NEW WORKING連動企画「福生・昭島の実践者たち」の第2弾は、昭島市の青梅線中神駅近くにあるブックカフェ・マルベリーフィールドの店主 勝澤光さん。長年働いていた建材メーカーを辞めて、ご両親が営んでいた本屋を事業承継し、カタチを変えてブックカフェとしてオープンしました。ブックカフェという枠組みを超え、テイクアウト売場やギャラリースペースを開設し、サラリーマンや主婦、学生、シニア、家族連れまで、たくさんの地元の人が訪れるまちの人気店です。勝澤さんにこれまでの道のりをうかがうと、意外にも多くの失敗と試行錯誤がありました。
生まれも育ちも昭島市の勝澤さん。ご両親はまちで小さな本屋「かつざわ書店」を営んでいました。学生時代は、自分が本屋を引き継ぐとは想定していなかったとか。高校卒業後は中国留学を経て、インテリアデザインを学び、内装ドアの建材メーカーに営業職で就職。10年ほど勤め、漠然と起業を考え始めたのが30代前半の頃でした。
「両親のように自分で事業をしたい気持ちが何となくあって。建材メーカーで営業から、購買、商品企画、経理まで色々な仕事を経験する中で、“こういうふうに売り上げを立てていけば事業として成り立つんだ”という具体的な数字と根拠が見えてきたんです。それで、自分もできるかもしれないと」
そして、昭島市の区画整理でご両親の本屋の移転が決まったタイミングで、長年勤めた会社を退職し、本屋の道へ進むことに。高齢だったご両親は二人で新しい本屋を立ち上げていくのは厳しく、勝澤さんに声がかかったそうです。
「父に“箱だけ建てて貸すか、本屋をやるか、お前どうする?”と言われて。本の問屋さんから同じ立地の書店の売上予測データを見せてもらって、“このぐらい稼げるならいける”と感じ、自分も本屋をやることに決めました」
でも移転後に、思わぬ落とし穴に気が付きます。移転前に見せてもらった売上予測データは、インターネット普及前のもの。ネットショッピングが主流の今とは現実とかけ離れた数字だったのです。
「娘たちが大きくなって高い学費が必要になってきたらどうなるんだろう…」 3人の子どものお父さんでもあった勝澤さんは、この先の経営に不安を抱き、奮闘することになります。
一つの転機となる“事件”が起きたのは、2009年の頃でした。世界的ベストセラーとなった村上春樹さんの小説「1Q84」が出版された年です。
「1Q84は発売前からマスコミですごく話題になっていて、僕もワクワクしていたし、これはたくさん売れるなと思ったんです。でも、発売日当日の配本が、大きな本屋には山積みになるほど届いているのに、うちには上下巻一冊ずつしか届かなくてオープン後10分で完売して終了(笑)。“これからはマスコミや取次に振り回されず、自分で稼がないといかん!”と意識が変わりました」
そんなタイミングで、突然、勝澤さんのご親戚の裏山で採れ過ぎて余ったタケノコを本屋で売りたいと話があったとか。
「最初は意味のわからないことを言ってるなと(笑)。でも、本当に本屋の軒先で掘ったばかりの新鮮なタケノコをごろごろ並べて、1本500円で販売したらすぐにお客さんが来て一日ですごく売れた。1〜2週間タケノコを売り続けたら、1Q84を400冊ぐらい売った計算になったんです。それまで本屋はまちに必要とされていないと感じていたけど、タケノコで人が集まるのを見た時に、何か商売の方法を間違えていた部分があるなと。これがタケノコ事件(笑)」
こうして本屋と他のビジネスの両立に手応えを感じた勝澤さんは、市役所で野菜の生産者を紹介してもらい、地元の野菜を仕入れて本屋の軒先でフレッシュマーケットを開催。また、近所にパン屋がないというまちの人の声に応えパンを仕入れたり、昭島の美味しい水を使った豆腐を販売したり。
「今でこそ本屋に野菜は面白がられるかもしれませんが、当時は売上のために必死でした」と笑います。
「本以外のモノは売れても、本業のはずの本が売れない…」今のマルベリーフィールドの原点であるブックカフェは、そんな違和感から始まりました。
「ちょうど代官山蔦屋がオープンし、ブックカフェが注目されてきた頃で、うちもやってみようと。本屋に比べると飲食業は利益率がいい。あの頃は、深い信念を持って始めたというよりも、とにかく本屋を儲かる事業に変えていかなきゃという思いでした」
