イタリアンシェフの中継地点

2024.02.15
イタリアンシェフの中継地点

団地内にあるシェアキッチンのカウンターに並ぶのは、リストランテ仕込みの本格的なイタリアン。シェフの岡部卓さんは、2021年、西東京市ひばりヶ丘の8Kに「イタリアン惣菜u(ユー)」をオープンしました。いずれは卒業して自分だけのレストランを開くため、物件探しと並行しての営業です。これまで岡部さんが経験を積んできた5店舗、そして現在のシェアキッチン利用まで、たどってきたのは、いつか開く自分のお店の“ピース”を集める道のり。どのような出会いがあったのでしょう。

歩む道の探し方

高校生のとき、将来何をしようかとぼんやり考えていた岡部卓さん。「家族や友人、知り合いによろこんでもらえるものがいい」と思い至り、「雰囲気のいいカフェを自分でつくるのはどうだろう」と夢を膨らませました。

「国立にある辻調理専門学校に入って先生に相談したら、『カフェ希望でもまずは料理をしっかり勉強しておけば、進路の選択肢が広がる』とアドバイスをいただいて。調理師本科で西洋料理のコースを選択しました。専門的に勉強をはじめてみて、『料理をつくるの結構好きだな』とのめり込んでいく感覚がありました。出来上がっていく過程、アレンジで自分の色を出すところ、どれもすごく面白くて、レストランの開業もいいなと思うようになりました」

料理を学ぶにあたり辻調理専門学校を選んだのは、1年制だったことが決め手でした。

「学生生活を長く過ごすより、技術を身につけて早く実践したかった。辻は同級生の意識がすごく高くて、入って半年もすると就職活動がはじまります。有名レストランに内定している人や、フランスにあるグループ校への留学を早々と決めている人ばかりでした」

一方、都会の有名店には特に興味がなかった岡部さん。修行を積むため、武蔵五日市にあるイタリアンレストランに就職します。看板メニューは薪焼きピザ。1、2階にカウンターとテーブル席がある地元の人気店でした。

「最初は洗い物や接客から担当したのですが、はじめて社会人の厳しさを知ったと言いますか。先輩たちのスピードにまったくついていけなくて、洗い物ひとつでも遅いと怒られるくらいでした。朝一番に店に行って仕込みをして、先輩の調理を横から観察してノートに書き留めながら学ぶ…という日々の繰り返しでした」

レンズ豆と香味野菜のサラダ
レンズ豆と香味野菜のサラダ
専門学校時代、イタリア語やフランス語の語学学習が一番大変だったそう。地元の山梨から電車通学していたため、卒業後は「1人暮らしができるくらいの収入」が目標だった
専門学校時代、イタリア語やフランス語の語学学習が一番大変だったそう。地元の山梨から電車通学していたため、卒業後は「1人暮らしができるくらいの収入」が目標だった

実践で料理の基礎を磨く

初めて入った飲食業の世界、初めての一人暮らし。個人店だったため同期もおらず、働きはじめて3ヶ月目には「辞めたいな」と思うくらいの辛さがあったと岡部さんは当時を振り返ります。

「オーナーに相談したら、『3年がんばってみないか』と言われて踏みとどまりました。その間に少しずつ環境に慣れて、知り合いも増えましたし、パートの人たちと休日に出かけることも。自分のお店を開きたいという目標はずっと持ち続けていたので、ちょうど3年経ったとき、『ほかのお店を見に行きたいです』と告げた僕をオーナーは送り出してくれました」

「当時から今まで、すごく人の出会いに恵まれているなと思うのですが、この時はちょっと恐いなと思っていた先輩が、『働かない時期をつくってみたらどう?』とアドバイスしてくれました。ご自身の経験から出た言葉で、『あえて少し休んでみて、それでも料理をしたいなと思ったらこの先の人生ずっとすることになるし、料理をもっと好きになるよ』と。トータルで2週間くらい休んでみたのですが、何をしたらいいかわからないし、すぐに料理のことで頭がいっぱいに。それで、先輩の知り合いがいた立川のバール(イタリアの軽食喫茶店)でアルバイトに入らせてもらったんです」

すでに3年間、レストランでの実務経験があった岡部さん。「カフェっぽいところなら上手くできるだろう」と考えていました。

「ちょっと天狗になってしまってたんですね。いざ仕事をはじめたら、やっぱりまだまだ動きが遅かった。このままじゃダメだと思って、イタリアンでは一番敷居の高いリストランテ、せっかくなら立川で一番のところで働こうと口コミサイトでトップだったお店の門を叩きました」

