そばではたらく
通勤時間3090

フードトラックで進む一人店主

ひと目で記憶に刻まれるフードトラックからはいい香りが立ち上り、何気ない会話でさえも温かい気持ちに包まれる。この一角だけ、日常からかけ離れたしなやかな時間が流れます。お店の名前は道草Hütte。小商いで生計を立てる、と安定した会社員人生を捨てて起業したadotanさんにお話を伺いました。

ふつふつと湧き上がる、ひとつひとつの感情と向き合い続けて

オーガニックの国産蕎麦粉を使った、こんがり焼き立てのガレットやそのガレットにひと手間加えた焼き菓子とおつまみをフードトラックで販売する道草Hütte。東小金井にあるシェア施設MA-TO(マート)を拠点に、西荻窪、吉祥寺、池袋本町などで、エシカルな食を届けています。

注文後に焼くガレットはもちろんのこと、設営と撤収、仕込みやレシピ作り、接客、会計、情報発信といったすべてのことを一人が担う。そんな彼女ですが、数年前までは企業ではたらく会社員でした。美術系の大学を卒業後、文房具メーカーの企画・デザイン、飲食店スタッフなど、その時々で突き動かされる「やってみたい」に身を委ね、幅広い業種に就業。食生活が乱れるほど多忙を極める職務もあったという会社員時代、自ら食事の大切さを痛感したことで「食で起業したい」と思うように。

会社勤めから自営業に転身するまでのおよそ5年間は、会社員を続けながら自分の中にある曖昧なイメージやコンセプトを明確に具現化するため、開業時に必要であろうノウハウと技術の習得に明け暮れる毎日を過ごしたと言います。

「運転技術の習得、調理と衛生の基礎、起業塾では世の中の困りごとを食で解決する課題をみんなで考えたり。そうやって動いているとコミュニティがどんどん広がり、繋がりたい人との接点も増え、気づけばいつでも起業できるような心境にいました」

道草Hütteとしての第一歩は、2019年11月に都立武蔵野公園で開催された武蔵野はらっぱ祭り。武蔵小金井のすうぷ屋でみCafeに誘われ、西国分寺で焙煎所を営むTakaiTOCoffee(タカイトコーヒー)とともに3店舗コラボレーション店として出店を果たします。

興味本位で立ち寄る通りすがりの人たちが、いつのまにか常連のお客様になるという。adotanの由来は、“アドベンチャー”と“探検好き”から友人が命名。

2020年3月から通う三鷹の農園スクールにて。農作業のノウハウを学びながらオーガニックの野菜を栽培。収穫した旬の野菜がガレットの具材になることも。

探してなければとことん自分で作る

イベント出店を経験した翌月12月からは、武蔵野市にあるシェアキッチンMIDOLINO_で週に一度のランチ営業をスタートさせます。ガレットを焼く練習になると考え、食べ放題ビュッフェを打ち出したところ予想以上の反響があり、着実に経験を深めていきます。しかし、開業で重要視しているひとつのフードトラックは理想とする形のものを見つけられずにいました。

「移動販売車の請負会社何社かに出向き自分が思い描くデザインや材質を相談したのですが、行く先々で『無理!』『 作ってもいいけど責任持てない』と言われてしまいました。 これはもう自分で作るしかない!と覚悟を決めて、軽トラックをDIYでキャンピングカーにカスタムして楽しむコミュニティのネッ トワークなどで情報を集めはじめました」

そんな中、 突破口をもたらしたのはシェアキッチンを卒業し実店舗を営んでいたスイス食堂 ルプレです。定期的に情報交換をする中で、「DIYのサポートをしている人がいるから紹介するよ」と建築家集団HandiHouse projectと巡り合い、夢が現実味を帯びていきます。DIYを始めてから1ヶ月、設計図やスキルを要する作業は専門家の手を借り、イメージしていたフードトラック=“軽トラックに乗っかるキッチン小屋”が無事に完成。本格的に始動するため、JR中央線東小金井駅近くの高架下にあるシェア施設MA-TOへ活動拠点を移します。

