ママたちに寄り添う地域の助産師

2023.09.01
ママたちに寄り添う地域の助産師

「ママが満たされないと、子どもも満たされませんから」と語るのは、昭島市で産前産後そうだん室「りあん助産院」を経営する栗原真未さん。2023年1月、福生市・昭島市の新しいビジネスを創出するワークゼミ&コンテスト「NEW WORKING」のファイナリストとして登壇した栗原さんは、「親も子どもも孤独にしない助産院を作りたい」とプレゼンテーションし、見事準グランプリを受賞。その2ヶ月後には、ついに念願の助産院をオープンさせました。今回は栗原さんに、助産院を開院するまでの道のり、ワークゼミ&コンテストへの参加について、りあん助産院の現在とこれからを取材しました。

助産師としての原点

幼い頃から看護師を目指していたという栗原さん。高校卒業後は看護を学べる大学へ進学し、卒業後は産婦人科のある大学病院へ就職しました。「実は、最初から助産師になりたかったわけではないんです」と言います。

「助産師の仕事は大学に入ってから知ったんです。赤ちゃんが大好きなので、せっかくなら助産師になろうと思いました」

しかし産科で働き始めてからしばらく経った頃、栗原さんは分院の“循環器・心臓血管外科”へ異動を希望します。循環器・心臓血管外科は主に、心臓病や血管の病気を専門に取り扱う部門。一見すると産科とは関係がない部門への異動願いですが、その背景には、担当したお産で妊婦さんが大量出血を起こした出来事がありました。

看護の大学を卒業し、看護師と保健師、助産師の資格を持つ栗原さん。りあん助産院だけでなく、地域の保健センターでもママたちと関わっている
看護の大学を卒業し、看護師と保健師、助産師の資格を持つ栗原さん。りあん助産院だけでなく、地域の保健センターでもママたちと関わっている

「病院に勤務して4年目の頃でした。4年目の看護師は大学病院では中堅扱いなので、現場を指揮する立場になる機会も多かったんですが、自分にはまだ緊急時にメンバーを引っ張る技量が足りないと感じました。だから一度産科を離れて、患者の急変時に対する処置を学ぼうと循環器・心臓血管外科へ異動したんです」

ママと生まれてくる赤ちゃんのため、学び直そうと異動を申し出た栗原さん。異動してから3年ほど経った頃、結婚を機に旦那さんの職場がある昭島市へ転居が決まります。病院と距離が離れてしまったことで、病院を退職することに。同年に子宝にも恵まれ、出産に育児と慌ただしい日々を過ごします。再び産科に戻ったのは2017年。ちょうど子どもが1歳を迎える頃でした。

「また産科に戻ろうと思ったのは、自分の出産や子育ての経験を現場に活かしたいと思ったのが大きいですね。ママたち一人一人の心に寄り添ったケアをしたいと思いました」

引っ越して7年目の昭島市については「田舎と都会のバランスがいいので、ファミリー世代はおすすめです」と話す
引っ越して7年目の昭島市については「田舎と都会のバランスがいいので、ファミリー世代はおすすめです」と話す

創業に至るまでの出会いと、挑戦

出産後、育児をしながらパートで助産師の仕事に従事していた栗原さんですが、日々の長時間労働で仕事と家庭のバランスが崩れてしまい、6年間勤めた病院を退職。そして次に働くことになった「助産院こもれび家」との出会いが、栗原さんの人生を大きく変えることになります。

「病院を辞めてどうしようかと考えていた時、偶然、子どもと同じクラスの子のお母さんが助産院こもれび家の院長さんだと知ったんです。子どもを連れて遊びに行ったら『栗原さん、助産師ならここで働かない?』と、お誘いいただいて。それでパートとして働かせてもらうことになりました」

こもれび家は、昭島市で産前産後のケアを専門に行なう助産院。院長である高木さんを中心に、親子イベントの開催やシェアハウス運営まで手がける“地域コミュニティ助産院”です。現在では、こもれび家の活動は自宅訪問型の産前産後ケアのみに限定しているそうですが、親子はもちろん、地域に住む人々に向けてオープンに開かれた当時のこもれび家の運営スタイルを見て、栗原さんは地域で子育てをすることに興味を抱いたそう。

