意識した途端、どんどん“ふつう”になっていっておもしろくなくなってくる。例えば行政の仕事では、どこか既視感のある企画になってしまいがち。けれどこれからは、金太郎飴的なまちづくりをする時代でもないし、思い切って万人に受けようとしない!ってことが大事なのかもしれないね。

10年目に改めて問う「根っこは何なんや!?」

―笹倉さんたちの活動は、観光業という枠組みを越えたものがありますね。

奈津美:最近やったのは、近所の豆腐屋さんのパッケージリニューアル。報酬は現物支給で(笑) ふたりともデザイナーではないけれど、まちの映り方をちょっとずつ変えることはできるかなって。

慎也: 泊まりに来たのをきっかけに、移住した男の子がいます。スーパーの魚屋で働いていた経験を活かし、魚料理のケータリングや魚の捌き方から料理法まで教えるオンライン料理教室を始めました。とはいえ氷見にツテはなく、僕らが仲介役になって、物件を紹介したり、人をつなげたり、事業を一緒に考えたりしているところなんです。

北池:それって、もはや宿業を超えて、事業創造みたいなことだよね。タウンキッチンのプログラムに参加してくれた人たちが、住んでいる場所で実践を形にして、さらに人が集まって…っていう循環が生まれているのは、本当にうれしい。

奈津美:あとは、移住のスタートアップ支援もできたらと考えています。今の取り組みが点だとしたら、それを線や面にして、氷見での暮らしの豊かさを共有できたらおもしろいなって。

慎也:今は宿業が収益の柱ですけど、他のやり方も取り入れながら、まちに仕掛けていきたいですね。

―タウンキッチンが創立10周年を迎えました。おふたりからメッセージをどうぞ。

慎也:そうですね…。なぜ、11年目も続けるんですか?(笑)

北池:え!確かに。何でなんやろう? まだまだできていないこともあるしなあ…(しばらく考え込む)。

奈津美:自分たち、今でも北池さんの顔を思い浮かべます。私はすぐに売上とか生々しいことに翻弄されがちなんだけど、そういうときに、ささやんが「根っこにあるのは何なんやー」って言ってくれるの。

慎也:現実を目の前に委縮してしまいそうな時に、「あそこでしょ!」って指をさしてくれるのが、あの時の北池さんの言葉だから。今、東京と氷見で離れているけれど、見るべき場所って同じなんですよ。北極星みたいに。

北池: たぶん、根っこがしっかりしていれば、多少の風や雨では倒れないんだよね。それって事業をしていくうえで、結構大切なことだと思ってる。創業時に考えていたことは今は通用しないし、今のアイデアも、10年後には陳腐化してる。ジグザクな道を歩んできたけれど、価値観や思いがブレたことはなかったと思うし、それをこの先も続けていくことは自然なことなのかな。

奈津美:北池さんがそんな北極星であってくれると、私たちも氷見でがんばれそうです。

慎也:今日はありがとうございました。また、氷見に遊びに来てください。

プロフィール

笹倉慎也・奈津美

それぞれ進学・就職を機に上京し、「ちいきのえんがわ教室」にふたりで参加。以降も慎也さんは「コウカシタスクール」に参加するなど、暮らしとしごとの関係性を模索していく。2015年に共に富山へ移住。慎也さんの氷見市役所勤務を経て、2018年にHOUSEHOLD開業。観光と暮らしを融合させる手法に各方面の注目を集めている。

HOUSEHOLD
https://household-bldg.com/

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