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変化する“プライベート”のあり方(公開講座レポート)

HEREは、“ちょうどいい郊外”をキーワードに地域の魅力を掘り起こし、次世代につながるビジネスアイデアを育てるプラットフォーム。中でもメインとなるのが、事業創出のサポートプログラム、まちのインキュベーションです。第1弾では受講者が、“食べる”と“まち”のいい関係を、4カ月間かけて探求してきました。
そして4月より、第2弾がスタート。「これからの、家と庭」のテーマで、プライベートである家や庭を、パブリックにどう活かしていけるかを考えていきます。ゼミに先立ち、先進的な実践を図るゲストを招き、4月18日に公開講座が行われました。なお、新型コロナウイルスの影響により、オンラインでの開催となりました。

まちの風景は人生の質を天と地ほど変える

キーノートスピーチに登場したのは、グランドレベル代表取締役社長の田中元子さんです。田中さんの会社では「1階づくりはまちづくり」というコンセプトで、地域や場のデザインをしています。墨田区にある喫茶ランドリーは田中さんがオーナーを務め、新しいコミュニティの形が各方面の反響を呼びました。

田中さんたちの考える1階とは、町に立ったときに自然と目に入ってくるあらゆるもの。「1階はまさにプライベートとパブリックの交差点。他の階とは違った意味合いを持ちます」(田中さん)

田中さんはまちづくりにおいて、人のいきいきした姿が見えることが重要と考えています。ゴッホの「夜のカフェテラス」には、人がそこにいることによって明かりが灯り、石畳が輝いている、といった街のワンシーンが描かれています。
「たとえばこんなふうに、絵に残したいと感じられる日常風景と、ひとけのない壁やガレージばかりが連続する日常風景とでは、それを見て暮らす人生の質は天と地ほど変わってくるはずです」(田中さん以下同)
けれども私たちが暮らすまち並みは、遊具の置かれた公園も、植栽の美しいマンションの周りも、人のためにつくられたはずが、人の気配の感じられない空間になってしまっています。
「これまでのまちのデザインは経済効果や効率性が優先され、その結果、だあれもいない風景になってしまったのです。“孤独”の死亡リスクについて研究結果が発表される中、単身世帯の割合が将来的に4割となる日本では、せめて人の姿がまちの中に見えること、人との接点が生まれやすくなるまちであることが、より重要になってくると考えています」

公園やマンションまわりだけでなく、シャッターの下りた商店街や遊歩道など、人がいて映えるはずの風景が、うまく機能していないところも少なくない。理屈先行のまちづくりの負の側面ともいえる。 提供:グランドレベル

趣味の数だけMy Publicは分け合える

グラウンドレベルを立ち上げる前、田中さんは事務所の一角にバーカウンターを設けました。そこで人が交わる場を営む面白さに気づき、今度はまちかどに屋台を出してコーヒーを振舞うことに。カラフルに彩られた屋台の周辺には、にぎわいが生まれました。
「コーヒーじゃなくても構わない。絵を描く、人の悩みを聞く、音楽を奏でるなど、人の趣味の数だけMy Public(手づくりの公共)を作ることができます」

田中さんのマイパブリック屋台には、人がどんどん集まって来た。 提供:グランドレベル

その延長でつくられたのが、喫茶ランドリーです。かつての倉庫と工場のまちは、再開発でマンションの住人が増えるのに反比例するように、人の姿が消えていきました。そうした状況を見かね、築55年のビルの一角をデザインしてほしいと相談を受けたのです。
店内にはカフェのほか、コインランドリーや作業台、ミシンやアイロンが備えられた「まちの家事室」があります。多目的に使えることもあり、毎日いろんな人たちが訪れます。そして「こんなことをやりたい」と、提案する人が後を絶ちません。しかも大半が、イベントを主催したことのない人たちです。それでも写真展、ミシン体験、軒先でのヘアアレンジ体験など、半年で100のアクティビティが住民から生まれました。

2018年1月にオープンした喫茶ランドリー。「自分で“公”をつくるということに並々ならぬ関心があって、この1階をきっかけにオリジナルの“私設公民館”をつくってみたいと思ったんです」(田中さん)。 写真:阿野太一

