ワークゼミ&コンテスト「NEW WORKING」連動企画、福生・昭島の実践者たち。第1弾は、JR青梅線中神駅前にある「アンポン bake&drip」の店主、石丸智浩さんと小山かおりさん兄妹です。2020年11月のオープン直後から今も、開店と同時に行列ができる人気のカフェ。フランスでも修行したかおりさんの焼き菓子、淹れたてのハンドドリップコーヒー以上にお2人がこだわったのは、地元の人に愛される居心地のいい空間をつくること。どのような道のりで開業し、愛されるお店を兄妹で続けているのでしょうか。
石丸「僕たちは3人きょうだいで、カフェ好きになったのは姉の影響なんです。姉が大学生になってから、いいカフェを見つけると高校生の僕と妹のかおりを連れて行ってくれるようになって。当時はカフェブームがはじまった頃。あちこち巡る中で、おしゃれな空間で過ごす時間がすごくいいなと思いはじめました。『こういう居心地のいい場所をつくりたいね。将来、きょうだいでカフェができたらいいね』と話すようになったんです」
具体的な計画は誰も立てていなかったものの、石丸さんとかおりさんはそれぞれ、夢に向かって歩みはじめました。石丸さんは、アルバイトとしてホテルの結婚式場、イタリアンの個人店、スターバックスと、食に関わるサービス業を経験。かおりさんは、これもまたお姉さんの影響で大好きになったお菓子作りの道へ。製菓の勉強に集中でき、調理師免許が取得できる武蔵野調理師専門学校へ進学します。
石丸「僕が留学して大学を1年休学したので、社会に出るタイミングはかおりと一緒。就職はどうしようかと考えたとき、ストレートで飲食業に行くと、業界の慣例や仕組みに凝り固まってしまいそうで…。今まさにカフェ事業を立ち上げようとしている、不動産会社を選びました。自分が開業する前に、ゼロからイチをつくる経験を絶対にしておきたかったんです。その会社に3年いたのですがチャンスが巡ってこなくて、『星野リゾート・マネジメント』に転職しました。今のような知名度はまだなくて、ちょうどリゾナーレ熱海を開業するタイミングでした」
待っていたのは、若い社員が挑戦できる自由な環境。フロントや客室清掃などのホテル業務、レストランでの調理を経て、リゾナーレ熱海内に併設する「BOOKS&CAFÉ」の運営を任されます。
一方、かおりさんは、お菓子づくりの技術を活かし、首都圏を中心に飲食店を展開する企業、カフェ・カンパニーに就職。会社を代表するブランドのひとつ、ワイアードカフェで経験を積んだ後、有名パティシエとコラボレーションした新店舗プロジェクトに加わりました。
小山「今は閉店してしまったのですが、『サンキャトルヴァン』というタルト専門店とお菓子教室の新業態で、パティシエ代表として参加したんです。お菓子教室ではインストラクターをしていました。師匠から、『焼き菓子をつくるなら、一度は本場フランスに行った方がいいよ』という言葉をいただいて。退社して、世界中からシェフやパティシエが修行にやって来る料理菓子専門学校、ル・コルドン・ブルー パリ校に半年通いました。卒業後は現地のパティスリーさんに半年。本場ではどれくらいお菓子が身近にあるか感じたかったのですが、スーツを着た男性が大きなマカロンを食べながら通勤していたりとか、もうびっくりするくらい食べてましたね(笑) そういう文化を肌で感じて、日本でも、もっと焼き菓子が日常に食べてもらえるようになるといいなと考えるようになりました」
それぞれの場所で経験を積む2人。その間も、化粧品関連の会社に就職したお姉さんときょうだい3人で、都内で場所を借りては、お菓子や飲み物をふるまう1日限定のカフェを年1回開催していました。
カフェ開業に向かって着実に歩んできたように聞こえますが、実はかおりさんは、カフェを開く夢を一度諦めたのだと言います。
小山「子どもが2人いて、子育てをしながらどうすればお店ができるんだろうと想像したときに、『これ絶対無理だな…』と思っちゃったんです。子どもを第一にしながらやりたいことも両立するって、簡単なことじゃない。夢で終わるかなと思っていたんですけど、お兄ちゃんが、『それでも挑戦してみようよ!』と言ってくれて。正直、実現できるとは思ってなかったんです。兄は家族を養わなくちゃいけないし、その分の売上を立てられるのかも不安。でも、お兄ちゃんはすごくポジティブなんですよね。その自信どこから出てくるんだろうといつも思うんですけど(笑) お店を出す地域をリサーチした上で、お兄ちゃんが『大丈夫!』って言うなら、っていう信頼が一番背中を押してくれました」
