工場が暮らしをイノベーションする

2025.03.25
工場が暮らしをイノベーションする

日本のように、小さな工場が家のすぐ近くにある環境は、世界から見るとちょっと特殊なのだとか。最近では、産業の活性化やツーリズムなどの視点から、工場の内部を公開し、見学やものづくり体験を提供する“オープンファクトリー”が盛り上がりを見せています。多摩エリアでは、どんなことができるでしょう?

明星大学デザイン学部デザイン学科が主催する、多摩エリアでデザインの力を活かしたプロジェクトを増やしていくためのプラットフォーム、デザインセッション多摩「DeST(デスト)」。8年目となる今回ピックアップしたのは、わたしたちが暮らすまちにある“工場”。「まちなかファクトリー」をテーマに、2025年3月1日に開催されました。
1部と2部の両方に参加した方は、9時間に及ぶ充実のプログラム。開場するとすぐに、あちこちで話し込んだり名刺交換をする人の姿が。企画したメンバーも「まさにこういうことをしたかった」と話す光景が広がりました。

リンジンでは、4名のゲストが登壇したトークセッションの様子をレポートします。
DeSTを企画する、プロジェクトデザイナーで明星大学デザイン学部教授の萩原修さんを進行役に、公益財団法人さいたま市産業創造財団企業支援コーディネーターの影山和則さん、帆前掛け製造販売Anything代表取締役社長の西村和弘さん、プロダクトデザイナーで明星大学デザイン学部教授の浅井治彦さん、そして福井県からTSUGI代表でクリエイティブディレクターの新山直広さんが集まりました。

「多摩」であることより中身を伝える

萩原修さん(以下、萩原) さっそくですが、それぞれの方から見て多摩がどういう地域で、工場で何ができそうかという話をしていきたいなと思います。

新山直広さん(以下、新山) いかに伝えるかを考えるなら、僕はもしかしたら、あえて多摩って言わなくてもいいんじゃないかなと思っていて。例えば、京都には伝統工芸の職人がたくさんいますが、魅力発信のプライオリティでいうと割と下の方にあって、埋もれてしまっている説って結構あるなと思うんですよね。東京の場合も、多様な要素がある中で「多摩のものづくり」と言ってもピンと来ない可能性がありそうだなと。編集的な思考があれば、中身をガラッと変えなくてもイメージは変えられるのかなっていう風に思います。

福井県の鯖江市役所勤務ののち、独学でデザインを学び起業した新山さん。半径10km以内に地場産業が集積する同エリアで、生産者と伴走する「インタウンデザイナー」という言葉を提唱するなど、「産業観光を通して持続可能な地域をつくる」というビジョンのもと活動している
福井県の鯖江市役所勤務ののち、独学でデザインを学び起業した新山さん。半径10km以内に地場産業が集積する同エリアで、生産者と伴走する「インタウンデザイナー」という言葉を提唱するなど、「産業観光を通して持続可能な地域をつくる」というビジョンのもと活動している
2015年から、持続可能な地域づくりを目指した工房見学イベント「RENEW」を開催。細く長く続けるには「はじめるひと、ささえるひと、まとめるひとが大事」と新山さんは話す Photo:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)
2015年から、持続可能な地域づくりを目指した工房見学イベント「RENEW」を開催。細く長く続けるには「はじめるひと、ささえるひと、まとめるひとが大事」と新山さんは話す Photo:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

西村和弘(以下、西村) 1番大事なのはクオリティなんです。フランスで「このワイナリーに行きたい!」と思えば、パリの郊外でもどこでも行きますよね。僕だったら多摩じゃなくて東京って言っちゃいます。「東京でこんなクオリティのすごいものがあるよ」と。僕たちの社名のエニシングは、人と人が出会った瞬間から縁がはじまると思ってつけた名前です。その場所に誰がいて、どう縁が広がるかが大切で、いいクオリティなら、どこであっても同じことをしていいのかなという気がしています。

2005年、日本で最後に残っていた前掛けの産地、愛知県豊橋に出会ったことが転機。2019年には自社工場を開設、現在ではパリに支店、新宿御苑には店舗も構える。本社と住まいのある小金井にはクリエイターたちとの「お父さんネットワーク」があるそう
2005年、日本で最後に残っていた前掛けの産地、愛知県豊橋に出会ったことが転機。2019年には自社工場を開設、現在ではパリに支店、新宿御苑には店舗も構える。本社と住まいのある小金井にはクリエイターたちとの「お父さんネットワーク」があるそう
工場では約100年前の織機を引き継いだ。「今は工場をつくって時代を変えるというチャンスがあるタイミング。つくらないといけない時代でもあります。僕たちも腹を括って挑戦したから今がある」と西村さん
工場では約100年前の織機を引き継いだ。「今は工場をつくって時代を変えるというチャンスがあるタイミング。つくらないといけない時代でもあります。僕たちも腹を括って挑戦したから今がある」と西村さん

暮らしと工場の接点

萩原 浅井先生は「持続可能なくらしをデザインする」という研究の延長線上で、千葉県の富津に家を建てて、「9坪のオフグリット民泊」をされていますよね。工場と環境は切り離せない関係ですが、エネルギーや暮らしのあり方としてどんなことを実感していますか?

