シェアキッチン6年生、店を持つ

2022.05.12
シェアキッチン6年生、店を持つ

2021年9月、東大和市駅の近くにオープンしたベーグルとスコーンの店「クリカ食堂」。オープン当初から話題を呼び、一躍、人気店になりました。2019年にリンジンで公開した取材記事「主婦が食堂をはじめるまでの道程」でもご紹介したように、店主の栗栖佳代さんは、食のしごとを小さく始め少しずつ育ててきました。ついにシェアキッチンを卒業し、念願の店舗を持った栗栖さんの言葉には、チャレンジを積み重ねてきたからこそ言える実感がこもっています。

お店を持ちたい、持ちたくない、の波の間で

「『自分の店を持つなんて考えてない!』と言っていた時期もあったんですけど、本当はずっとやりたかったんだと思います。これまでを振り返ってみて気づきました」

こう話すのはクリカ食堂の店主、栗栖佳代さん。栗栖さんは会社員時代に体調を崩した経験から、“食の大切さを伝えたい”と、飲食のしごとを志します。友人のケーキ店のサポートや、料理スクールの講師を経て、クリカ食堂として活動開始。ベーグルをマルシェで販売したり、自宅で教室を開いたりと活躍の幅を広げてきました。2016年からはシェアキッチン「学園坂タウンキッチン」を利用して営業してきましたが、2021年、ついにシェアキッチンを卒業し、念願の自分の店を開きました。

クリカ食堂は、東大和市駅から徒歩3分。角地に位置している
クリカ食堂は、東大和市駅から徒歩3分。角地に位置している

シェアキッチン時代、「自分の店を借りたいと思うときと、そうでもないかなと思うときの波があった」という栗栖さん。

「初めて物件を見に行ったのは、学園坂タウンキッチンの利用を始めて間もないころでした。夫に相談すると『時期尚早じゃない?』、タウンキッチンの北池さんからは『一般的に家賃の約10倍の月間売上が必要ですが、大丈夫ですか』と言われて。『うーん、大丈夫じゃない』と思ってやめました」

その後、“借りたい”“借りない”の気持ちの波を繰り返しながらも、内見をしたり、設計事務所や厨房機器の会社に問い合わせたりと、動き続けます。のちにクリカ食堂となる物件を見つけたのは、2021年2月末のこと。「いよいよ家の近くに場所がほしいと思って」、探すエリアを少し広げて自転車に乗って出かけたところ、理想的な空き店舗に出会ったのです。

「何年も探していたので、理想の物件のイメージはすっかりできあがっていました。まずは1階であること。そして角地であること。角ならお客さんに壁沿いに並んでもらえますから。それに、ここは隣が駐車場なので、列ができても個人宅にご迷惑をおかけしにくい。『あ、ここなら大丈夫だ』と思って」

シェアキッチンでの営業を続けるうちに行列のできる人気店になっていたクリカ食堂にとって、お客さんの並びやすさは必須条件でした。栗栖さんは1週間後、内見に行きます。

「思ったより広かったです。『自分に回せる店はこれくらい』と想定していた広さの2倍。予算も2倍です。でも、いろんなことができるかもしれない、とも思ったんですよね」

ベーグルとスコーンの専門店、クリカ食堂。店主の栗栖佳代さん
ベーグルとスコーンの専門店、クリカ食堂。店主の栗栖佳代さん

行けるところまで行こう

想定より大きな物件を借りられるのか。検討するために、栗栖さんはいろんな人に相談することにしました。

「まずは夫に『いい物件があったんだ』と話してみたところ、『で?』(笑)。『それだけの情報で僕が賛成すると思ってる?』と。たしかにそうですよね。けれど、かつては『時期尚早』と言われたことを思えば、反応がすっかり変わっている。この人に『Yes』と言わせる情報を集めようと思って、信頼できる人に相談していきました」

