小金井のシェアキッチンで製造販売の経験を積んだあと、2023年3月、自宅新築に合わせて1階をお店にし、焼き菓子屋「MAKIMONO(マキモノ)」をオープンした坂入マキさん。人気ベーグル屋でスタッフとして働くところからスタートし、着実にステップアップを重ねていった坂入さんにこれまでの道のりを伺いました。
手作りのお菓子をプレゼントすることが好きなお母さんの影響もあって、学生の頃からお菓子を作って誰かにプレゼントするのが好きだったという坂入マキさん。高校生の頃からお菓子作りを始め、短大生の頃にはホールでケーキをプレゼントするなどしていましたが、それを仕事にすることは考えていなかったそうです。「人に喜んでもらえる仕事をしたい」と考えていた坂入さんはサービス業を選び、航空業界でCAとして働き始めます。CAとして国内や海外を回る中で、各地で美味しいものや珍しいものと出合いました。2人の子を出産し、長く勤めていた会社を退職。趣味としてお菓子を作ったり、お店を巡ったりすることは続けていました。40代になり、子どもから手が離れつつある頃、近所にベーグル屋「HOT BAGELS(ホットベーグル)」がオープンしたことをきっかけに、そこで働き始めます。これが飲食に関わる初めての仕事でした。
「そろそろ働きたいなと思っていた頃に求人を見つけて。初めて飲食に関わる仕事だったんですが、やってみると、作ったものを美味しいと言ってもらえることが楽しい!好き!というのを実感したんです。普段は奥で製造をしていたのですが、イベントなどでお客さんと接するのもやっぱり楽しかったですね」
ベーグル屋で働き出したことをきっかけに、坂入さんの第二の人生が動き出します。一緒に働く仲間と親しくする中で、坂入さんはいつものようにお菓子を作ってプレゼントしていました。ある時、そのお菓子を食べた店主からお店で販売することを提案され、お店に置くことになります。坂入さんの焼き菓子屋「MAKIMONO(マキモノ)」の始まりでした。
屋号にも一つのエピソードがあります。坂入さんが一年間にわたって、地域のフリーペーパーで趣味などプライベートを紹介していた際、そのコーナーのタイトルに使っていたのがMAKIMONO。坂入さんのセンスの良さとお洒落な暮らしを感じさせるエピソードです。
ベーグル屋のオープンから7年、食パンやベーグルの製造を任されるようになり、やり甲斐を感じながら働いていた矢先、コロナ禍が訪れました。先の見えないコロナ禍、周りが仕事に対する考え方や働き方が変わっていく中で、坂入さんには一つの思いがふつふつと湧き上がります。
「細々でもいいので自分のスタイル、自分の働きやすいペースで焼き菓子を作って、自分のお店を持ちたいと思うようになりました」
坂入さんはベーグル屋をやめ、自分のお店づくりへと動き始めます。
「建築設計事務所を経営する主人の後押しもあって、もともと屋号をつくっていました。その頃は、将来的に何かできればいいなとただ漠然と考えていただけでしたが、趣味で作っていたお菓子が実際にお金を頂いて販売されることになり、個人として認識されることの心地よさと美味しいと言ってもらえたときの嬉しさを感じるようになって…。意識がどんどん変わっていき、自分のお店が欲しいと思うようになりました。主人がずっと私の焼き菓子のファンでいてくれたことも大きな励みでしたね」
コロナ禍でベーグル屋もオンライン販売が好調だったこともあって、坂入さんもオンラインでの販売をメインにしていこうと考え、本格的にお菓子作りができる場所を探します。そこで出合ったのがJR東小金井駅近くの高架下にある創業支援施設「MA-TO(マート)」でした。業務用の厨房機器を共用で使え、お店を開くことができるシェアキッチンの枠が一つだけあいていたといいます。もともとお菓子を作る場所として借りようとしたスペースでしたが、せっかくなので週に一度、店頭販売も始めることにします。
「ちょうど残り一枠だったので、これは何かのご縁と思って飛び込みました。自分のお店としてつくるのは材料選びから全てが初めてだったのでもちろん不安もありましたが、始めてみると、好きな焼き菓子を焼いて誰かに喜んでもらえることや、自分のお店でお客さんからの感謝の声を直接聞けることができたのもすごく楽しくて。どんどんハマっていきました」
