本と音楽で温かい遊び場をつくる

2024.10.11
本と音楽で温かい遊び場をつくる

昨年、福生市と昭島市の新しいビジネスを創出することを目的に開催されたワークゼミ&コンテスト「NEW WORKING」で、見事グランプリを受賞した松下源さん。受賞から1年が過ぎ、2024年8月にBooks & Cafe「Cha Cha Cha Books」をオープンしました。出版社や古書店、レコード店、編集プロダクションでのお仕事、そして音楽活動など、これまで積み上げてきた経験を結集しお店をオープンさせた松下さんに、これまでのストーリーや想いをお聞きしました。

NEW WORKINGでグランプリ受賞

独特のカルチャーが根づく福生市に松下さんが引っ越してきたのは、ワークゼミ&コンテスト「NEW WORKING」の半年前でした。兵庫県出身で大学入学を機に東京に来た松下さんは、それまで吉祥寺など中央線沿いに住んでいましたが、米軍ハウスに住む友人でデザイナーの田中克海さんから声をかけられたことをきっかけに米軍ハウスに住み始めました。

「福生で過ごしたり遊んだりするうちに、福生には本好きや音楽好きがたくさんいるのに、そのカルチャーに合った本屋やレコード屋がないなと。ちょうど本屋を開きたいと思っていたので、ここでやろうと思いました」

松下源さん。お店を運営するほか、本の出版や音楽活動を行う
松下源さん。お店を運営するほか、本の出版や音楽活動を行う

そんな時に市の広報誌でNEW WORKINGの募集を見つけて応募します。福生の地に「音楽、文学、サブカルチャーなどの本やグッズを扱う本屋+カフェを開きたい」という松下さんの思いは多くの人の賛同を得て、見事グランプリを受賞します。

「自分でいいのかな?と思いました。もっと世の中のためになることをプレゼンされていた方もいたと思うので。ふっと思いついたことではなくて、これまで積み重ねてきた活動や経験のバックボーンがあってアイデアを形にしようとしているところが強みになったのかなと感じています」

2024年1月に開催されたNEW WORKINGの最終プレゼンテーションと表彰式。松下さんはエントリー38名の中からグランプリに輝いた
2024年1月に開催されたNEW WORKINGの最終プレゼンテーションと表彰式。松下さんはエントリー38名の中からグランプリに輝いた

「参加して大きかったのは、思考が整理されたというか分散していた自分の考えがまとまったということですね。文字に起こしたりプレゼンすることで具体化できました」

松下さんは書類作成や物件探しなど、店のオープンに向けて具体的に動き始めます。

「コロナ禍で文化芸術の補助金などがあって、出版プロダクション用に補助金申請書類とか書いてたんですけど、やってみたら意外と得意で(笑) なので、今回も書類関係は苦ではなかったんですけど、物件探しが結構大変でした。補助金をもらうには、いつまでに物件を決めなくてはいけないというのがあったんですが、商店街の中に空いている店舗があっても賃貸として出していないという所も多くて、賃貸物件が意外となかったんです。いい建物はあるのにもったいないですけどね。決まりかかっていた物件が途中でだめになってしまったこともあってちょっと焦りましたね。ここは2つの物件だったんですが、壁をぶち抜いてつなげることにしました」

グランプリ受賞から1年半ほど経った2024年8月、“エキゾチックサロン”をコンセプトにしたBooks & Cafe「Cha Cha Cha Books」をオープンします。

人生の軸となった本と音楽

本好きの両親の元に生まれ、子どもの頃から本が好きだったという松下さんは、中学生の時、お父さんに中島らもさんの本を渡されます。

「ゴンチチのチチ松村さんとの対談集で、それが面白過ぎてサブカルチャーに惹かれていくきっかけになりましたね」

その後も松下さんは自分の人生に影響を与える本と出合っていきます。高校生の時に、宗教学者で文化人類学者の中沢新一さんの本を読み、文化人類学と芸術の領域を結びつける芸術人類学に興味を持つようになりました。多摩美術大学に芸術人類学の研究所があり、「おもしろそうだな」と思った松下さんは、多摩美術大学に入学し、芸術や人文、宗教などについて学んでいきます。

市役所からすぐという立地。通い詰める職員もいるそう
市役所からすぐという立地。通い詰める職員もいるそう

音楽も好きで、高校では軽音楽部に入り、ジャズ研サークルに所属した大学時代には、8人組のソウルバンドに誘われて加入します。松下さんはパーカッションを担当。バンドは2015年にファーストアルバムを発売し、2017年には名門レーベルに移籍。メンバーたちは、会社員をしながら週末にライブなどを行うスタイルで精力的に活動を続けてきました。15周年を迎えた今年、2024年8月のライブを最後に松下さんは一時活動を休止。お店の運営に注力することにしました。