立川のリストランテでは、「これまで出会った人の中で一番仕事ができるのではと思う」と語る1歳年上のマネージャーに出会う。職場の厳しさから男性スタッフは3日も続かないのが通例だったそう
立川のリストランテでは、「これまで出会った人の中で一番仕事ができるのではと思う」と語る1歳年上のマネージャーに出会う。職場の厳しさから男性スタッフは3日も続かないのが通例だったそう

お客さんとして訪ねてみると、さすがの美味しさ。その場で、『ここで働かせてください!』と直談判しましたが、あえなく断られてしまいます。帰宅したものの諦め切れず、アルバイトでもいいのでとホームページから連絡し頼み込んだところ、面接をしてもらえることになりました。

「面接の5分前に行ったら、10分前行動が基本だと怒られました。スタッフ全員が『お客さんによろこんでもらうことが当たり前』というモチベーションで、求められるレベルがそれまでとはまったく違いました。言葉遣い、接客の作法、あらゆる知識、スピード感、楽しませる空間づくり…。どれを取っても一流で、休憩中もスタッフ同士の世間話はしないストイックさを徹底していました」

何とか働かせてもらえることになり、その後3年間、時には1日通して立ちっぱなしで、立川でリストランテとバールを掛け持ちする期間が続きました。

「怒られるのはやっぱり嫌でしたが、すごく楽しかったです。年齢の上下関係なく、仕事に妥協がない。例えば、クリスマスコースで1品考えるかと声をいただいたときも、知識や技術はとてもかなわないので、『こういうのがつくりたいんです』と相談できる。全員がチャレンジできる環境すごくよかったです。当時に身につけた技術は、僕の料理のベースになっています」

グルテンフリーのラザニア。Uberでのオーダーも受け付けている
グルテンフリーのラザニア。Uberでのオーダーも受け付けている

自分のお店を開く前のステップ

次の転機は、アルバイトをしていた立川のバールが店じまいをすることになり、日野市でバーを独立開業する先輩から「料理長として一緒にやらないか」と誘われたことでした。

「このときの経験から『僕がお店をするときには大切にしよう』と思ったのは、接客の距離感ですね。お客さんとの距離感がすごく近いお店で、料理をしながらでもカウンター越しにずっと話すんです。僕はもともと人見知りがすごくて、黙々と作業をするタイプでしたが、日野のお客さんが皆さんいい方で緊張感が解けたような感覚でした」

明け方まで営業するバーには、飲食業の人がお店を閉めた後訪れることもしばしば。シェフたちの話を聞くたびに、「僕ももっと料理がしたい。羨ましいな」という気持ちがふつふつと湧いてきたそう。

「いよいよ開業、とも思ったのですが、それまで在籍したお店が多摩地域だけなので、このまま独り立ちして本当に通用するのかな、という不安がありました。それと、いつも人の紹介でいい縁をいただいてきたけど、自分がオーナーになる前に、ここぞと思うお店をもう一度自力で探して経験を積みたいという思いもあって」

店名には、「あなたと一緒に成長していけたら」という願いを込めた
店名には、「あなたと一緒に成長していけたら」という願いを込めた

カフェなら吉祥寺と思い、気になるお店巡りをスタート。岡部さんを再び直談判へと動かす出会いがすぐに訪れました。

「調理をしているシェフの背中を見て、『美味しい料理だ』と感じたんです。そんな風につくる人には出会ったことがなくて、ここしかないと思いました。3回くらい断られてしまったんですけど、給料は安くてもいいのでと何とか頼み込みました。シェフはすごく優しい方で、最初から『岡ちゃん』って呼んでくれて。僕が入って半年しないうちに独立のために退職されて大ショックだったんですが…(笑) 同僚と一緒にあとを引き継ぐ形で2年ほどキッチンを担当していたところ、そのお店のオーナーから、『西荻にお店を出すからシェフ兼店長としてやってみないか』とお話をいただきました」

そのお店は、今や人気店の「CICLO(チクロ)」。岡部さん独立前、最後のお店です。「地元の人たちに好きになってもらえるお店にしよう」をテーマに、メニューや価格帯を考えました。

「飲食店の多い地域なので偵察に来られる近所のお店の方もいたりして、いい面も悪い面も口コミが広がりやすい。新しいお店なので、最初は認知度がなかなか上がらなくて、『1人ひとりを大切にしないと』と目の前のことに向かい合う毎日でした。おかげさまで毎年売上も上がって、スタッフも増え、責任の大きな仕事だったので、人としてとても成長することができた期間です」

立ち止まるより、今できることを

CICLOの経営が安定し、岡部さんが独立を考え始めた頃、世の中はちょうどコロナ禍に突入。物件を借りてすぐに開業したかったものの、リスクも小さい小規模の物件は人気で空きが出にくい時期でした。「物件ばっかり探していてもしょうがない。料理がつくりたい」と思った岡部さんは、物件が見つかるまでの仕込みと試作の場所として、低コストで利用できるシェアキッチンを検討します。