もう一つ、縁を感じる出来事がありました。坂入さんが店のオープンに向けて準備をしていた頃、テレビ番組『ガイアの夜明け』のシェアキッチン特集でMA-TOが紹介されることに。お菓子づくりをしている坂入さんも取材を受けました。その効果もあって、オープンするとすぐに店頭にはたくさんのお客さんが訪れ、始めたばかりのインスタのフォロワーや通販のお客さんも大きく伸びていったといいます。そして、一度利用したお客さんがリピーターとして定着していきました。
「有難いことに全てが絶妙にご縁でつながっていて、本当に感謝しています」
MAKIMONOのインスタを見ると、アンティークのお皿や小物が見た目も美しいお菓子を彩る洗練された写真が並びます。そこには坂入さんのこんな思いがありました。
「自分の世界観、イメージを大事にしたかったんです。インスタで発信するにも、自分のイメージをできるだけ表現したくて。その雰囲気を好きだと思ってくださった方や一度食べてくださった方がリピーターとして毎月購入してくださって、すごく励みになりました」
商品の品揃えなど最初は迷いながら手探りでしたが、何ヶ月か続けるうちに自分のスタイルが決まってきたといいます。
「毎月、定番のパウンドケーキの他にも季節の果物を使ったケーキなどオリジナルの新商品を作って、複数の中から選んでもらえるようにしていました。シェアキッチンは自分が予約した時間内で作業を終わらせなければならないので、当時住んでいたマンションの小さいキッチンで試作していましたが、新メニューの開発が楽しいながら一番大変でしたね。CA時代に各地でたくさんの食べ物と出合ってきた経験がレシピ作りに生かされました。楽しさと大変さとプレッシャー、思い返すとこの下積みの時間が大変でしたが、今もこの時の引き出しを参考にしているので、下積みに支えられています」
メニューもスタイルもこの時に築いたものが、今に生きているそうです。
お店を始めて数ヶ月たった頃に、また一つの出会いがあります。MAKIMONOのロゴをデザインする「アトリエニコラ」さんでした。
「インスタで素敵な焼き菓子屋さんを見つけたのですが、そのロゴを作った方です。アトリエニコラさんが趣向の近い焼き菓子屋さん何人かに声をかけて食事会を開いてくださったことで、また新しい方との出会いにもつながりました」
輪は広がっていき、今も食事会をしたり、一緒にイベントに出店したりと交流が続いているそうです。
「すごく大きな出会いでしたね。集まる方々のアイデアもすごく素敵で、お互いに影響を受けましたし、自分の好きなイメージがよりはっきりしてきて、ロゴやパッケージなどを自分の理想にどんどん近づけていけました」
MA-TOのシェアキッチンは週に2回利用し、そのうちの1日は店を開くというペースで一年ほど続けます。ペースをつかみながらお店も軌道にのってきました。お菓子の美味しさやアンティークのモダンな雰囲気、そして坂入さんの温かく丁寧な接客からリピーターも増えていき、MAKIMONOは列ができ完売が続く人気店となっていきます。
「MA-TOは働きやすくて、他のお店の方やお客さんの雰囲気もよくて、すごく楽しかったです。ただ、予約を取らなくても、時間やスペースを自由に使える自分のお店をオープンしたいなという思いをだんだん持つようになりました」
そんな頃、自宅を新築する話が持ち上がります。
「主人と、せっかくなら1階をお店にしようということで話が進みました。土地を探し始めると、お店にぴったりの角地がすぐに見つかったんです。それもご縁ですね」
そして、1階に工房とお店スペースを設けた一軒家を建てることに。坂入さんの理想を反映しながら、建築デザインを仕事とする旦那さんと共に作り上げていきました。
オープンは3月8日のミモザの日と決め、家が建ってからオープンまでの準備期間は3ヶ月でした。機材やテーブルなどの家具の購入や棚などの仕上げは、その間に進めていったといいます。
「家が建ってからでないと細かいイメージができなかったので、本格的な準備は完成してからになりましたね。お皿とかは前からあったんですけど、家具とかは好みに合ったものを探すのが大変でぎりぎりになりました」
シェアキッチンではサポートを受けられた保健所の営業認可申請なども、この時に勉強しました。オーブンやガス台、冷凍庫、冷蔵庫などの大型機器の購入は旦那さんの協力も得ながら進めていきました。
いよいよオープンの日。シンボルツリーをミモザにし、大好きな黄色のミモザでいっぱいに飾った中で当日を迎えました。坂入さんが53歳の時でした。
