そばではたらく
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毎日メニューが変わるパン屋でいたい

都立小金井公園から住宅街へ出ると、緑に囲まれた木造の建物に「かぶとパン・かぶとめし」という看板が見えてきます。店主は、佐藤嘉太(かぶと)さん。パンもお弁当も日替わりというこだわりを持つ佐藤さんに、開業までの経緯や思い、はたらき方の変化について、お話を伺いました。

はじまりは、旅先のモロッコで見た朝の光景

どこか懐かしい雰囲気のある木造住宅の玄関先に置かれた、アンティークのショーケース。ガラス越しには、あんぱんやクリームパン、スコーンなど定番のパンをはじめ、地元野菜を使った、彩りの綺麗な日替わりフォカッチャが並んでいるのが見えます。

かぶとパン・かぶとめしがあるのは、駅から離れた静かな住宅街ですが、玉川上水や都立小金井公園、すぐ近くには地元農家の直売所が並ぶ”農家みち”があることから、散歩がてら寄ってくれる近所のお客さんが多いのだといいます。

店主の佐藤さんは、なぜこの場所にお店を構えることにしたのでしょうか?まずは、食にまつわるしごとを選んだ経緯から、尋ねてみました。

かぶとパン・かぶとめしの店主、佐藤嘉太さん

木造の平屋の玄関先で、パンとお弁当を販売。昔の商店のような、どこか懐かしい雰囲気

「昔から、食に関するしごとがしたいと思っていたわけではないんです。学生時代は、大学受験をすると言いながらも、市民劇団に入って演劇にのめり込んでいた時期もありました。でもその後、父親が不動産屋だった関係から、測量士を始めたんです。土地家屋調査士といって、土地や建物などの測量をして、登記の手続きなどを進めていくしごとですね。ところが、チームで動くしごとが僕は苦手で…。資格も取ろうと思ってしばらく続けていたんですけど、3年が経った頃に辞めてしまいました」

自分のペースだけではなく、二人一組など、誰かと組んではたらくというスタイルに馴染めなかったという佐藤さん。辞めた後に思いついたのは、何と「四国遍路の旅に出る」ことでした。24歳頃の、唐突とも思える決断には、測量のしごとを通して生まれたある思いがありました。

「組織に属してはたらくことが向いていないんだ、とわかったので、ひとりで何かできるようになりたかったんです。計画を立てて実行する能力もなかったので、なるべく突飛なことをして、修行のような気持ちでそれを乗り越えようと、お遍路で歩いて八十八ヶ所巡礼をしました(笑)。そうしたら、仏教を理解した気持ちになってしまって。“次はイスラム教だ!”と、立て続けにモロッコに行く計画を立てました」

海外旅行にひとりで行くのも初めてだったという佐藤さんですが、「ひとりで何かを成し遂げたい」という熱量のまま、ビザの期限が切れるまでの3ヶ月間、モロッコに滞在したといいます。モロッコの先住民族の人たちと知り合い、ラクダに荷物を乗せながら続ける放浪の旅。そして、遠く離れた異国の地で、今のしごとにもつながるひとつの光景と出会うのです。

「モロッコには、ジャマ・エル・フナ広場という、夜になると所狭しと屋台が並ぶ場所があるんです。観光客もたくさん集まって、毎晩がまるでお祭り騒ぎなんですけど、長く滞在していると、その賑やかさに疲れてしまって。そんなとき、朝8時頃に起きて散歩に出ていたら、その広場に向かう途中の路地裏で、小さなスープの屋台を見かけたんです」

七輪の上にはそら豆のスープの入った壺が置かれ、その周りにビールケースをひっくり返した椅子がいくつか並んでいる。その小さな空間に、現地に暮らす人たちが次々と立ち寄っていたといいます。

「夜中の屋台でうるさくしていたモロッコの人たちが、みんな静かに座ってそれを食べている。ビールケースをひっくり返して、座れるようにしただけなのに、すごく気持ちのいい空間が生まれているなと感じたんです。そういう場を、自分も日本で作れたらいいなというイメージを抱いたまま、帰国しました」

モロッコのサハラ砂漠で放浪していた頃の写真。現地の方と一緒に

モロッコでの食事風景。水は井戸から汲み、食料は罠をしかけて野生動物を捕まえるという、サバイバルな生活を送っていた

お粥屋を経て、ハードな板前修行を経験

帰国後、小金井に住んでいた佐藤さんの頭に最初に浮かんだのは、屋台をリアカーで引き、移動式で喫茶店を営む、珈琲屋台・出茶屋さんの存在。湧き水を沸騰させる七輪を屋台の隣に置き、そのまわりに椅子をいくつか並べると、珈琲の香りにつられてお客さんが集まり出す。その様子に、モロッコの朝に見かけたスープ屋の光景が重なったのです。