「私もこもれび家さんのような地域に根ざした活動をしたいと思いました。それを高木さんに話したら『いいじゃん!栗原さんならできると思うし、助産院開いちゃいなよ』と背中を押してくれたんです」

「高木さんはすごくたくさん褒めてくれて、持ち上げてくれたんです(笑)だから私にも創業できるかも!と思いました」と栗原さん。昭島市にはこもれび家の他にも、産前産後ケアに力を入れている“アツい”助産師が多いんだそう
「高木さんはすごくたくさん褒めてくれて、持ち上げてくれたんです(笑)だから私にも創業できるかも!と思いました」と栗原さん。昭島市にはこもれび家の他にも、産前産後ケアに力を入れている“アツい”助産師が多いんだそう

助産院を開院するためのノウハウを吸収しながら、自分が思い描く理想のケアの実現に向けて準備を進める栗原さん。そんな時、たまたま見かけたのが、福生・昭島でまちのアイデアを募り形にするための創業支援イベント、ワークゼミ&コンテスト「NEW WORKING」のポスター。昭島市での開院を考えていた栗原さんにとって、まさにピッタリの機会でした。

「アイデアの実現に向けて具体的な計画の立て方も教えてくれますし、専門家の方に創業の悩み相談にも乗っていただけるので参加しない手はありませんでした。セミナーに参加して実際に事業計画書を書くことで、助産院をオープンすることが果たして現実的なのかを考えるいいきっかけになると思ったんです。特にお金については無頓着な自覚があったので、人から学べるのはありがたかったですね(笑)」

プログラムにはワークゼミの他、アイディア実現への熱意と実現性を審査員にプレゼンテーションする最終審査会が設けられており、グランプリを獲得した参加者には賞金が授与されます。栗原さんは一次審査書類を通過し、ファイナリストとして最終審査会へ。自分は助産院の運営を通じて、何を実現させたいのか。そのために何が必要なのか。学んだことを活かしながら、プレゼンテーションの準備を進めます。「我が家には1年生と4歳の子どもがいるので、プレゼンで使うパワーポイントの資料は子どもを寝かしつけた後に作っていましたね」と当時の多忙さを語ります。

「昭島市には、こもれび家さんの他にも地域に開けた助産院を運営している方がいますし、アイデアとしては二番煎じなのが気がかりでした。創業するにはもっと独創的で、その道の第一人者になれるような発想じゃないとだめなのでは?と思っていたんです。でも審査員の方から『アイデアを実現したいという熱意があれば、面白みは求めていないよ』と言っていただけたのは心強かったですね」

病院勤務時代から感じていた、ママたちが育児や出産の悩みを一人で抱えている現状。ママが一人で妊娠・出産、子育てに苦しむ“孤育て”(=孤独な子育て)ではなく、地域で育児を支える“共同育児”を目指したい。プレゼンテーションで思いの丈をぶつけ、栗原さんは準グランプリを受賞。発想に面白みがなくても、例え二番煎じのアイデアでも、実現させたい強い想いが相手に届いた瞬間でした。

「私は自分のことを、必要に迫られないと動かないタイプだと思ってます。だからこそ、そうせざるを得ない環境に身を置いたのは正解でした。NEW WORKINGに参加して良かったです。応募した頃は自分に創業なんてできるんだろうかって不安だったんですけど、準グランプリを受賞したことでそうも言ってられなくなりましたね(笑) 選んでいただいたからにはちゃんと形にしないと! って」

準グランプリを受賞した時の様子。「正直なところ、他の参加者の方のプレゼンもすごかったのに、私が準グランプリに選ばれていいの? って思いましたね(笑)」と照れ笑い
準グランプリを受賞した時の様子。「正直なところ、他の参加者の方のプレゼンもすごかったのに、私が準グランプリに選ばれていいの? って思いましたね(笑)」と照れ笑い