アルバム「PARADE」のジャケット写真。前列右が松下さん
アルバム「PARADE」のジャケット写真。前列右が松下さん

大学を卒業してから松下さんは、音楽活動と並行して出版社で制作や編集の仕事などを5、6年間続けていましたが、大手企業だったため、自分の興味のない分野で働くことのジレンマも抱えていました。

「短い人生なので自分が好きじゃないことをやっている暇ないなというのはすごいあって。自分の作りたい本を作って自分で出版してみたいと思いました」

松下さんは退職し、これまで身に付けたノウハウを生かしながら、編集者や装丁家など数人の仲間と共に出版物を作り始めます。初めて作ったのはキーボーディスト、高木壮太さんの『荒唐無稽音楽辞典』でした。高木さんが本を作ろうとしているという話を聞き、手伝わせてほしいと手を挙げます。初めての試みながら本はヒットし、レコード屋やオンライン販売で、4000~5000冊を売り上げたといいます。

「自分の作りたい本を作って、たくさんの人が興味を持って買ってくれたので、ハマってしまいましたね」

その後も一年に一度のペースで本を作り、これまで5、6冊出版したほか、編集プロダクションとしての活動も行っています。

「どういう本が売れるかやってみないとわからないですね。失敗することも経験で、ノウハウが積まれていくというのは身に染みて感じます。やっぱり経験を重ねることでわかってくることがあるので、それを続けていくことで説得力になっていくと思っています」

カフェは夫婦2人で営む。「私も本が好きなので、いい場所だなと思います」と奥さん
カフェは夫婦2人で営む。「私も本が好きなので、いい場所だなと思います」と奥さん

「好きなことを仕事にしても、それだけになってしまうと気持ち的にも経済的にもいろいろと大変なことがあったり、嫌いになってしまうこともあると思うんですが、いくつかやっているうちの一つだとできるというか。自分の中にいくつか柱があって、続けることで柱が太くなっていくみたいなことはあるんじゃないかな。柱を作り続けていきたいと思っていますね」

遊びで広がるつながりを生かす

松下さんは、出版プロダクションと並行して古書店とレコード店でも働き始めます。

「なんとなく本屋をやりたいなという思いは持っていて。古書店は門戸が狭いというか、入ってみないとわからないと思っていたので働いてみることにしました」

レコード店では制作業にも携わり、自分が欲しい、作りたいレコードを作って流通させます。その後、さらに最前線の現場を求め、日本で唯一のレコード工場で企画・営業として働きノウハウを身に付けていきました。今もこの仕事は続けているそうです。

また、自身も音楽活動をする松下さんにとって、自分たちの音楽をレコードにし、販売する場所がほしいという思いもお店をやろうと思ったきっかけにあったといいます。

「自分がやってきたことを一つにまとめるじゃないですけど、そういう場所がほしいなと思ってお店を始めたという感じですね」

本屋とカフェ部門、売り上げは今のところほぼ同じだという
本屋とカフェ部門、売り上げは今のところほぼ同じだという

お店のオープンに向けて古書店やレコード店で経験を積んできた松下さん。実際のお店づくりはスムーズに進んだのか、伺ってみました。

「古書は在庫がないとできないのでそれをためていくのが結構大変でしたね。古書組合というのに入ればすぐ集まるんですけど、入るには最初に50万円かかるので自分にはハードルが高くて。自分が働いていた店も入っていなかったのでとりあえず自分で集めてみようと思いました」

音楽活動や編集の仕事などで、ミュージシャン、ライター、編集者など幅広いネットワークを持っていた松下さん。「この人、面白い本持ってそうだな」と思う人に声をかけて本の買い取りをしていったといいます。そして驚きの再会もありました。大学時代、松下さんが授業を受けていた教授と、ひょんなところで突然、再会をします。松下さんは教授を辞めてDJになっていた先生と、クラブで出会いました。店の話をすると、「自分の家の本を全部持っていっていいよ」と言われ、家一軒ほどの膨大な量の本を引き取ったそうです。

「それも遊び場でつながったというか、遊び場で横のつながりができてくるので。ここに住んだことや、いろんな活動もそこから広がっています。自分のライフスタイルにはやっぱり遊びが必要というか、遊んでないとダメだなと思いましたね。音楽の仕事で海外に行くことが多いのもいい刺激になっています」

