JR中央線発、ビール醸造で育む地域文化

2026.01.23
JR中央線発、ビール醸造で育む地域文化

2025年7月、小金井市に初のクラフトビール醸造所が誕生しました。JR東日本グループが初めて直営する醸造所兼タップルーム「中央線ビアワークス」です。場所は中央線の高架下。通勤や通学でたくさんの人が行き交う場所に、ビールを仕込むためのステンレスタンクと、気楽に腰かけられるベンチやカウンターが並んでいます。これまで“ただの通路”“ただの空き地”だった空間に、会話の声とクラフトビール醸造の香りや音が立ち上がる。そんな変化が、この場所には起きていました。なぜ、醸造へのチャレンジを選んだのでしょうか。まちづくりを考えるとき、クラフトビールはどのような機能を果たし得るのでしょう。

「地域文化としてのクラフトビール」という構想

中央線ビアワークスの運営を担うのは、中央線沿線と南武線の一部などで駅運営や商業施設の展開を行なう株式会社JR中央線コミュニティデザイン。駅の役割を広げながら、中央線沿線の賑わいづくりや文化醸成に取り組んでいる企業です。2020年には、約400mにおよぶ高架下の敷地に学生寮「中央ラインハウス小金井」を開設したことでも話題を呼びました。
駅というインフラを“通過点”ではなく、“暮らしの一部”として再定義する。その想いが、施設開発やイベント企画にも一貫して流れています。

そんなJR中央線コミュニティデザインは、クラフトビールを介して、どのような地域の姿を描こうとしているのでしょうか。新領域創造本部 地域活性化部の村松美桜さんと、駅員からブルワー(醸造担当)へと転身した平野智貴さんに話を聞きました。

地域活性化部のメンバーとして、ビアワークス以前にもさまざまなイベント企画に携わってきた村松美桜さん
地域活性化部のメンバーとして、ビアワークス以前にもさまざまなイベント企画に携わってきた村松美桜さん

村松美桜さん(以下、村松) 「中央線沿線の活性化を考える中で、近年、多摩エリアにクラフトビールのブルワリーが増えてきていることに注目したのがはじまりです。クラフトビールのイベントって、世代や属性を問わず、人が自然に集まるんです。お酒が好きな人だけじゃなくて、雰囲気を楽しみに来る人や、家族連れも多い。それに、作り手の顔が見える。作り手の考えや背景が、そのまま味や物語になる商品ですよね」

地域の素材を使い、土地のストーリーを背負ってつくられるクラフトビール。その存在は、JR中央線コミュニティデザインが掲げる“地域の文化を育てる”というミッションと、強く重なって見えました。
そうした着眼点をもとに、2018年から、地元企業との協力体制の中で「中央線ビールフェスティバル」をスタートさせ、その後も駅や駅ビル等でのホップの栽培にも取り組む「中央線・南武線ホッププロジェクト」を立ち上げました。育てたホップで醸造した「ぽっぽやエール」を商品化するプロジェクトも続いています。
まちのシンボルとなるような取り組みに育っている一方で、一過性のイベントという側面もあり、日常の暮らしやコミュニティにもっと息づかせていきたいという課題があったといいます。

村松 「私たちは、社員一人ひとりが自ら地域に関わり、地元の皆さんと一緒に地域の魅力を育み発信していく姿勢を大切にしています。だったら、『クラフトビールをつくるところまで自分たちでやってみたい』と考えたんです」

イベントではなく、日常的な交流の場をつくること。その答えとして浮かび上がったのが、自分たちでビールの醸造所をはじめるという選択肢でした。

村松 「業務委託という選択肢もありましたが、製造できる数量にどうしても制限が出てしまいます。みんなで地域のクラフトビール文化を育てていきたいと考えると、直営のほうが合っていると感じました。商品開発もより柔軟に対応できますし、お客様の声を直接聞きやすいというメリットもあります」

クラフトビール醸造は、突飛な挑戦ではなく、ビールという素材が持つ可能性を信じ、活動を着実に続けてきた先に生まれたのです。

場所は東小金井駅から武蔵小金井駅間の高架下。窓からは醸造所の様子が見える
場所は東小金井駅から武蔵小金井駅間の高架下。窓からは醸造所の様子が見える

高架下に生まれる賑わい

村松 「クラフトビールの醸造ももちろんですし、タップルームを併設したかったので、飲食店の直営も実はここでほぼ初めて取り組みました。社内で誰に聞けばいいのかも分からないし、これといった正解があるわけでもなくて、ずっと手探り。高架下ならではの条件も踏まえながら、自分たちが無理なく続けられることを前提に考えています」