怒涛の60日間。そして開院へ

助産院のオープンに向け、本格的に動き出した栗原さん。当初は自宅の一部を改装して助産院として使う予定でしたが、保健所から構造上の問題があると指摘を受け、賃貸物件を探すことに。小学生と未就学児の子どもがいるため、同市内から隣町の物件に絞り、時には自分の足を使って空き物件を探したそう。同時に、屋号とロゴの制作も進めていきました。

「Lien(リアン)は、フランス語で”繋ぐ”、”絆”という意味があります。私とママたちが繋がるのはもちろん、ここでママ同士が出会って、繋がってほしいという願いを込めています。ロゴデザイナーさんにはそんな願いを組んでもらって、とても可愛らしいデザインに仕上げてもらいました。“助産院っぽい”という枠にとらわれず、私が大切にしている想いを汲み取っていただけたことが嬉しかったですね」

この頃、自宅から近い場所にたまたま空き物件を見つけ、不動産会社に問い合わせたところ事業用貸し出し可能との返事が。オーナーであると同時に二児の母でもある栗原さんにとって、自宅から職場までの距離が近いことは必須でした。この出会いに栗原さんは運命を感じたそう。こうして無事に物件も決まり、2023年3月26日にりあん助産院をオープン。1月に準グランプリを受賞してから、怒涛の2ヶ月間でした。

りあん助産院の下で滑らかに伸びる線は、産院の名前の元になった
りあん助産院の下で滑らかに伸びる線は、産院の名前の元になった"Lien"。「赤ちゃんがにっこり笑っているように見えるデザインで、とても可愛いんです」と栗原さん

産前産後のママたちの不安に寄り添い、その人に合ったケアを提案するため、りあん助産院は産前産後のケアに特化したサービスを提供しています。

「昭島市の助産院が実施する産後ケア事業には訪問型・デイケア型・宿泊型の三種類があります。私は自分の子もまだ小さいので、ママのご自宅に伺ってケアをする訪問型と、りあん助産院に来院いただくデイケア型のみ取り扱っています。どちらにも違った利点があるので、その時の状況に合わせて使い分けてほしいですね」

ママ同士で繋がって、悩みを共有したり、育児について気軽に話せる場になれたらと、りあん助産院では親子で参加できる様々なイベントも開催。助産師資格を持ったセラピストによる出張マッサージや、元保育士インスタラクター主催のバランスボール教室、調理師を招いた身体に優しいランチ会など、内容は多岐にわたります。栗原さん自身もベビーマッサージ師の資格を取り、講師として月一、二回のベビーマッサージ教室を開いています。

「実家が遠方でご近所付き合いもないから、頼れる先がないママって結構多いんです。そんなママたちの力になりたくて助産院を始めたわけですけど、じゃあ私がいつでも力になれるのかと言われたら、そうではない。だから私ができることは、りあん助産院を開くことでママ同士が出会って、そこで協力してくれるような関係性を紡いでもらうためのきっかけを作ること。ママたちが地域の横の繋がりを使って、孤育てから抜け出してもらうのが理想です」

またイベントに参加することで、講師と繋がれることもポイントだと栗原さんは言います。

「講師の方たちの存在を知ってもらって、ママたちがそれをうまく活用してくれたらいいな。『今日は調理師さんが来てくれるから、料理はしない!』みたいな、余白の時間を作ってほしいです。その時間で子どもとゆっくり向き合ったり、ぼーっとしてみたり。そんな余白の時間を円滑に作れる環境、それが地域で子育てをする共同育児ってことなんじゃないでしょうか」

室内にはイベントスケジュールが書かれたカレンダーや、イベント講師の活動を紹介したチラシが飾られている。ちなみに開院日はマヤ暦を参考にしているそうで「3月26日は生まれ変わりの日だそうで、何かを始めるにはちょうどいい日だと思って」と話す
室内にはイベントスケジュールが書かれたカレンダーや、イベント講師の活動を紹介したチラシが飾られている。ちなみに開院日はマヤ暦を参考にしているそうで「3月26日は生まれ変わりの日だそうで、何かを始めるにはちょうどいい日だと思って」と話す

