都市農業の活性化を目指し、株式会社エマリコくにたちを設立した菱沼勇介さん。連載最終回では、国立に2店舗をもつ飲食店の経営について、そして会社の事業を広げていく中で菱沼さんが大切にしていること、今後のプランについてなどをお聞きしました。そこには、まちづくりを軸に置きながらも“地元産”であることに頼りすぎないという、独自の戦略が見えてきました。
エマリコくにたちは、野菜の直売所だけでなく、同じ国立市の中で飲食店も経営しています。そのひとつ、くにたち村酒場は、しゅんかしゅんかの立ち上げから一年後にオープンしたワインバル。“30農家のくにたち野菜タパス”というキャッチフレーズがついたこのお店を、菱沼さんは、国立に農家があることを知ってもらうためのアンテナショップだと位置づけています。
「野菜の直売所は、基本的に料理が好きな人が買いにくるところだと思うんですけど、自分では作らなくても、食べたり呑んだりするのが好きな人もいますよね。そういう人たちにも、国立に農地があるということを違うルートから知ってもらいたくて、飲食店を始めました」
学生時代から、カフェの経営に携わっていた菱沼さんにとって、飲食店のオープンは夢のひとつでもありました。更に2017年の夏には、地元野菜を使った料理と、多摩地域を中心としたクラフトビールが楽しめるお店、CRAFT! KUNITA-CHIKAもオープンしました。
「僕自身が呑むのが好きというのもありますけど(笑)、クラフトビールは多様性があってすごく面白いんです。ワインよりも個性がわかりやすい。古民家の納屋で作っているようなところもあれば、歴史ある大きな酒造で作っているところもある。それは農家さんの個性を伝えるのに近いところがあります」
農業に限らず、食にまつわる街の職人“クラフトマン”の存在をもっと知ってもらいたいという思いが、菱沼さんの根底にはあるといいます。そのため、しゅんかしゅんかでも、野菜だけではなく、醤油やオイルなどの調味料、生パスタや豆腐など、多摩地域で製造された食品をたくさん扱っています。
一方、まちづくりという学生時代からの一貫したテーマを持つ中で、会社の経営者として菱沼さんが大切にしていることがあります。それは、地元産であることを一番の売りにしないこと。
「飲食店では特にそうですけど、地元の農業を残すために食べてくださいとか、地元のお店を使いましょうとか、言いたくないんです。だから、メニューの中でもそんなに主張していません。日常的に使ってもらうには、それだと主張が強すぎる。お客さんにとって一番大切なのは美味しいことなので、まずは品質を上げることが第一だと思っています」
“これって国立産だったんだ”と、食べた後から気づいてもらうくらいがちょうどいいと菱沼さんは言います。お土産品のような、一度きりの特別なものではなく、毎日のように食べてほしいからこそ、地元産ということをあえて強調しない。それが、暮らしの中で定着していくためには、大切なことなのかもしれません。
国立の生活に拠点を置きながら、次々と新規事業を立ち上げているエマリコくにたち。事業拡大とともに従業員も増えていく中、菱沼さんは、会社のリーダーとして舵を取る部分と、人にしごとを任せる部分のバランスをどのようにとっているのでしょうか。
「うちの組織のモットーは、自由、信頼、情報共有なので、それぞれの能力があれば基本的に全部任せてもいいと思っています。マニュアルみたいなものは特になくて、情報共有ということを大事にしています。今、それぞれの現場がどんなことをしているのかが互いにわかっていれば、人間そうそう正反対のことはやらないだろうと」
実家が農業で野菜が身近にあった人、国立出身で国立から出たことがない人。はたらく動機はそれぞれで、全員がまちづくりの意識を持っているわけではないと言います。それでも、スタッフみんなが活き活きとしごとをすることが、結果的に地元の農家の人たちから信頼を置いてもらえることにつながっているのでしょう。
「よく、スタッフの個性が強いねって言われます(笑)。でも、ただ個性的な人の集まりでは、まとめるのがただ大変なだけで、会社ではない。プロフェッショナルの集まりでないといけないといつも思っています」
都市農業と向き合い、学生時代から培った人とのつながりを活かして国立で事業を広げてきた菱沼さん。この先にも、まだまだプランはあるようです。最後に、今後の展望についてお聞きしました。
「東京の農業には、地方の農協(農業協同組合)のように、共同選別や販路指導みたいなものがほぼないんです。それぞれの農家さんが、自分で最新の農業技術や種の情報なんかを勉強したり、互いに情報交換したりしている。今後は直売所や飲食店だけではなく、農家さん同士の横のつながりを作ったり、生産調整を行ったり、販路を紹介してあげたり、そういう商社のような役目もどんどん担っていけたらいいなと思っています」
生産者と消費者の距離が近い都市農業は、都市と地方の真ん中にある多摩だからこその特色です。野菜という豊かな恵みと、緑という景観を次世代に残していくためにも、農業が市民にとって、もっと身近なものになってほしい。そんな菱沼さんの情熱と先を見据えた視野の広さが、国立の街や、都市農業をこれからも盛り上げていくのでしょう。(安達)
#3 地元産という言葉に頼りすぎない
株式会社エマリコくにたち 代表取締役。1982年生まれ。一橋大学商学部在籍中、国立市にある富士見台の商店街活性化プロジェクトに携わり、Caféここたのをオープン。卒業後、三井不動産に入社。三年後に退職し、アビーム・コンサルティングに入社。同年退社し、NPO法人地域自給くにたち事務局長に就任後、2011年に株式会社エマリコくにたちを設立。その後、野菜の直売所しゅんかしゅんかを3店舗、くにたち村酒場、CRAFT! KUNITA-CHIKAなどを、次々とオープン。
http://www.emalico.com