庭園よりも持ち寄りと交わりを

喫茶ランドリーが“私設公民館”であるために、田中さんは運営者として、“楽しそう”な雰囲気や空間づくりと同時に、3つのことを意識しています。
「ひとつは、立派さを求めないこと。『この程度なら私にもできそう』と思える気さくな感じを心がけています。ふたつめは、計画にこだわらない。変容を喜べる柔軟性が、寛容な雰囲気を生み出します。そして3つめは、参加機会が誰にでもある状態にし、人となりやその人の考えが見えるコミュニケーションを大切にしてきました」
そして今回のテーマである「家と庭」も同じだと、田中さんは言います。立派な庭園よりも、住人たちの持ち寄りで、人々の交わりが生まれる庭づくりが大切ではないか。田中さんは海外の事例を写真と共に解説してくれました。

そして最後に紹介されたのが、スウェーデンのある家の写真です。窓には、子どもが書いた“EVRRYTHING WILL BE ALL LIGHT”のメッセージと虹のイラストが描かれた紙が貼られています。新型コロナウイルスの影響で暮らしが一変してしまった中、通り行く人たちの気持ちをほぐしてくれる言葉です。
「あくまで“庭”は、メタファーに過ぎないのだと思います。あなたの窓辺、言葉、ファッション、あなたのあらゆるものがMy Publicとなり得るはずです」

田中さんの力強い言葉で、キーノートスピーチは締めくくられました。

窓辺に貼られたイラスト。田中さんの友人が見つけて送ってくれたという。 提供:グランドレベル

自分でいじる楽しみに気づき始めた

後半は田中さんと2人のゲストを交え、パネルトークが行われました。
一人は、やましたグリーン代表取締役の山下力人さんです。山下さんの会社では、「植木の里親」活動に2012年より取り組んでいます。家の取り壊しなどで庭を整理する際、オーナーが育てた庭木を伐採せずに会社でいったん預かり、新たなオーナー=里親をマッチングしてリサイクルする事業です。反響は大きく、テレビの情報番組ではシリーズ化するほど。効率的なビジネスモデルでもあり、業績回復の切り札となりました。活動をきっかけに、取引先の拡大にもつながっているといいます。

「植木の里親」活動は、1本の木に対する収益性が高まるだけでなく、人材の育成機会の創出にもつながった。 提供:やましたグリーン

もう一人は、みみみの森合同会社代表社員の岡村尚人さんです。岡村さんは江戸時代から続く旧家の20代目。三鷹市内にある700平米以上の敷地を相続するにあたり、自身の居住スペースを兼ねた集合住宅をつくろうと考えました。プロジェクトチームを組んでコンセプトを何度も練り直した結果、敷地内にある68本の樹木を活かすことに。三鷹市では42年ぶりとなる保存樹林の認定を受け、緑と暮らす家づくりに取り組んでいます。

モデレーターは、リンジン編集長の北池智一郎です。

北池「最初は『家や庭を使いこなすために』をテーマに語っていきましょう。田中さんの話にあった、ゴッホの絵のような風景に憧れる日本人は多いと思うのですが、国内ではあまり見ることがないように感じます。なぜだと思われますか?」

田中「私が思うに欧州の人たちは、エレベーターに1階とは別にエントランス階をさすGF(Grand floor)ボタンがあるように、セミパブリックな空間に対する意識が高いのだと思います。一方日本は高度経済成長期に働き手の多くが会社に勤めるようになり、住むとはたらくが分断されて、セミパブリックだった1階が閉ざされていった。でも今の若い人たちは、誰かと共有し一緒につくることに興味を持っていて、これまでと違う流れを感じます」

岡村「私の場合も相続した庭を持て余していたんです。クローズドな状態ではもったいないと。だったら開放して、みんなと共有したいという思いですね」

北池「高度成長期に失われたものが、回帰しているということでしょうか」

田中「20世紀は、家でも自動車でも完成形を求めていましたよね。でも今は、買ったものをそのまま使うのではなく、いじったり、一緒につくったりと、プリミティブな刺激や、五感を揺さぶるものへとシフトしている気がします」

山下「確かに日本庭園のようなオーダーは減っていますね。逆に収穫を楽しめる果樹を植えたり、庭をDIYしたりといったニーズが増えてきています」

みみみの森プロジェクトでは、祖父母が住んでいた母屋周辺の資源を活かしながら地域価値の向上をめざした。68本の樹木の中には、10m以上の大きな常緑樹なども。ワークショップを何度も繰り返し、コンセプトを固めていった。 提供:みみみの森