厨房機器メーカーではたらく人、工務店ではたらく人……。栗栖さんの周りには、数多くの相談相手がいます。子どもつながりのママ友やパパ友、そしてシェアキッチンでの6年間で生まれた様々なつながりを頼りに、図面を手に相談しては、必要な費用を試算していきました。

営業日にはベーグルやスコーンがショーケースに並ぶ。12時オープンで、14時過ぎには売り切れる日が多いのだとか
営業日にはベーグルやスコーンがショーケースに並ぶ。12時オープンで、14時過ぎには売り切れる日が多いのだとか

並行して、厨房に置くオーブンの検討を進めていきます。開店にあたって大きな初期投資となるオーブンは、ベーグルやスコーンの味の決め手となる大切な商売道具。数社のショールームを訪問してテストベイクを行い、4月末には採用するオーブンがすでにほぼ決定していたと言います。

「早いうちから検討に向けて動き始めていたんですよね。できることは今のうちに全部やっておこうと。そうしないと、物件が決まったときに出足が遅れてしまいますから」

シェアキッチンでの週1日の営業は続けながら、新店舗オープンに向けた準備を着々と進めていきます。試算を進めるうちに自己資金では足りないことが判明しましたが、地元の商工会に相談して事業計画書を練り上げ、国庫から融資を受けることができました。

「これまで他の物件も検討してきましたが、いつもどうすることもできない理由で止まったんですよね。だから今回も、だめなときは止まるかなって。でも、一生懸命やったことは必ず次につながるし無駄にはならないから。行けるところまで行こう、という気持ちでした」

テイクアウトのお店としては広めの店内。奥が厨房になっている
テイクアウトのお店としては広めの店内。奥が厨房になっている

「やりたい!」をやれる方法を考える

かくして、内装工事を経て、2021年9月にオープンしたクリカ食堂。週2日の営業ながら、多くのお客さんで賑わっています。今、シェアキッチンでの経験を振り返って、栗栖さんはどう思うのでしょうか?

「今に活かせていることばかりですね。シェアキッチン1年目は、キッチンを借りて出張販売するのみで、店舗としてはやっていなかったんです。2年目から、『そろそろ毎週営業しても大丈夫かな……?』と恐る恐る始めて。シェアキッチンで試行錯誤した経験の先に、今があります」

シェアキッチンでの6年間は、キッチンをシェアする仲間やスタッフと「こんなことをやってみたい」「じゃあやれる方法は?」と、考えては試してみることの繰り返し。メニューの開発や、売上アップの施策、他店とのコラボなど、あらゆることに挑戦してきました。栗栖さんのお話ににじみ出る、“トライ&エラー、そしてまたトライ”の姿勢は、シェアキッチンでの経験からつながっているのかもしれません。

新店舗の内装工事の様子。タウンキッチンのシェア施設を通して交流が広がった建築設計事務所studio83が設計を手がけた
新店舗の内装工事の様子。タウンキッチンのシェア施設を通して交流が広がった建築設計事務所studio83が設計を手がけた

事業計画書を作る上では、シェアキッチンで積み重ねた日々の“売上日報”も大きな支えになったようです。

「過去の売上日報を見れば、ベーグルをいくつ作れば、いくらの利益になるかがわかります。ですから、週2日営業で利益を出していくためにはどうしたらよいか、計算するために使ったんです。店舗の動線が良くなることやスタッフの成長も踏まえて、いくつものパターンをシミュレーションして。その表は自分で見ても圧巻です(笑)」

一般的に土日勤務がマストとされる飲食業。「食に関わるしごとをしたい」と思っていても、家庭の都合などで実現できない人も多いのだとか。週2日営業にしたのは“余白”を持つためでしたが、結果的に、土日勤務なしで食に関われる職場になりました。「そんなはたらき方があってもいいと思うんです。ただ、お客様から『平日は買いに行けない』というお声をいただいていることは心苦しくて。これからの課題です」。栗栖さんはそう話しています。

