まちでお店を上手くはじめるには、方程式があります。「『私はこんなことをしたい』と口に出しておけば、誰かが私を思い出して声をかけてくれるんです」と話すのは、小金井市で「サビネコ食堂」を営む櫻井百理さんです。紆余曲折を経て店舗を持つまでの軌跡を伺うと、折々にまわりに居たユニークな人びとの横顔が浮かんできました。
まちの人々が足繁くめざすのが、2025年5月に常設店をオープンした弁当屋、サビネコ食堂。体にやさしく食べ応え満点の玄米弁当は、開店1時間ほどで売り切れるほど。これまでを振り返り、店主の櫻井さんはどう感じているのでしょう。
「できないことも多いですが、料理はできたんです。ちょっと料理が嫌になることはあっても、周りから『いいね』『すごいね』って言われ続けたのが料理で、みんなが美味しいって言ってくれるなら明日も頑張ろうと。今でも『本当にいいのかな?』って思うこともありますが(笑)、自分ができることを長い時間かけて見つけてきたんだと思います」
櫻井さんにとって、料理と並び、もう一つの大きなカギとなるのが、人との結びつきです。
「人脈を広げようという意識は全然なくて、『私はこんなことをしたい』『これができる』ってどこかでぽろっと口に出しておくと、誰かが『あの人がいた!』って私を思い出して声をかけてくれるんです。自分で言わなければ誰も気づきませんから。私はお酒が好きなので飲みながら喋ることも(笑) それが今にもつながっていますね」
一体どんな出会いが、櫻井さんを前に進めてきたのでしょうか。
阿佐ヶ谷の中華料理店の厨房担当を経て、インテリアブランドIDEEが手がけていた南青山のエスニック料理店Rojakで働き、“好きなこと=料理”と確信した櫻井さん。その後、友だちから「あなたが絶対に好きだと思うから働いてほしい」と提案されて勤めたのが、西荻窪のカフェ・レストランBALTHAZAR。そこで今につながる大きな出会いがありました。
BALTHAZARは、日本で初めての有機野菜の八百屋・長本兄弟商会が手がけるカフェ・レストランで、当時は、創業者の長本光男さん(通称ナモさん)とその家族が中心となって営業していました。
「ナモさんはアメリカ帰りで、いわゆるヒッピーと呼ばれるタイプの自由で不思議な方でした。野菜の味を生かすことに並々ならぬこだわりを持っていましたが、ベジタリアンやヴィーガンではなく、魚も肉も野菜もうまいものはうまいものでいいじゃないかと。それって私もすごくそう思うんです。いろいろな食材や調理法のいいとこどりでつくろうと」
BALTHAZARの料理をはじめて食べたとき、櫻井さんは大きな衝撃を受けたといいます。季節や産地による味の違いにアンテナを張り、食材と相談しながら調理法を工夫するナモさんの美学が、櫻井さんの料理の原点となりました。
「味つけは少しの塩だけ。食材そのものの味を引き出した料理がなんとおいしいことか!ソースなどで味を決める教科書通りの調理法にとらわれ、凝り固まっていた考えをひっくり返されました」
BALTHAZAR退職後、出産を経て小金井市に住まいを移すと、子育てを通して自然と地元のつながりが生まれていきました。中でも、ママ友との縁は大きかったと言います。
「今も、一番一緒に飲みに行ってるのが幼稚園のママ友たち(笑) 長女の幼稚園は縦割り教育で保護者のつながりもいい意味でぐちゃぐちゃで。毎日会うから、自然と仲良くなったんです。ママ同士で『これが得意』『こんなことをやりたい』と言いながら、『それ面白いからやろう』と何かがはじまることも多くて。手芸の会をしたり、みんなでたくあんをつくったり、こだわりのある面白いママが多かったんです」
そして2013年に、ママ友から調理の仕事の話が舞い込みます。小金井市の住民・行政・大学の連携で開設され自然エネルギーを取り入れた住宅型研修施設「雨デモ風デモハウス」(環境楽習館)にあったカフェで、吉祥寺でタイ料理店「アムリタ食堂」を営む安達亜紀さんがプロジェクトに関わっていました。
「ママ友が『料理ができる人を探してるよ』声をかけてくれたんです。1カ月後に閉店するカフェで週1回だけという条件で。次女が生まれたばかりで心配もあったけど、亜希さんの末っ子も次女と同じ歳で、『私も赤ちゃんをおぶってるから大丈夫!』と言ってくれて、私も堂々とおんぶして営業しました(笑)」
その後も亜紀さんの紹介で、現在の小金井市観光まちおこし協会会長であるマスター木村(木村秀穂さん)のカフェを手伝うことに。小金井市役所前の名物ビル「シャトー小金井」2Fにあり、NPO法人アートフル・アクションが運営するギャラリーがあるカフェでした。