そして、国の事業継承補助金を活用し、本屋を改修してブックカフェ・マルベリーフィールドをオープン。お店のイメージは何となくありましたが、勝澤さんは飲食業界未経験。「今から考えると恐ろしい(笑)」と、当時を振り返ります。周りのレストランや珈琲屋、カフェに足を運び、店内の様子やメニューを細かくリサーチし、見様見真似でお店のメニューやレイアウト、営業時間などを固めていったそうです。
当初は本屋の運営に加え、調理や接客もほぼワンマンで行っていたという勝澤さん。けれども、オープン後数ヶ月でお金が回らない状況に直面します。ブックカフェに訪れるお客様は読書を楽しみ、居心地が良いからコーヒー一杯で滞在時間が長くなる。でも、居心地が良いからこそ、経営的には回転率が悪い。
そんな時に勝澤さんを救ってくれたのが、師と仰ぐ先輩経営者の存在でした。人の紹介を通してつながりのあった八王子にある洋菓子店の経営者が、何度もお店に来てくれて現場目線の客観的な意見やアドバイスをくれたのです。
「売上計画を見てもらうと、“こんな数字出せるわけないじゃん”と言われて(笑)。僕は経理マンの経験があったので良くできた事業計画書は作れたんですが、苦労して現場で売上を作ってきた経営者から見ると、現実と違う都合の良い数字を作ってしまっていたんですね。それで、“テイクアウトもやれば?”と、飲食業経験のない僕が作れそうな食べ物を一緒に考えてくれて。サンドイッチなら片手で食べられて本とも合うなと」
こうして、イートインに加えてサンドイッチのテイクアウトも始めたことで人を呼び、経営がやっと軌道に乗ってきました。
ブックカフェの本棚には、絵本から実用書、小説、人文系、情報誌まで、たくさんの本がズラリ。どんな基準でセレクトをしているのでしょうか。
「例えば、貧困・健康・SDGsなど、隔月でテーマを決めて、学生から50代の方まで10人のスタッフが全員で本をセレクトしています。インターネットでは自分に都合の良い情報が入ってきやすいですが、年齢も経歴も様々なスタッフの選んだ本を並べることで、物事を多様な側面から見て、自分で考えたり判断したりできる。僕たちが押し付けるのではなく、一つの道標になればと」
勝澤さん自身、ずっと本屋自体で利益を出せないことに違和感を感じていましたが、今は本があることがお店の価値になっていると言います。
「実は、本屋に見切りをつけていた時期もありました。でもこのまちに本屋はなくなったら寂しいという声もあって続けていたら、今はむしろ本があることがすごく強みになっている。単にコーヒーが飲めるカフェでなく、本を通して新しい知識を広げられて、人が集まる。事業を多角化して安定したおかげで、好きな本を並べられるのは良い商売の循環だなと」
そして、青空の下でコーヒーを飲みながら本を読めるように、配達用の車を改造して移動型のブックカフェもスタートしました。
2019年には、地下にあった事務所兼倉庫を改装して、ギャラリースペース「カフェサイドギャラリーM」がオープン。その背景には、試行錯誤しながらお店を経営してきた勝澤さんだからこそ、新しく事業を始める人を応援したいという強い思いがありました。
「事業を立ち上げて、最初は上手くいっても続かないことが多い。そんなケースを僕はいくつも見てきました。そんなこともあって、うちの軒先やカフェを貸して、新しく事業を始める人たちのお手伝いをしてきて。いきなりお店を持つのではなく、試しに商品を販売したりワークショップしたり、お客さんをつけられる場になればと、ギャラリースペースをつくりました」
そんな勝澤さんのもとには、昭島市内をはじめ市外からも開業したい人が相談に訪れることもあるそう。自分自身が経営につまずいた苦い経験から、事業を始める際には「アートとサイエンスのバランスが大事」だと語ります。
