稲城の創業者にフォーカスした連載第三弾。「最初から梨を使って起業しようと思っていたわけではないんです」と語るのは、ココロコ株式会社の代表取締役・山本友貴さん。2020年8月、東京都稲城市に住む山本さんが知人と一緒に立ち上げたココロコ株式会社は、虫食いや天候の影響など、生産過程でどうしても出来てしまう傷ついた梨などを使ったドライフルーツの製造・販売を手がけています。今回は山本さんに、ココロコの立ち上げと未来について伺いました。
ココロコを立ち上げる前は、金融業界で12年ものあいだ正社員として働いていたという山本さん。会社を辞めて起業しようと考えたきっかけは、幼い我が子の一言だったといいます。
「よくある話なんですが、子どもに『ママ、お仕事やめて』と言われたんです。当時2歳でした。仕事だからしょうがないって、子どもに言い返せなかったですね。そのとき、もっと子どものそばにいられるような働き方がしたいと思って家族で話し合いました」
どうしたら、もっと家族で一緒に過ごせるだろう。夫婦で話し合い、山本さんは退職を決意します。会社を辞め、家族との時間を過ごす中で次の働き方として考えたのは、カフェの開業と焼き菓子の販売だったそう。「当初はドライフルーツの生産と販売をしようと思っていたわけじゃないんです」と続ける山本さん。
「今まで食品を扱うお店で働いたことがなかったので、しばらくはパートタイムでパン屋やカフェスペースで働きました。本格的に起業しようと動き出したのは、二人目の子どもが産まれたタイミングでしたね。一人目のときよりも、会社で働くことへのハードルの高さを感じていたこともあって」
次のキャリアにカフェ開業や小売販売を選んだのは、自分のペースで働くことで、家庭と仕事を両立させたいと考えたから。しばらくは子どもを預けながらパートで経験を積み、開業しやすいシェアキッチンを探すことにしました。
もともとはシェアキッチンを使って、個人事業主として開業する想定だったそうですが、なぜドライフルーツの製造・販売をする会社の起業に思い至ったのでしょうか。
「知人の紹介で、稲城の地主さんにいい場所がないか相談に乗ってもらったんです。その地主さんが梨農家もされていて、収穫した梨で作ったドライフルーツを出してくださったんです。それがとても美味しくて!」
稲城市は、都内最大の梨の産地。山本さんが梨農家の地主さんからいただいたドライフルーツは、虫食いや天候不良などが原因で傷や色ムラができてしまったために、市場に出せない梨を利用したものでした。形が良くないからとやむをえず廃棄するのではなく、ドライフルーツに加工することでお客さんに美味しく食べてもらうことができる。この過程に、山本さんは可能性を感じたといいます。
「生産の過程で、どうしても傷ついた梨たちが出来てしまうことを知りました。今までは農家さんの手が回らず加工できなかった果物たちを利用することで、経済を生み出せるんじゃないかと思ったんです」
山本さんは、このドライフルーツとの出会いで“個人で働く”という選択肢がなくなったと語ります。
「地主さんをはじめ、農家さんや企業の方など、関わる方がすごく増えたんです。事業の規模も考えると、一個人としてやり取りしていくのではなく、組織として動いた方がいいという話になり、知人と会社を立ち上げることになりました」
起業にあたりデザインや広告、書類作成やスケジュール調整など、それぞれの業務を得意なメンバーで分担したそうです。ココロコという社名は、心とローカル(地元)の文字を組み合わせたもの。ロゴは稲城市で心のこもったつながりを作っていきたいという願いが込められています。
「前職が株式会社をサポートする仕事だったので、以前から自分も会社を立ち上げてみたいっていう好奇心はありましたね。なので、楽しみながら作業していました。会社を合同会社にするか株式会社にするかで、かなり悩みましたが、稲城市商工会に相談したら株式会社の方が長続きする傾向があると聞いたので、ココロコ株式会社に(笑)」
そして、多摩ビジネスサポートセンターや、商工会、起業支援イベントなどに通いながら、具体的な立ち上げ方を学び、さまざまな人の助言を受けながら起業の準備を進めていきました。