りあん助産院のこれからと、理想のケア

開業してから3ヶ月が経ち、課題や今後やりたいことがより鮮明に見えてきたと話す栗原さん。また多くのママや赤ちゃんたちと触れ合う中で、産前産後ケアの重要性を改めて感じていると言います。

「産後の生活について、想像できているママはあまり多くないんじゃないかな。妊娠していたら特に、お腹の子の成長具合や出産に意識が向きがちだと思うので。病院ではスケジュールがタイトなため、育児の悩みを助産師や看護師に質問するタイミングを逃したまま退院してしまうことも多んです。『母乳がこんなに出にくいなんて病院では教えてくれなかった』なんて声もよく聞きます。その人に必要な知識を学んでもらい、ママたちが安心してお産に臨み、産後も楽しく育児ができるような産前教育をしていきたいです」

りあん助産院では分娩は取り扱わない。そのためか、産前のママたちの利用はまだ少ないという。「産前の妊婦さんもサポートしたいので、どうすれば繋がれるかが課題ですね」と栗原さん
りあん助産院では分娩は取り扱わない。そのためか、産前のママたちの利用はまだ少ないという。「産前の妊婦さんもサポートしたいので、どうすれば繋がれるかが課題ですね」と栗原さん

そしてこれからは、赤ちゃんや幼児だけでなく、小学生がいるご家庭や、その先の世代も対象にした活動をしたいそうです。

「子どもはどんどん大きくなるし、その時々によってママの悩みも違います。だから妊活からご年配まで、女性のトータルケアができる場所になれたらいいなと思います。今はアパートの一室を借りているので、いつかは一軒家を借りてみんなで収穫祭とかしたいですね!まだまだ先の話ですけど(笑)」

新生児訪問事業や、妊婦さんの相談窓口など、昭島市が手がける支援事業のお手伝いもしている栗原さん。様々な形でママたちの力になってきたからこそ、特定の支援者によるママへの一貫したサポートの必要性を感じているのでしょう。

栗原さんはヨガや自然体験にも関心があると言う。将来的には、実家の畑を使った野菜作りなどを企画したいそう。「子どもたちも野菜は好きです。じいじが採ってくれた野菜を美味しいと言って食べています」と栗原さん
栗原さんはヨガや自然体験にも関心があると言う。将来的には、実家の畑を使った野菜作りなどを企画したいそう。「子どもたちも野菜は好きです。じいじが採ってくれた野菜を美味しいと言って食べています」と栗原さん

出会いと学び、そして挑戦を経て、自分のやりたいことを一つずつ着実に実現させてきた栗原さん。最後に、これからやりたいことがある方に向けてのメッセージをいただきました。

「いつかやろうじゃなくて、今やらなくちゃと思った時がチャンスなのかなって。私もNEW WORKINGに参加して、やらなくちゃっていう気持ちになれたからこそ、そのまま開業するまでの波に乗れたのかなと思います。いつかではなく、自分で期限を決めて行動するのが大切ですね。あと、チャンスがきたときにパッと決断するスピード感は大事です(笑)」

栗原さんにとって、りあん助産院はあくまでお母さんたちを“孤育て”から救うための選択肢の一つにすぎないのかもしれません。(すずき)

プロフィール

栗原 真未

1985年生まれ。東京都出身。2009年に東邦大学医学部看護学科卒業後、東邦大学医療センター大森病院 産婦人科病棟にて勤務。4年間の勤務を経た後、同大学病院の循環器・心臓血管外科病棟にて救急患者の処置を学ぶ。2015年、結婚を機に退職。2022年から助産院こもれび家で働く他、保健福祉センター あいぽっくの会計年度職員、産後ケア調整員、全戸訪問員としても精力的に活動。同年、NEW WORKINGの最終審査会で準グランプリを受賞。2023年3月に「産前産後そうだん室 りあん助産院」を開院した。甘えん坊の長女とやんちゃな長男の育児に日々奮闘する二児の母。

https://www.lienjyosanin.com/

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