「いくつか見学して、今使っているひばりヶ丘の8Kに決めました。西荻時代の常連さんも中央線ユーザーが多かったので最初は東小金井を考えていたのですが、ひばりヶ丘は住まいからも自転車圏内だったので、とにかくはじめてみようと思って」

最初の1ヶ月ほどは、キッチンをシェアすることや、スムーズな動線を見つけることが難しく、試行錯誤をしていたと言います。

「店頭での営業もはじめて、様子を見ながら日数や時間帯を変えてみたり。今ではメンバーとも仲良くなって、一緒にマルシェを企画することもあります。物件が見つかるまで、シェアキッチンを使いながら知名度を上げておけたらいいなと思っていて。スタートダッシュで苦労しないんじゃないかなと。シェアキッチンを使っている今だからできることってたくさんあります」

現在の3本柱は、ひばりヶ丘8Kでの店舗営業、バスクチーズケーキのネット販売、料理監修
現在の3本柱は、ひばりヶ丘8Kでの店舗営業、バスクチーズケーキのネット販売、料理監修

「僕もまだ道半ばですがだからこそ思うのが、お店を開くなら、色んな人と出会って話すこと、色んなお店の料理を食べること、経験してみることが大事じゃないかなと。10人いたら10人の考えがありますよね。その中から自分がいいと思うものをピックアップしていく作業は、お店を開く前からできる。例えば僕だったら、シェアキッチンを経験してなかったらテイクアウト販売について勉強することはなかったと思いますし、中央線沿線以外の物件も視野に入れることもなかったと思います。ひばりヶ丘周辺のお客さんや店主さんとのつながりが生まれることもなかった。資金とか考えなくてはいけないことはありますが、とりあえずやってみてから考えてもいいのかなと思います」

岡部さんは目下、イタリアンレストランの開業やアルバイトの雇用、多店舗展開も視野に入れながら物件を探し中。これまで歩んできた道のりの集大成となるお店の完成がいまから楽しみです。

プロフィール

岡部卓

山梨県出身。辻調理専門学校調理師本科卒業。西荻窪「CICLO」店長などを経て、2021年、西東京市ひばりヶ丘のシェアキッチン8Kでイートインとテイクアウトの「イタリアン惣菜 u(ユー)」をオープン。週数回の店頭営業とオンライン販売、料理監修などを行いながら、店舗開業の準備中。

https://www.instagram.com/u__tokyo

INFO

シェアキッチン利用者募集中!

岡部さんが利用中の西東京市にあるHIBARIDOをはじめ、各地にあるシェアキッチン「8K」では、次のステップに向けて卒業される方がいるため、新しい利用者を募集しています。ご自身の得意料理を活かした飲食店をオープンしたり、菓子製造・販売場所として利用することができます。この春、ご自宅の近くでお店をはじめませんか? 詳細や内覧申込は8Kのwebサイトをご覧ください。

8Kの特徴

業務用キッチンですぐに営業
営業許可を取得するための条件をクリアしており、食品衛生責任者などの資格があれば、利用初日から営業をはじめることができます。

オリジナル屋号で出店
看板やショップカード、ラベルなどにあなたの屋号を使って営業することができます。店頭での営業はもちろん、イベント出店や委託販売も可能です。

仲間とのコラボレーション
アドバイスや相談をし合ったり、共同でイベントを開催したり。シェアキッチンの仲間があなたの支えになってくれます。卒業し独立していく先輩も大きな味方になります。

テイクアウトやデリバリーの拠点に
客席分のコストや回転率から解放されて、身軽にはじめられるTO GOのフードビジネスをシェアキッチンで。ネット販売などの仕込み用工房としてもお使いいただけます。

専門家による開業サポート
商品開発・販路開拓・広報・経理・補助金など、ご相談に応じながら開業をサポート。年間200件以上の相談を受ける創業支援アドバイザーがあなたを応援します。

【オンライン講座】フードビジネスのはじめ方&空き物件ツアー

飲食の分野に特化した開業のコツや、先輩の事例紹介など、これからフードビジネスをはじめようとする方に役立つ情報をレクチャー。空き物件ツアーでは西東京市内にある身軽な投資でスタートできる飲食店物件や、業務用の厨房を共用して自分のお店を開けるシェアキッチンなどをご紹介します。
漠然としたアイデア段階の方から、具体的な計画をお持ちの方まで、お気軽にご参加ください。

日時:2024年2月29日(木)18:30〜20:00
参加費:無料
形式:Zoomによるオンライン配信
申込方法:事前エントリー制

詳細・お申込み
https://here-kougai.com/program/program-899/

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