少人数でも提供できるメニュー、シンプルな会計動線。制約を前向きに捉えながら、少しずつ形にしていったといいます。そうして準備を重ね、迎えたオープン。小金井市初の醸造所という話題性も手伝って、店の前には行列ができ、想像以上の人が足を運びました。

村松 「最初はちょっと意外だったんですが、ベビーカーで赤ちゃんと来てくださる方も多くて。『わたしたちのまちにビール屋さんができたんだね』って声をかけてもらえたのが、すごく嬉しかったです」

仕事帰りに一杯だけ飲んでいく人。週末に家族で訪れる人。クラフトビールを目当てに遠方から足を運ぶ人。その混ざり合いが、高架下という場所に、これまでになかった表情を与えている
仕事帰りに一杯だけ飲んでいく人。週末に家族で訪れる人。クラフトビールを目当てに遠方から足を運ぶ人。その混ざり合いが、高架下という場所に、これまでになかった表情を与えている
自社醸造のクラフトビールは現在3種。ビアワークスのタップルームをはじめ、JR系列の小売店など都内数十店に卸している
自社醸造のクラフトビールは現在3種。ビアワークスのタップルームをはじめ、JR系列の小売店など都内数十店に卸している

中央線ビアワークスの立地は、構想の初期段階から高架下を前提として考えられていました。駅ナカ、駅前と比べれば、電車で来る人のアクセスのよさは少し劣りますが、村松さんは高架下という立地特有の魅力も実感しています。

村松 「この場所は、住宅街や散歩道のそばにあって、生活の一部になっている一方で、頭上を中央線が走っていて電車の音が聞こえたり、高架下ならではの横に長い建物構造や、醸造設備が道から見える風景など、日常の中にありながらも“ちょっとした非日常”があるのかなと感じています。中央線の高架下で生まれた新たな空間を地域にひらき、わざわざ訪れたくなる場所に育てていきたいんです」

“つくる側”になって見えた景色

醸造を担当する平野さんは、かつて駅員として、駅の現場に日々立っていました。社内公募でクラフトビール醸造事業の立ち上げメンバーを募集していることを知り、「お酒が好き」「ものづくりが好き」という理由で手を挙げたといいます。研修先は、宮崎のクラフトブルワリー「宮崎ひでじビール」。数か月の研修を経て、小金井市に戻ってきました。

平野智貴さん(以下、平野) 「まっさらな状態で、ゼロからクラフトビールをつくる。わからないことが、本当に無限に出てきました。研修を終えて戻ってきても、もちろんそれで全部わかったわけじゃなくて。お店の準備をしながらまた疑問点を聞きに行ったりして、バタバタでした」

駅員時代の平野さん。稲城長沼駅の高架下で開催した子どもたち向けのイベントなど、イベント運営を担当したことも
駅員時代の平野さん。稲城長沼駅の高架下で開催した子どもたち向けのイベントなど、イベント運営を担当したことも

クラフトビールづくりにはさまざまな方針があります。新しいレシピを次々と生み出すブルワリーもあれば、同じ味を安定して作り続けることを重視するところもあります。

平野 「ビール作りで一番難しいのは、味を再現すること。酵母という生き物の力で発酵させてつくるため、毎回同じ動きをしてくれるわけはなく、味を再現したり、新しい味をつくるのは一筋縄ではいきません」

だからこそ、初めて仕込んだ日の感覚は、今でも強く印象に残っているそうです。
そして、それをしのぐ喜びは、仕込んだビールが自分の手を離れていった瞬間にありました。

平野 「『醸造所がオープンして嬉しかった?』ってよく聞かれるんですけど、正直、一番嬉しかった瞬間はそこじゃないんですよね。缶の販売がはじまったときは、まだここでしか売っていなくて、目の届く範囲だけの販売でした。でも、数ヶ月経って卸したビールがほかのお店に並んでいるのを見たときに、『あ、自分たちの知らないところにも届いてるんだ』って実感して、思わずぐっときました。それが一番嬉しかったです」