「高架下のガレージはフードトラックで営業できることと、 キッチンではガレットの仕込みが行えることが魅力でした。 隣接するシェアキッチンには対面式のオープンカウンターもあり仕込みだけでなく接客販売もできるのはいいですね。 シェアメンバーとの交流も楽しいです」

未経験から始めたガレット焼き。

手描きで作成したフードトラックのラフスケッチ。材質やディテールを妥協することなく、予算内におさめるために、既製の材料に手を加えるなどの工夫で仕上げたそう。

DIY経験がほとんどなかったadotanさんにとって、ワークスペースでの作業は刺激と勉強になることばかり。現在も手を加え修理や改良を重ねています。

手の届く範囲が“らしさ”を叶える

飲食店業界にとって、類をみない厳しい状況に置かれた2020年。adotanさんは、開業のタイミングで新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたことになりますが、当人は驚くほどにアクティブでマイペースです。

「やるべきこと、やりたいことで忙しかったです。フードトラックの準備期間には、小屋の製作、 保健所の手続き、春に種を蒔いたお野菜の収穫、平行してMIDOLINO_でのランチ営業では、 世の中の流れに乗ってガレットの食べ放題をやめ、 テイクアウトメニューに切り替えました。 フードトラックで提供するような手持ちスタイルのガレットメニューを考えて、お客様の感想をうかがってみたり。 デザイナーさんとのショップロゴの打ち合わせには、じっくり2ヶ月ほど時間をかけてコンセプトを練り上げてデザインにしてゆきました」

話を聞いているだけで目が回ってしまいそうな毎日を過ごす狩野さんですが、“一人でまかなえる規模感の経営”をとても重要視しています。会社員時代に店舗責任者として多岐にわたる業務を経験したことで知った売上と経費の管理、メンバーをまとめ率いてゆくことなど、全て含めた店舗運営の難しさ。“一人でまかなえる規模感の経営”=「自分のキャパシティを超えない生業」は、自分らしくはたらく上で、自分自身との約束のようなもの。資金調達に関しても国や市からの補助金・助成金、 銀行からの融資は受けず、 自身の貯金を資金に切り盛りしています。

ガレットは、注文後に一枚一枚焼いています。

メニューは、季節や仕入れ状況によって。取材時は羽根つきチーズとハムのガレット。

手書きの商品ポップ、メニューのデザインは自ら行う。焼き菓子のパッケージ、ラベルなど、どこを切り取っても道草Hütteならではの世界観が徹底されています。

日常に根差した街の中のヒュッテ

人を自然と引き寄せる空気感をまとった“道草ヒュッテ号”。フードトラックの利点を生かしてイベントや祭り、ランチ難民のいるオフィス街など、出店先を増やしながら活動の場を広げることができますが、今のところその考えはありません。

「Hütte(ヒュッテ)はドイツ語で山小屋という意味です。 以前、趣味の山登りで利用していた、 山小屋のような存在を街の中で再現したいです。 山小屋は、頂上などの目的地と違って通過点。ふらっと道草したらそこにある感じ。立ち寄った見ず知らずの人たちが、“小屋”や“食”などの共通の話題で何気なく交流を始めたり、談笑したり、ホッと和んだり。喜んでくれるお客様のその雰囲気を私も楽しみにしたい。道草ヒュッテ号はフードトラックとしてだけでなく、この小屋を面白いと思ってくださる方と活用方法を一緒に考えながらシェアしていくのもいいなーと考えています」

日常が、回り道ばかりと笑うadotanさん。そんな中、数えきれない程の発見と出会いを積み重ね、道草Hütteというかけがえのない場所に辿り着いた彼女は、今日もまた誰かの集いの拠点になるべく寄り道しながら走り続けています。(新居)

photo by Kayoko Shibata

プロフィール

adotan(狩野瑞希)

東京都生まれ、東京育ち。文具デザイナー、飲食店勤務、健康食品のメーカーなどを経て独立。2019年11月より「道草Hütte」として活動を始める。“人にも自然にもやさしい食”に基づいた、ガレットや焼き菓子をDIYのフードトラックで販売。出店情報はSNS(InstagramFacebook)で随時アップ中。

しぜんでつながるキッチン 道草Hütte
https://www.michikusahutte. com/