「アートは“こんなことをやりたい”という情熱で、サイエンスはそれを裏付ける数字。どうしても情熱の部分に目が行きがちだけど、数字とのバランスで事業が伸びていく。もちろん計画通りには行かないけど、事業を“ヨーイドン!”と始める前にやりたいことと数字的な根拠の精度を高めて熟成させる必要があるかと。そして、その計画を税理士や会計士とは別の視点で、実際に商売をしている先輩に見てもらうと良いと思います。昭島市は人口も少しずつ増えているし、感度がいい人やセンスのいい人たちも多いので、ビジネスを始める場所としては悪くないと思いますね」
開業したい人や、知識を求める人、何かを発信したい人、誰かと話したい人…、マルベリーフィールドは、今やまちの人が集まる「コミュニティスペース」になっています。
「今、うちでは地域の面白い人や取り組みなどのニッチな情報を発信しています。例えば、大人の教養講座と題して、地元のお坊さんを呼んでマインドフルネス講座をしたり、お茶の生産者さんの直伝の美味しいお茶の入れ方教室をしたり、パン職人さんのドイツパン教室をしたり。そうすると、テーマに興味がある方が集まってお客さん同士が自然と仲良くなるんです。これからも、本屋が前身だったことを大切に、“知”を通して、まちのコミュニティを形成していきたいですね」
一つひとつの失敗を転機に新しいことに挑戦し、まちの人の“これがあったらいいな”という声を汲み取りながら、ユニークな本屋のスタイルをつくってきた勝澤さん。マルベリーフィールドは、ブックカフェ・本屋として地域のコミュニティスペースとして、まちになくてはならないお店として愛され続けていくのでしょう。
2007年 住宅建材メーカーを退職
2008年 先代のかつざわ書店に入社。店舗が移転し、経営などを担うように
2009年 店頭や店内で地元の野菜やパンなどの販売を開始
2013年 正式に事業継承し、ブックカフェ・マルベリーフィールドをオープン
2014年 テイクアウト窓口を新設し、サンドイッチ販売開始
2019年 地下の事務所と倉庫を改修し、ギャラリースペースを新設
2021年 オンラインショッピングサイトと移動型ブックカフェをスタート
昭島市生まれ・昭島市在住。ブックカフェ・マルベリーフィールド店主。建築資材メーカーで営業や経理などの経験を積み、経営の基礎を習得。両親の「かつざわ書店」の事業を引き継ぎ、2014年にブックカフェ・マルベリーフィールドをオープンさせた。書店の枠を超え、ワークショップや個展のイベントの開催など、地域のコミュニティスペースとして幅広い事業を手がける。奥さんと娘3人の5人家族。
「NEW WORKING」は、福生市・昭島市の魅力創出を目指すワークゼミ&コンテスト。「まちにあったらいいな」というアイデアを募り、地域に根差した新しい事業へと成長を後押しします。あなたの小さなアイデアを、まちで大きく育てましょう。
福生、昭島市内で事業アイデアをお持ちの方
・創業前および創業して間もない方(概ね5年以内)
・申請時点で15歳以上の方
※団体、個人、法人は問いません
※居住地、本店所在地は問いません
※業種業態は問いません(ただし、公序良俗に反せず、社会通念上適切と認められるものに限ります)
グランプリ 1名 30万円
準グランプリ 2名 10万円
※受賞後から令和6年1月30日までに福生、昭島市内での開業が条件です
各種ビジネス支援
・専門家によるハンズオン支援(経営、財務、販路開拓、人材育成など)
・融資相談、店舗事務所の物件相談
エントリー
11月14日(月) 23:59 締切
「まちにあったらいいな」と思うお店やサービスなど、自由な発想で事業アイデアを募集します。
ワークゼミ
11月19日(土)13:00-17:00
@福生市もくせい会館
エントリーいただいた方を対象にワークゼミを開催。アドバイスを受けながらアイデアをブラッシュアップします。
1次審査書類の提出
12月12日(月)23:59 締切
各自が事業アイデアを書類にまとめて提出。いよいよファイナリストを選出します。
最終審査会&グランプリ発表
1月29日(日)12:30-18:00
@TOKYO創業ステーションTAMA イベントスペース
選ばれたファイナリストが、プレゼンテーションを行い、グランプリ・準グランプリを決定します。
福生・昭島地域の未来をつなぐ協議会(構成団体:福生市、昭島市、福生市商工会、昭島市商工会)
公益財団法人 東京都中小企業振興公社
株式会社タウンキッチン