「帰国して3日後くらいに、店主である鶴巻さんに会いに行って、こういうお店をやりたいということを相談したら、サーハ日乾煉瓦という場所を紹介してくれました。そこは、週替りで営業を行うシェアカフェだったので、月曜日だけ“葦原屋おかゆ舗”というお粥屋を出すことにしたんです。しごとから夜帰ってきた人が、ラーメンとか居酒屋じゃなくて、お腹に優しいもの食べられるように、という思いがありました」

モロッコで見た朝の光景を思い描きながら、週に一度のお粥屋を始めた佐藤さん。もっと料理の腕を上げたいと、立川の多摩職業能力開発センターに通い、和食・洋食・中華の料理の基礎を半年間で学びました。その後も、銀座の割烹料理屋で更に腕を磨くことを決めるのですが、それが、これまで佐藤さんが経験してきたはたらき方とは全く異なる、強烈な体験になったといいます。
 
「何をやるにも“遅い!”と怒られて、初日にいきなりぶん殴られたんです(笑)。厨房にいるほとんどの人が、中学校や高校を出てからすぐにはたらき始めている人たちだったので、しごとに対する態度も覚悟も違うんですよね。だから、僕みたいなゆっくりした人が許せなかったんだと思います」

厳しい上下関係が存在する、板前の世界。“煮方”や“焼方”など様々な役割がある中で、佐藤さんは“追い回し”という見習いの身。食材の下準備や下ごしらえ、掃除など、様々な雑務を行い、試合をしているサッカー選手のように、毎日動き回っていたそうです。

「客室から注文が入った瞬間、食材を集めに走って、メモを取る暇もない。“この料理を作るためにはこの手順とこの準備”と、頭の中であらゆる作業が同時進行していて、反射神経もかなり鍛えられましたが、体力的には辛かったです」

3年間続けていた佐藤さんですが、顔面神経痛になるほど身体も心も疲弊してしまい、辞めることに。しばらくはゆっくりと過ごすそう思っていた頃に、現在の「かぶとパン・かぶとめし」につながる転機が待っていたのです。

「一日走り回っているので、履いている雪駄もすぐだめになるんです」と、銀座の修行時代を懐かしそうに振り返る佐藤さん

身についた技術を「商い」として成立させる

サーハ日干し煉瓦でお粥屋をしていた時に知り合った友人2人が結婚し、小金井で“仕立てとおはなし処Dozo”をオープンしました。Dozoは、お話を作って語る“物語屋”さんと、着物の仕立屋であるso-senさんが、昔ながらの平屋住宅である自宅をカフェや地元野菜の販売所、和装小物や雑貨などのギャラリー、お話がたりや寄席などのイベント会場として地域に開いている、ユニークな場所。佐藤さんは割烹を辞めた後、職場に合わせて住んでいた神楽坂から、ゆっくりとした時間の流れるDozoの近所に引っ越し、寄席に出演したりもしていました。

しばらくのんびりと過ごしていた佐藤さんですが、サーハ日干し煉瓦を運営していた知人から、小金井のフレンチの名店・タブリエを紹介してもらい、半年間見習いとしてはたらくことになります。銀座で修行した経験も活かしながら、食材の下ごしらえを始め、パンやタルトなどの焼き菓子なども、この時期に学んでいきました。

そして2017年、大きな転機が訪れます。Dozoの2人に声を掛けてもらい、現在と同じかぶとパンの屋号で週に3回、Dozoの出窓を借りてお店を構えることになったのです。そこから、イベントの際に出す食事なども手掛けるようになりました。毎回出されるお題に沿ってメニューを考えることは作品作りのようでもありました。

「Dozoにいた頃は、銀座で学んだことと、フレンチレストランで学んだことを咀嚼していた時期で、それを商いとして成立させるために、本当にいろんなことを学びました。商品としてパンを売るために、どういう食材でどうやって作るのか。最初から最後までひとりで表現する、という経験をできたことが、一番大きな学びでした」 

拠点を作って定期的に店頭に立つことで、自分が住み、商売をしている小金井にどういう人が住んでいるのか、“街のキャラクター”が見えてくる。お客さんに対する店主としての責任が生まれ、商いとして続けていくためのサイクルも身についていく。そうして、しごととして“信用してもらう”ことも学んだそうです。