「シャトーのカフェでは毎週飲み会が開かれ、私が料理をつくってました。マスター木村と、今は環境楽習館の館長でイベントなどを手がけている阿部ちゃん(阿部裕太朗さん)という濃いキャラがいて、小金井界隈の有名人が集まってた(笑) 高架下開発を進めていたJR中央線ラインモールの鈴木幹雄さんに『タウンキッチンの北池くんって知ってる?』と言われたり(笑) ここで顔見知りや友達がバッーと増えましたね。『この料理美味しいね、誰がつくったの?』って言ってくださる人もいて」
それから、アートフル・アクションが、武蔵小金井にあるはけの森美術館に附属するカフェの運営権を取得したことで櫻井さんに声がかかり、「Musashinoはけの森カフェ」の調理スタッフに。ママ友を誘って一緒に営業していましたが、建物の不具合で2022年から長期休業となってしまいました。
そんな櫻井さんに手を差し伸べたのが、ご近所で農業を行いながら惣菜を移動販売している「PARITALY(パリタリー)」の江頭みのぶさんでした。
「みのぶさんもシャトーで出会ったすごい人。私が『PARITALYで働かせてください』と言ったら、『惣菜をつくってくれたらもっと畑に行けるようになって助かる』って。イベント前などみのぶさんが忙しい時に数時間行って、ポテサラを2キロつくったりしてましたね」
PARITALYでゆるやかにはたらく中、休業していたはけの森カフェが閉店。そして、東小金井駅近くの高架下にある、シェアキッチン・常設店・キッチンカーなどの飲食店や物販店が集まるMA-TOでの出店を決意します。
「ママ友に『好きそうだから行ってみたら?』と勧められてMA-TOを知って。はけの森カフェの閉店が決まった次の次の日に、シェアキッチンの募集を見つけて申し込みました。自分のお店で何をやろうかと考えたら、BALTHAZARからつくってきた玄米ご飯があるじゃないかと。将来は食堂をやりたいので、食堂で出したい玄米ご飯と野菜のお惣菜をお弁当にしようと決めました。お店の名前は、はけの森カフェで働いていた頃に保護猫活動団体から譲り受けたさび猫がすごく可愛くて…! 愛猫とやりたいことを足してサビネコ食堂にしたんです」
こうして、肉か魚のメインディッシュと、地元で採れる旬野菜を贅沢に使う副菜が種々の入った玄米弁当が誕生。2022年秋にオープンしたサビネコ食堂は、週1営業にして1日40食を売り上げる繁盛店となりました。
オープン1年後には、営業日を増やしてほしいというお客様の声に応えるためにも、シェアキッチンから常設店の区画へ移動。入れ替わりで退去する人からオーブンやシンクを譲り受けたり、武蔵小金井で内装業を営むワイズマンコーヒーを紹介してもらったり、MA-TOの店主たちの協力で形になっていったそうです。
「シェアキッチンの頃から他の店主さんに『こうした方がいいよ』と教えてもらったり、区画を超えた店主同士の交流もあって。それに、MA-TOは色々な飲食店が集まっているから、新しい常連さんが増えて面白いんです。お隣がおしゃれカフェでコーヒーを飲みながら弁当を選んでくれたり、キッチンカーのお弁当を待っているお客さんがうちのおやつを買ってくれたり。あまり東小金井の方には来ないという地元の方も結構いるので、MA-TOのみんなで盛り上げたいと思ってます」
ゆっくりと着実に、「やりたいこと」をしごとにしてきた櫻井さん。最後に、まわりの人びとを惹きつけ、協力を得てこられた秘訣をうかがうと、こんな答えが返ってきました。
「強いて言えば、知ったかぶりをしないことかな。わからないことは必ず人に聞いたり、調べたり。あとは、ニコニコして感じよくいたいと思っていて。それは自分の機嫌をとるためにやっているんだけど、まわりの人たちにとってもプラスにはたらいているのかもしれませんね」
どこでも自然体でニコニコと自分の「したい」をしっかりと口にしていく櫻井さん。それが、さまざまな人の協力やアイデアを引き出すカギになっているのでしょう。(おおた)
栃木県出身。中学生と高校生の娘がいる。宝飾会社のOLを経て、阿佐ヶ谷の中華料理店やIDEEが営むエスニックレストラン「Rojak」など、複数の飲食店で調理の経験を積み、西荻窪の名店「BALTHAZAR」に勤務。出産後に小金井市に引っ越し、2017年3月より、「Musashinoはけの森カフェ」で調理を担当。2024年にM-TOのシェアキッチンで「サビネコ食堂」をはじめ、2025年5月よりM-TO内の常設店に移転した。https://www.instagram.com/sabineko.shokudo/
以前ご紹介した櫻井さんの記事
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