オリジナルのTシャツ。ロゴは、リンジンでもインタビューを紹介したNPO法人FLAG副代表理事で「民謡クルセーダーズ」リーダーでもある、田中克海さんのデザイン
オリジナルのTシャツ。ロゴは、リンジンでもインタビューを紹介したNPO法人FLAG副代表理事で「民謡クルセーダーズ」リーダーでもある、田中克海さんのデザイン
内装デザインは田中さんと、大学で建築を学び家具職人をしていた奥さんの松下紗彩さんによるもの
内装デザインは田中さんと、大学で建築を学び家具職人をしていた奥さんの松下紗彩さんによるもの

本屋にはカフェも併設し、コーヒーやお酒に合った軽食やケーキなども提供してます。

「リラックスできる空間じゃないですけど、本を読んだりゆっくりできるようにするには本屋だけでは不十分という気がして。サロンみたいな場所にしたかったんですよね」

数種類のハーブで漬け込んだローストポークを使ったオリジナルのキューバサンド。これを目当てに来店する客もいるという。「気持ちを込めて作ってます」と松下さん
数種類のハーブで漬け込んだローストポークを使ったオリジナルのキューバサンド。これを目当てに来店する客もいるという。「気持ちを込めて作ってます」と松下さん

「“エキゾチックなサロン”という店のコンセプトに合わせた食べ物は何だろう?と考えた時に、頭に浮かんだのがキューバサンドでした。以前、本の仕事でキューバに行った時に食べて手軽で美味しくて、これをカフェのメニューにしようかなと思って2年間くらい夢中になって研究しました。お店を片っ端から回ったり、試作を重ねたり。パンやソースのレシピをスプーン一杯変えただけで全然違うんですよね。シンプルだからこそ、奥が深いなあと。」

音楽、本、料理、松下さんが積み重ねてきた経験が、一つにまとまっていきます。

福生に生まれたエキゾチックサロン

この日は、オープンからまだ2週間。インスタグラムのみの発信ですが、福生の本好き、音楽好きから歓迎されているのを既に感じているといいます。

「来てくれたお客さんから『お店をつくってくれてありがとう!』と感謝されることが思いのほか多くて、嬉しいですし励みになりますね」

店に並ぶ本は、音楽、サブカルチャー、映画、演劇、写真、美術、エッセイ、料理、漫画、文学など。新刊は絵本をメインにしているのは、「子どもが3歳で、子育てしやすい環境がもっと世の中にあふれればいいなと思っているので、子連れで足を運びやすいお店にしたい」という思いからだといいます。

絵本は往年の名作から今ホットなものまで。セレクトは仲間の絵本編集者によるもの
絵本は往年の名作から今ホットなものまで。セレクトは仲間の絵本編集者によるもの

「本屋とカフェが併設しているお店で、本のクオリティを保てていないなと感じるお店も多くて。それを反面教師にして、両方のクオリティを維持していかないと、というのはすごく思いますね。道のりは長いので、無理せず、持続可能な形を探っていければと思います」

店内には子連れのお客さんが過ごしやすいよう小上がりスペースも設ける
店内には子連れのお客さんが過ごしやすいよう小上がりスペースも設ける

最後に、今後やってみたいことについて伺ってみました。

「音楽イベントは定期的にやりたいですね。音楽を使って人を集めるということしかやってこなかったので、違うことをやり始めたんですけど、そのノウハウや人脈はあるので。あとは絵や写真の展示もやりたいと思っています。カフェがギャラリーとしての機能も併せ持てばよいなと。早速、写真展も予定しています」

「若い方が後に続いたり、この店が福生の街の活性化につながっていくと嬉しいですね」と松下さん
「若い方が後に続いたり、この店が福生の街の活性化につながっていくと嬉しいですね」と松下さん

「子どもを育てやすい環境をつくるということを軸に、いろいろなイベントをやっていけたらと思っています。誰もが自由に、お互い無理に干渉することもないような、温かい場所がつくれたらいいなと思ってます」

本と音楽を軸にさまざまな経験を積み重ねて、自分の中の柱を太くし続けてきた松下さん。それらが結集されたお店はオープンと共に、福生に新しいムーブメントを起こす風を吹き込んでいました(堀内)

お店はJR福生駅から歩いて6分ほど
お店はJR福生駅から歩いて6分ほど

プロフィール

松下源

福生市に2024年8月にオープンしたBooks & Cafe「Cha Cha Cha Books」店主。ソウルバンド「思い出野郎Aチーム」のパーカッション(DJ サモハンキンポー)。そのほか、「MAD LOVE Records」主催、出版社「焚書舎」構成員など、DJ、ミュージシャン、編集者として多岐にわたり活動。

https://www.instagram.com/chachachabooks/

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