浅井治彦さん(以下、浅井) 自分はプロダクトデザイナーなので、環境に対しての影響力が念頭にあります。日本はエネルギーも食材もかなり輸入に頼っていて、状況が少し変わると厳しい状態になる。エコを研究していくと、「暮らし全体がエコになってないとちょっと話にならないぞ」という思いに至りました。そこで、9坪の高断熱・高機密の極小住宅を建てて、電線を引かず、太陽光発電と高性能蓄電池を組み合わせた自家発電で暮らしてみたら、何の問題もなく暮らしができるのですね。その快適さを知ってほしくて、僕らが使う以外は民泊として貸し出しています。暮らしのイノベーションというキーワードにものづくりが関わってくると、多摩は素晴らしい場所になるのではと思います。

オートバイなどのデザインを担当したあと、独立して無印良品など多くのエコデザインを手がけてきた浅井さんは、「『エコだから買う』という人はいない。売れるエコとは何か考える」と話す。エコについてしばしば語られる「3R」には、本来「refuse(否定して、考え直す)」という第一段階があるという
オートバイなどのデザインを担当したあと、独立して無印良品など多くのエコデザインを手がけてきた浅井さんは、「『エコだから買う』という人はいない。売れるエコとは何か考える」と話す。エコについてしばしば語られる「3R」には、本来「refuse(否定して、考え直す)」という第一段階があるという
浅井さんが総合プロデューサーとして完成させた「9坪のオフグリット民泊」は、「日本エコハウス大賞2024」で最優秀賞に輝いた。詳しい情報は、ゆめゆめ株式会社のホームページ「千葉の家」のページで見ることができる
浅井さんが総合プロデューサーとして完成させた「9坪のオフグリット民泊」は、「日本エコハウス大賞2024」で最優秀賞に輝いた。詳しい情報は、ゆめゆめ株式会社のホームページ「千葉の家」のページで見ることができる

萩原 多摩エリアには美術系の大学がたくさんあって、研究所や工場もあって、ものづくりのポテンシャルはとても高いと思っています。埼玉を中心に、全国のいろいろな産地を見ていらっしゃる影山さんからすると、どのような可能性があるでしょうか?

影山和則さん(以下、影山) ものづくりに魅力を感じて集まってくる若い人たちの存在が、とても大切だと思います。地方に行くのはハードルが高いですが、埼玉も多摩も、近場の移住なんですよね。利便性が高くて、都心に通うことだってできる。ということは、魅力さえあれば若者が集まる可能性はかなりあると思います。

著書『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン〜ある公設試験場指導員の80→90年代奮闘記』の出版を記念して開催された「産地とデザイン会議」は、2012年から10年にわたって続いた
著書『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン〜ある公設試験場指導員の80→90年代奮闘記』の出版を記念して開催された「産地とデザイン会議」は、2012年から10年にわたって続いた
「今動かないと日本のものづくりは滅んでいく。産地の中での活動するデザインのあり方をどこかでやめてしまった結果では」と話す影山さん。「幸せなものづくりと産地に必要な資源は、地域力と文化、人、プロダクト、資金」だと分析する
「今動かないと日本のものづくりは滅んでいく。産地の中での活動するデザインのあり方をどこかでやめてしまった結果では」と話す影山さん。「幸せなものづくりと産地に必要な資源は、地域力と文化、人、プロダクト、資金」だと分析する

新山 僕たちの地域で注目しているのは、「ものづくりにもデザインにもまちづくりにも興味ないけど、なんか越前鯖江が面白そう」という人たち。有名なシェアハウスがあって、そこに来てニートしてるんですよね。すると、地元の職人さんが「暇ならちょっと手伝ってくんない」と声をかけて、「お前、結構仕事できるな!」となって就職するケースが生まれ、今、ニート0なんです。越前鯖江には、「自分がいても大丈夫そう」という心理的安全性と、居場所と舞台があると思います。昔から人とものの流通がある地域なので、移住した人を受け入れる素地も、新しいものを取り入れるアグレッシブさもあるから、「なんかやろうかな」「いいじゃん、やりなよ手伝うよ!」と物事も進みやすい。そうやって成功体験ができて成長していく、という流れができているなと最近感じています。

「一旦否定して、別の問題解決がないか考えてみることでイノベーションデザインになる」と浅井さん。本質的なデザインは形や色ではなく仕組みにあると捉えると、工場のつくり方や伝統産業の引き継ぎ方の発想も豊かになる
「一旦否定して、別の問題解決がないか考えてみることでイノベーションデザインになる」と浅井さん。本質的なデザインは形や色ではなく仕組みにあると捉えると、工場のつくり方や伝統産業の引き継ぎ方の発想も豊かになる

西村 どういう地の利があって、なぜ人が集まってきて、どういう暮らしがあったのか。場所の歴史を1回しっかり学んで、それをリフューズして、忘れて、また組み立てていくことって大事ですよね。

影山 秩父の織物の調べ物をしたとき、資料がなくて実は八王子の組合に来たことがあります。何年にどこの工場で作られたっていうサンプルがしっかり残っていて、八王子に関東近辺のものが集まって栄えた歴史があるのは間違いない。そういうことを学んで、若い人にどう伝えて、そして若い人がどういう風に咀嚼してものづくりにしていくか、というところに可能性を感じます。

萩原 こんなに人との距離が近いところで、ものづくりが綿々と続いてる国ってないんですよね。工場っていうと近代以降の話になりがちですが、日本の歴史を振り返ると、これからどうすべきかというヒントがある気がします。ものづくりをしたい人が全然いないという実感もある中で、皆さんのお話から、関わる人たちの幸せを含めて、どのように環境を整えていけばいいのかというテーマが見えてきたように思います。

近所にある工場、今は姿を消しているけれど地域の産業を支えてきた工場。その中身や歴史を紐解いてみると、ものづくりと密接につながる人々の暮らしが見えてきます。そこには、デザインの力をものづくりにどのように注いでいけばよいのか、今この時代にどのように人を集めるのか、たくさんのヒントが隠されているようです。

デザインセッション多摩2024 特設サイト
https://meide.jp/dest2024/

明星大学デザイン学部
https://meide.jp/

221view
Loading...