コロナで変わる家と庭の可能性

続いて話題は「家づくりの仕事アップデート」に移りました。

北池「今日は不動産や建設関係の方も多く参加されていて、気になるテーマだと思います」

田中「今はアマチュアでも、何でもある程度再現できてしまいますよね。だから家づくりのプロには、オーナーが真に欲しているものを企画できる力や、哲学や思想が求められる時代だと思います。逆にオーナーが、プロも驚くような企画を持ち込むことも増えていく気がします」

山下「庭づくりのお手伝いをしていて、フォーマットやパッケージは時代にそぐわなくなっている感じがします。お客様が主人公という意識で臨めば、もっといい庭をつくれるのではないかって」

岡村「私のところも、建材を多摩産材でできないかって建築会社と話をしています。家や庭づくりを通じて、サスティナブル社会の実現につなげられると思っているんです」

山下さんの会社では「植木の里親」活動から派生し、森林セラピーを開催。ビジネスの領域が広がっている。 提供:やましたグリーン

そして最後のテーマ「今だからこそ考える、家と庭」では、新型コロナウイルスの影響にも話題が及びました。

北池「今回の一件で、既存の常識や価値観にも大きな影響を与えていますよね」

田中「コロナの問題は、プライベートとシェアのバランスだけでなく、安全性と『こう暮らしたい』という人間の欲をどう結び付けていくかという課題を浮き彫りにしました。解決には屋外と半屋外の使い方が、試されることでしょう。その意味で、今回の家と庭というテーマは絶妙だと感じています」

山下「ここ最近、伸びている枝を自分で切りたい、敷石がほしい、バッティングゲージをつくりたいといったお問い合わせが増えました。公園にも気軽に足を運べなくなって、庭を自分で手入れする楽しみを見出し始めているのかもしれませんね」

岡村「私のしごともテレワークになっていますが、実は私の両親などは自宅でしごとをしていたんですよね。昔に遡っているというか。アフターコロナの世界では、かつての暮らしを再現する部分もあるのかもしれません」

岡村さんの手掛ける、みみみの森の計画図。緑と共に暮らす住まいの形が具体化された。 提供:みみみの森

北池「盛り上がって来たところですが、もうそろそろ時間ですね。HERE参加者のみなさんに向け、最後にひと言ずつお願いします」

田中「インキュベーションといっても、新しいことにこだわる必要はないと思います。月並みなことでも、この場所から、その人から生まれたことによる絶対的な価値があるはず。その人らしさ、その地域らしさを大切にしてください」

山下「お客様をじっくり観察すると、ニーズが浮かび上がってくるものです。地域やそこにいる人たちに目を向けて、自分たちにできることを見つけ出しましょう」

岡村「今日のこの時間が、どうすればいいか分からない、困っているという人に対し、少しでも救いになれば嬉しいです」


オンラインイベントでありながら、臨場感たっぷりの2時間半でした。(たなべ)

プロフィール

田中元子

株式会社グランドレベル 代表取締役社長
1975年生まれ。独学で建築を学び、2004年より建築関係のメディアづくりに従事。2016年、株式会社グランドレベルを設立。ハード・ソフト・コミュニケーションを一体でデザインする「1階づくり」を軸に建築とまちを再生し、エリアの価値と市民の幸福度の向上をめざす。2018年に「喫茶ランドリー」をオープン。現在は同様の場所をつくるプロジェクトを全国へ展開中。著書に『マイパブリックとグランドレベル -今日からはじめるまちづくりー』(晶文社)ほか。
http://glevel.jp/

山下力人

株式会社やましたグリーン 代表取締役
庭師として12年の修行の後、やましたグリーンを設立。心理カウンセラーの資格を持つ庭師歴24年の「心の庭師」。2012年に伐採予定の植木を生かしてあげたいと自社の敷地に植栽したことをきっかけに「植木の里親」活動を開始。現在はこの活動をメイン事業として、植木の引き取りや、新たな里親探しに取り組んでいる。
https://www.yamashitagreen.com/

岡村尚人

みみみの森合同会社 代表社員
江戸時代から続く三鷹市上連雀5丁目の地主の20代目として育つ。母屋建替プロジェクトが市内で民間初、42年ぶりの「保存樹林制度」に認定され、森の中に建築を配置した集合住宅「みみみの森」として進行中。小商いを行える土間スペースを設け「住まいと職」が一体となった商店街の記憶を再現する。2021年3月竣工予定。
https://333nomori.com/


HERE ちょうどいい郊外
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