「私たちが作るドライフルーツは、生産過程でどうしても出来てしまう傷ついた梨などを使用しています。そのような果物たちに付加価値をつけるには、丁寧に、綺麗なものを作るという意識が必要です。ロゴやラッピングなどデザインにもこだわって、ココロコのドライフルーツをプレゼントしたときに喜んでいただけるような商品になるよう心がけています」
心を込めて丁寧に、綺麗で美味しい商品を作ること。それがお客さん、そして大切な果物を提供してくれた農家さんに対しての誠実さだと山本さんは語ります。無添加・無着色・無加糖というこだわりの製法で作られたドライフルーツは、子どもから大人まで安心して美味しく食べることができるのだそう。
着々と会社立ち上げの準備を進める中、山本さんには一つ気になることがあったといいます。
「起業の相談をしていると、何度も“覚悟”という言葉を耳にします。起業には覚悟が必要だ、みたいな。覚悟がなければ起業してはいけないのか?と、ずっと疑問でした」
会社員時代から起業に興味があり、ココロコの立ち上げも楽しんでいた山本さんにとって、“覚悟”という重さを含む言葉はふさわしくなかったのかもしれません。
「ただ起業して思ったことは、会社という箱には信用がセットでついてくる。そのおかげで、銀行からお金も借りられるようになります。ただそれと同時に、いろんな人からの期待やイメージを背負うことにもなるなと感じました。個人事業主は一個人として見られることが多いですが、法人になるとそうはいかないなって」
一人の人間としての自分と、社会的影響力をもつ経営者としての自分。起業して、二人の異なる役割を持つ自分に気がついたという山本さん。
「“第二の自分”に振り回されないように人生のバランスを保つことが、皆さんの仰っていた”覚悟”なのかなと、今では思います」
ココロコは起業して2年経った頃、地域のママたちを雇用することに挑戦していたそう。ママたちを起用したいという背景にはどのような想いがあるのでしょうか。
「女性は、子どもが産まれてママになった瞬間、スキルが見えなくなるもどかしさがあると感じています。その人自身に何ができるのか、何を感じて生きているのか、子どもを産む前はどこで働いていたのか、そういったものがすべて“母親”というフィルターによって社会から見られにくくなり、埋もれてしまっていると思うんです」
他にも、子どもが幼稚園に行っている2時間だけ働きたい、子どもが体調を崩して仕事を休むのは迷惑がかかるので気が引けるなど、子育て中のママが家庭を大切にしながら気持ちよく働けるための環境は、令和になった今も十分とはいえないと山本さん。
「ドライフルーツは、製造した商品をその日のうちに販売するというスタイルではないので、お子さんの急な体調不良によるお休みもある程度は無理なく受け入れられるんです。ココロコのドライフルーツは梨以外の果物も使っていますが、特に梨のドライフルーツは1年ほど保つ検査結果が出ているくらい、長期保存がきいて商品価値が下がらない果物ですから。そういうフレキシブルな職場があれば、ママたちも安心して働けるんじゃないかな」
ココロコではママたちそれぞれの強みを活かして、ドライフルーツの生産の他さまざまな業務をお願いしていたそうです。事務系など一般的な仕事のスキルだけでなく、梱包が得意な人、フルーツを並べるのが得意な人など、その人が自分でも“長所”だと気づきにくいような良さを見つけて尊重し、仕事を任せていたのだとか。さらに、ママたちが今後社会で働くためのスキルを学べるよう、Excelの表作成や議事録作りなどの業務を積極的に提案していたといいます。
「みんなで、商品はこうした方がいいんじゃないかとか、こうした方が可愛くなるんじゃないかって意見を出し合いながら仕事ができました。本当にいいチームだったと思います」
会社を立ち上げてから3年目。ドライフルーツの製造と販売を通じて、地元・稲城市の食品ロス問題の解消に取り組むココロコ。山本さんはこれからの未来、ココロコが目指す理想をどう描いているのでしょう。
「実は、製造過程で小さく割れてしまったりして、ドライフルーツとして販売できない部分が出てくることがあるんです。その部分をさらにビスコッティなどに再加工することで、少しでもフードロスを解消する手伝いができたらいいなと考えています。起業当時にシェアキッチンの利用も考えていたので、今後は導入できたらいいですね」