新型コロナ第6波で休校や休園が相次いだ2022年2月は、子育て中である自身やスタッフの出勤が危ぶまれた。そのため通常営業をやめて、お取り置きのみの営業にチャレンジ。「お取り置きはいつかやりたいと思っていました。ご迷惑もおかけしましたが、試させてもらう良い機会だったと思います」。お客様のお名前がわかって距離が縮まり、店への要望を聞く機会にもなった
新型コロナ第6波で休校や休園が相次いだ2022年2月は、子育て中である自身やスタッフの出勤が危ぶまれた。そのため通常営業をやめて、お取り置きのみの営業にチャレンジ。「お取り置きはいつかやりたいと思っていました。ご迷惑もおかけしましたが、試させてもらう良い機会だったと思います」。お客様のお名前がわかって距離が縮まり、店への要望を聞く機会にもなった

“できること”と“求められること”の接点を探る

シェアキッチンを卒業し、店舗を持って数ヶ月。「おかげさまで多くのお客様が来てくださるので、どうしたらもっとたくさん作れるか、どうやって確実にお届けするかスタッフと一緒に考えている」と栗栖さんは言います。忙しさに追われて自分たちの食がおざなりになる現状から、“まかない”も始めました。

「『食の大切さを伝えたい』と言いながら、ランチタイムに接客をしているので食べられない状況で。大事にしたいことが大事にできていなかったんですよね。まかないでスタッフや自分の健康を考えながら、新メニューの開発や、今後行っていきたいレシピ提案のしごとなどに活かせたらと思っています」

「たくさん作り続ける職人タイプではなくて、コミュニケーションを取りたいタイプ」と自身を評する栗栖さん。料理教室を復活させたいことも、週2日営業にした理由の一つ (写真:カフェとフォトハウス イロノハ サカモトケイコ)
「たくさん作り続ける職人タイプではなくて、コミュニケーションを取りたいタイプ」と自身を評する栗栖さん。料理教室を復活させたいことも、週2日営業にした理由の一つ (写真:カフェとフォトハウス イロノハ サカモトケイコ)

最近は、かつての自分のように小さくしごとを始めたい方から、声をかけられることが増えたのだとか。

「『どれをやったら良いか迷っている』とよく聞くのですが、全部やってみたらどうかなって思うんですよね。同時にやってみてもいいし、日を分けてやってみてもいい。手持ちの札をいろんな組み合わせで試してみてから、絞り込んでいくんです」

そして、「私自身、お菓子、パン、食堂と、やれることは全部やりきった感覚がある」と言って、こう続けます。

「やっぱり、しごととして続けられる形に落とし込むことが大事ですよね。自分にできてやりたいこと。そして、お客様が自分にやってほしいと思うこと。その接点、つまりしごとになるものを探るには、試してみて反応を見るしかない。収支が合うって、モチベーションになります。利益が出ない活動は『おしごとです』と言いづらい苦しさがあるなと」

“食の大切さを伝えたい”。その思いで飲食業を志し、何年にも渡って一歩ずつ前進してきたからこそ言える、実感のこもった言葉のように思えます。「失敗して恥を晒してばかりなんです……!」と言う栗栖さん。それでも、これまでのようにこれからも“トライ&エラー、そしてまたトライ”を積み重ね、心に描く理想をカタチにしていくに違いありません。

料理教室、レシピ提案、新メニュー。やりたいことがまだまだたくさんありそうです
料理教室、レシピ提案、新メニュー。やりたいことがまだまだたくさんありそうです

プロフィール

栗栖佳代

大学卒業後、大手自動車メーカーに勤務。退職後、ケーキ店やクッキングスクールでの勤務経験を重ね、2015年に自宅での料理教室をスタート、2016年に「クリカ食堂」として学園坂タウンキッチンにてベーグルやスコーンの販売を始める。2021年、東大和市に店舗をオープン。
https://www.instagram.com/kurikasyokudo/

以前ご紹介した取材記事

主婦が食堂をはじめるまでの道程

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