「近所のお年寄りの方が散歩がてら来てくれて、毎回同じものを買ってくれるからきちんと用意しておこうとか。小さいお子さんがいるお母さんたちはコミュニティがあるから美味しかったという口コミを聞きつけて来てくれたり、犬を連れてる人たちがかき氷を楽しみに遠くからでも来てくれたり。それまで知らなかった、小金井という街に住むお客さん一人ひとりの顔が見えてきて、こんなものを作ったら喜んでくれるかなと考えられるようになったんです。この街でお店をやっていくうえでは、とても大きな発見でした」

かぶとパンを最初に出店した、仕立てとおはなし処Dozo。イベント開催時には、地域の人が多く立ち寄り賑やかに

ゆっくりとした時間の流れるDozo

パンやお弁当は、自分を表現することのひとつ

4年ほどDozoの一角でお店を構えていた佐藤さん。仲間と一緒にもの作りをする楽しさを感じながらも、「ひとりで何かを成し遂げたい」という想いはくすぶっていました。そして2021年の6月、Dozoから400mほど歩いた近くの場所に、独立するかたちで新店舗をオープンさせました。平屋の木造住宅の玄関先にショーケースを置き、住居スペースの台所部分が、パンを製造する厨房となっています。

食パンやレーズンパンなどのメニューと並び、お店の顔となっているのが、地元野菜を使った日替わりフォカッチャとお弁当。農家の直売所が数件並ぶ、農家みちと呼ばれる通りが近いことから、毎朝採れたての野菜をチェックし、その日の野菜の顔ぶれを見てからメニューを考えているといいます。

「Dozoに野菜を卸している農家さんは僕が住んでいる家の大屋さんだったり、僕の妻がこの地域の出身で同級生が地元の農家さんだったりして、つながりが生まれていきました。こんなに近くに採れたての野菜がたくさんあるのに、使わない手はないですよね」

数軒の農家が並ぶ”農家みち”が、佐藤さんの作るパンのアイデアの源。直売所には、採れたての地元野菜がずらりと並ぶ

地元野菜を使ったフォカッチャは人気のメニュー。日替わりなので、いつ訪れても違う味わいを楽しむことができるのが嬉しい

そしてもうひとつ、かぶとパンが“日替わり”にこだわる理由には、演劇をしていた学生時代から現在まで一度も消えることのなかった、佐藤さんの中にあるひとつの思いが関係していました。

「昔から、何か表現して形にしたい、自分の頭の中を知ってほしい、という欲求がどこかにあるんです。演劇をしていた学生時代から、お粥屋を始めて、銀座の割烹料理やフレンチレストランで修行をしていた時も、Dozoで寄席に出ていた時も、ずっとその思いが続いていて。今こうしてパンやお弁当を作ることも、自分を表現することのひとつなんです。だから、毎日システマチックに同じものを作ることができなくて。僕にとって大事なのは、手間がかかっても、どれだけ思いを込めて作れるかということなんです」

ある程度のメニューは固定してしまい、準備や手順などをシステム化させていく方が、商売としては効率が良いかもしれません。でも、パンやお弁当を作ることが“表現”と結びついている佐藤さんにとっては、同じ創作を繰り返すことの方が、よっぽど辛いのだといいます。

そうして毎日頭をフル回転し、料理に向き合い続ける佐藤さんを支える、ひとつの記憶がありました。

「食の仕事をしていると、真正面から“美味しくない”と言われることって、そんなにないじゃないですか。でも、銀座の割烹料理屋で修行していた頃、僕はまかないを作る度に職人の先輩たちに“まずい!”とか“こんな中途半端な仕事してるんじゃない!”とか怒られていたんです。パンやお弁当を作っていると、未だにその言葉が頭をよぎることがあって、身が引き締まるんですよね」

「美味しい」と言ってもらえることが何よりも嬉しいこのしごとで、未だに思い出すというその記憶。それは、佐藤さんが食に向き合い続けていく中で、忘れてはならない貴重な経験となっているといいます。

今後は、お客さんにゆっくり食べてもらえるイートインの場所を作ったり、庭を使って楽しめるような工夫をしたり、お店の使い方にも広がりを持たせていきたいと、イメージを膨らませている佐藤さん。毎日変わるひらめきが込められ、来るたびに新しい出会いが待っているかぶとパン・かぶとめしは、地域の人たちにますます愛されていくのでしょう。(安達)

プロフィール

佐藤嘉太

かぶとパン・かぶとめし店主。仕立てとおはなし処Dozoでの出店を経て、小金井公園と五日市街道の間にある農家みちで2021年6月から実店舗を正式オープン。採れたての野菜を生かしたフォカッチャや、パン、お弁当のテイクアウト販売を行っている。
HP:https://kabutopan-meshi.storeinfo.jp
Instagram:https://www.instagram.com/kabutopan_meshi/