「シェアキッチンにオープンした時と比べると、それほど不安はなかったですね。流れは大体つかめていたので。お客さんが来てくれるかなという不安はもちろんありましたけど」
住まいの1階にお店をオープンしてから半年近く経って、今どのように感じているのか伺ってみました。
「オープンしてからは本当に忙しいですね。欲張りなので通販もやってお店も週一開けて、正直ひっちゃかめっちゃかです(笑) 地元の方も遠方の方もたくさん来てくださって本当に嬉しくて、なるべく皆さんのご要望にお応えしたくて、めいっぱいやっています。 HOT BAGELSやシェアキッチンの時からのお客さん、他にもイベントで出店した吉祥寺や、新宿あたりからも足を運んでいただいています」
今、販売は主に4つの柱でやっているといいます。オンライン販売と週に一度の店頭販売。それに加えて、代官山にある旦那さんの事務所内でのイベント販売と、友人が働く銀座の料理屋へのデザートの提供です。他にも不定期にイベントに出店しています。お店以外の場所でも、MAKIMONOのお菓子が広がっていきます。
「細々となんですが、いろいろ広がってきていて。たくさんのお客さんに食べていただけて嬉しいです。店頭や通販は家で完結するので楽ですが、やっぱり代官山販売が大変ですね。その場所まで持っていくことや冷蔵が必要なものは保管にも気を遣うので」
お菓子の製造と販売をはじめ、通販の梱包や発送などの対応も全て坂入さんが一人で行っています。
「通販で大変なのは冷やして袋詰めして、梱包が必要になることですね。お客様の注文に応じてバランスよく何種類も焼きつつ、空いたスペースで店舗のものも焼くみたいな感じです」
お菓子の製造と販売の他に多くの作業や事務仕事、一人では大変な仕事量です。
「今後どうしたものかと考えるのですが、自分でできる範囲を丁寧にしっかりとやっていきたいというのが自分の中にあるんですよね」
ベーグル屋で商品として置くところから始まって、シェアキッチンでの製造販売を経て、自宅に店を構えるという段階を踏んでいった坂入さん。どのように働き方が変わったか伺ってみました。
「シェアキッチンでは限られた時間で限られた量を作っていたので、メリハリがありましたね。今は機械も変わって作れる量も増え、保管できるスペースも増えたので、やればやるだけ作れてしまい、作る数が3倍くらいに。それと自宅の1階なので、仕事とプライベートの線引きが難しいですよね。自分の仕事場なので居心地もいいですし、作るのが楽しくていつまでもやってしまいます。家の用事が終わってから必ず夜はここに来て、山積みのものを夜な夜なやっているような感じです」
「家族に迷惑のかからないように、やり過ぎないようにっていうバランスがまだうまくとれていない部分がありますね。お客さんも来て下さるのですごく恵まれていて、本当に有難いことがたくさんあって。ちょっと欲が出て、つい無理をしてしまうタイプなので、主人には釘を刺されています。今後はもっとプライベートと仕事のバランスをとりながら、もう少しゆったりと仕事を進めていかないと、と思っています」
HOT BAGELSやシェアキッチンの仲間たちとの交流は、今も続いていると言います。
「地域的に仲が良かったこともあったと思います。家族の支えもですが、いろいろな出会いやご縁からここまで来れたということに本当に感謝していて、絶対忘れてはいけないと思っています。これから地元の素材をもっと使ったり、新しい生産者さんともっと出会いたいですね。新しい季節になると、季節のフルーツを扱う方との新しいご縁があるといいなといつもアンテナを広げています。輪を広げていきたいですね」
坂入さんのお話を聞いていると、言葉の端々に、縁や人への温かい感謝の思いがあふれています。そのおかげでここまで来れたと話されますが、坂入さん自身の魅力が出会いを引き寄せ、他の人への温かい気遣いや縁を大切にする心が、周囲の人の坂入さんに対する思いやそのつながりを強くさせているのだろうなと思いました。(堀内)
「人に喜んでもらえる仕事をしたい」と航空業界で働く。2人の子を出産し、仕事を退職。家の近所にベーグル屋「HOT BAGELS」がオープンしたことをきっかけに、飲食に関わる仕事を始める。HOT BAGELSで7年間働き、2年間は「MAKIMONO」として焼き菓子を店で販売する。コロナ禍でベーグル屋がクローズしたことをきっかけに仕事をやめ、2020年、創業支援施設「MA-TO」でお菓子の製造と販売を始める。2023年、自宅新築をきっかけに、自宅1階にお店をオープンする。