日々の製造を通じて、規定に達しないがために市場に出回らない果物や野菜の存在を痛感しているそう。そんな作物たちがお客さんに届くような循環の仕組みを生み出したいといいます。また、現在はママたちの雇用を終了していますが、今後は再びママたちの働く場として再開できるようにしたいそうです。
「運営する中でたくさん課題が見つかったので、その反省を踏まえて、またココロコでママたちが働けるようにしたいです。ココロコが、出産や育児を機に、自分でお金を稼げる経済力を手放してしまうママが一人でも減るきっかけになってくれたらと。私はこの仕組みを“Mommy&Economy”と呼んでいますが、それが実現できるように事業を展開することが理想ですね」
そして山本さんは最後に、今の働き方に悩む人へエールを送ってくれました。
「起業後、体調不良の子どもを預けて仕事を優先したことがありました。そのときは『具合が悪い子どもの側にいられないなんて、なんのために起業したんだろう』と葛藤もしました。でも、今はそれがベターで、自分を責める必要はなかったんだなって思います。だって会社員時代は仕事を休んだら、上司や同僚が仕事を代わってくれたけど、自分が会社の代表になると代わってくれる人はいない。人の替えが利かないタイミングって、働いているときは誰しもがあるって気づいたんです。会社員でも、自営業だとしても、全ての問題が解決するような万能な働き方って、きっと存在しないんですよ。どんな環境でも課題はあるから、そのときベターだと思う方法を選び続けるしかないんだって。だから、働くことに悩んでいる人に『うまくいかないとき、自分を責めないでほしい』と伝えたいですね」
雇用される側と、経営する側の働き方。二つの生き方を比べた上で、稲城市のフードロス問題に携わる今の人生の方が後悔がないから、これからもココロコとしてドライフルーツを作り続けたいといいます。
「大変ですけど、とにかく梨のドライフルーツは作り続けたいです(笑) もし今後ココロコを畳んで、傷ついた梨を見かけたら、何もしていない自分にきっと後悔すると思うから」
一人の人間としての自分と、社会的影響力をもつ経営者としての自分。異なる二人の芯が重なるとき、より強い”覚悟”が生まれるのかもしれません。(すずき)
1983年、神奈川県川崎市生まれ。結婚を機に2014年に東京都稲城市へ移住。その後、知人と2020年8月にココロコ株式会社を設立。現在同会社の代表取締役を務める傍ら、行政書士としても活躍している。2023年4月に第三子を出産し、仕事と育児に日々精を出す三児のママ。
5月1日、JR南武線・稲城長沼駅徒歩1分の高架下に、シェアキッチンやショップ、オフィスなどが並ぶ創業支援施設「SHARE DEPARTMENT (シェアデパートメント)」が誕生します。ぜひ、あなたもここで小商いを始めませんか?
SHARE DEPARTMENT(シェアデパートメント)
東京都稲城市東長沼516-2
JR南武線・稲城長沼駅 高架下徒歩1分
ROOM:電気、水道、ガスが整備された専用区画(48,400円〜)
8K:業務用の厨房機器を共用するシェアキッチン(33,000円・13,200円)
BOOTH:24時間365日使える専用のシェアオフィス(19,800円)
CLASS:好きな曜日・時間だけ使えるシェア教室(8,580円)
GARAGE:キッチンカーや屋台等の移動販売に(8,800円〜)
残りわずかの区画もあります。内覧も可能ですので、利用を検討されている方はお早めにお問い合わせください。
【連載一覧】
SHARE DEPARTMENTオープンに伴い、稲城市周辺でユニークなお店や事業をはじめた人たちに取材した連載企画。地域で仕事を生み出すポイントや小商いをはじめるヒントが見えてくるはず。
VOL.1 “隣”のカフェで地元の縁を紡ぐ
ざるやのとなり となりさん
VOL.2 人生を駆け抜けるサイクリスト
TRYCLE合同会社 田渕君幸さん
VOL.3 ママが稲城の梨で起業するまで
ココロコ株式会社 山本友貴さん
VOL.4 ブルワリーをまちの社交場にする
稲田堤麦酒醸造所 石原健司さん