醸造所には工程を記したタンクが並ぶ
醸造所には工程を記したタンクが並ぶ
元駅員2名が醸造家となってビールを仕込んでいる
元駅員2名が醸造家となってビールを仕込んでいる

中央線ビアワークスでは、自社醸造にとどまらず、沿線のブルワリーや、これまでイベントを通じて関わってきた事業者とも、積極的にコラボレーションしていきたいと考えています。

平野 「クラフトビール業界は、競合同士でも応援し合う文化が根付いています。みんなで業界を盛り上げていこうという、あたたかい雰囲気があるんです」

イベントで出会い、ブルワリーを訪ね、実際に飲みながら話をする。そんな地道な関係づくりの積み重ねが、日本中で行われています。ビールは単なる商品ではなく、人と人、人と地域をつなぐ媒介になっているのです。

「定番のひとつはゴールデンエール。“小金井”の名から黄金に着想を得て、この土地で醸造をする意味と、僕たちつくり手の思いを込めています」と平野さん
「定番のひとつはゴールデンエール。“小金井”の名から黄金に着想を得て、この土地で醸造をする意味と、僕たちつくり手の思いを込めています」と平野さん

クラフトビールが小さなコミュニティをつくる?

ビアワークスを開業してちょうど半年。今、どのようなことを感じているのでしょう。

村松 「沿線にひとつの大きな拠点をつくるのではなく、小さなコミュニティやスモールビジネスをたくさんつくっていきたいと考えたときに、ビールは交流や人のつながりを生むとても有効なコンテンツだなと感じます。クラフトビールは地域の素材やストーリーとの親和性を高めやすく、つくった人、飲む人、居合わせた人など同士で自然と会話が生まれるんです。垣根なく、ラフに話せるツールといいますか。“自分のまちのビール”という強さがありますね」

クラフトビールの醸造所はカウンターのついたタップルームを併設していることが多い。できたてのビールを片手に話すのも楽しみの一部
クラフトビールの醸造所はカウンターのついたタップルームを併設していることが多い。できたてのビールを片手に話すのも楽しみの一部

村松 「社内では当初、『本当に自分たちで醸造するのか』という驚きの声が大きかったように思います。それでも事業を始動してみて強く感じているのは、地域とつながる方法には、まだ多くの可能性があるということです。私たち鉄道会社グループはこれまで移動を支えてきましたが、クラフトビールを取り入れたことで、“つくる・味わう・集う”といった体験が加わり、地域との関係性がより立体的に広がったと感じています」

高架下という鉄道会社ならではの資源を活かしながら、訪れたくなる場所をつくることで「通過するだけの場所が、目的地に変わる」と話す村松さん。そこに人を集め、つなぐ装置としてビールを採用することの効果が、中央線ビアワークスでも着実に現れはじめているようです。

村松 「ただの買い物や飲食の場所ではなく、いわばサードプレイスのような存在でありたいと思って運営しています。中央線沿線の地元クラフトビールとして愛していただける存在になれた先には、“ここにしかないくらしをつくる”という私たちの目指す地域のあり方も近づいてきているのではと思います」

通勤や通学で毎日のように通り過ぎている場所に、少し立ち止まる理由が生まれる。自分たちが暮らしているまちでつくったクラフトビールがあるから、カウンターで隣り合ったご近所さんと何気ない会話が生まれる。その出会いがそれぞれの日常でさまざまに発展し、まちの魅力にもなっていく。鉄道会社グループがクラフトビールを造る理由を知ると、全国、世界のまちづくりでビールが存在感を放っている理由が見えました。(すずき)

中央線ビアワークスでは地元素材を使った商品開発も検討中。ふるさと納税への参加や、国内外のビールコンペティションでの受賞も目指している
中央線ビアワークスでは地元素材を使った商品開発も検討中。ふるさと納税への参加や、国内外のビールコンペティションでの受賞も目指している

プロフィール

中央線ビアワークス

JR東日本グループ初の直営クラフトビール醸造所。小金井市内としても初の醸造所として、2025年7月、JR中央線東小金井駅~武蔵小金井駅間高架下に開業。株式会社JR中央線コミュニティデザインが運営を担い、元駅員がブルワー(醸造家)として商品開発に取り組んでいる。タップルームを併設し、地域交流の場を提供。
https://www.jrccd.co.jp/chuolinebeerworks/

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