開業準備に踏み切ったのは、石丸さんの勤続が8年目となり、会社での仕事をやりきったと感じたタイミング。ちょうど、ご自身の2人目のお子さんが保育園に入り落ち着いた頃でもありました。
石丸「かおりに『そろそろしない?』と相談したのはいいんですけど、自分の奥さんには言い出しづらかったですね…。結婚する前から夢の話をしていたとはいえ、好きなことばっかりしていられないなという思いも、やっぱりあって。でも、どうしても諦めきれなかった。『反対されるかな』と緊張しながら聞いてみたら、『応援するよ』と言ってくれて、本当にほっとしました」
ご両親が転勤族だったため、幼少期から、大分、東京、埼玉、千葉と移り住んできた一家。故郷や地元といったこだわりの場所がないぶん、出店場所を選ぶのは逆に難しかったそう。候補のない真っ白な状態から昭島に辿り着くまでには、夢を口にしていたからこそ引き寄せたとも思える、不思議な出会いがありました。
石丸「リゾナーレ熱海で接客をしている時に、2人組のお客さんから星野リゾートについて質問をいただいてお話していたんです。全社員が支配人に立候補できる制度があることをご存知で、『君なったらいいじゃないか』と。それで、『いや実は夢があって…』とカフェの話をしたんです。そうしたら、そのお客さんが『僕たちが応援するよ』と言ってくださったんですが、何でも中央線沿いで不動産の仕事をされていると聞いて、びっくりしました」
当時、すでにお子さんがいたかおりさん一家は中野在住。いずれ立川あたりに家を買おうと考えていました。そこで、お店の場所はその生活圏に合わせようと、偶然の縁を頼って、中野から立川の区間で物件探しを依頼します。ところが、その途中でコロナ禍に突入。多くの人が、日常から余暇まで家の近くで過ごすようになり、家を買いたい人も都心から郊外へと視野を広げはじめました。
石丸「もう中央線にこだわらなくてもいいなと思って相談したら、あの日一緒にホテルにいらっしゃっていたもうお一人が、中神駅前にある物件の大家さんだと。それが、この物件なんです。まったく知らない土地だったので、最初に周辺調査をしたのですが、僕が新卒で入社した不動産会社の知識も、星野リゾートでの経験も存分に活きています。まちを見ると、だいたいどんな人がいるかわかるんです。昭島には団地がたくさんあって、その周りにはこぎれいなマンションがあって、移り住んでいく人が多い。大きなショッピングモールもあるし、立川からも2駅。駅前という魅力も強かったですし、30〜40代の子連れファミリーがたくさんいるまちだなと感じて、ほとんど即決でした」
決め手になったポイントはもうひとつ。自分たちが住んでいるイメージがわいたことでした。
小山「わたしは今年の6月に、お隣の立川に引っ越してきました。物件を見に来たときから、この辺りは子育てもすごくしやすそうだなと感じていて。お兄ちゃんも来年の春、近くに引っ越して来る予定なんですけど、お兄ちゃんの奥さんは高校の同級生で、それぞれの長男と長女も同い年なんです。これはもう、学区も一緒にしちゃおうと(笑) 近所で助け合えるし、すごくいいなって」
開業準備中、工事をしていると、通りかかる地元の人から「この駅は何にもないよ、昼間は誰も通らないよ」と心配されたそう。不安な中いざ開業してみると、初日から想像以上の反響でした。
石丸「大家さんの娘さんが近くに住んでらっしゃるのですが、ママ友ネットワークもすごくて。オープン前に、『ここには挨拶をした方がいい!』とかも全部教えてくださって、一緒に回ってくれたんです。仲介してくれた不動産屋さんも、チラシの裏に開店のお知らせを載せてくれたりとか。すごくありがたくて」
ご近所からの強力なサポートに加え、開店前にSNSを開設するなど石丸さんが考え抜いた戦略が目に見える反響となって返ってきた瞬間でした。
小山「1週間やってみて、計画していたことを全部変えました(笑) 最初は営業を火〜土曜の9:00〜18:00にしていたんですけど、お菓子が午前中でなくなってしまうので、試行錯誤しながら、今は平日11:00〜、土曜12:00〜に落ち着きました。オーブンも買い替えたし、少しずつ調整を重ねてやっと今という感じです」
子育てと両立するため、経営面は石丸さん担当、かおりさんはお菓子作りに専念しています。それでも、仕込み量の増加に比例して1日は目まぐるしく過ぎていきます。
小山「仕込めるときにどんどん仕込んで、ストックしていく感じですね。8:30に子どもたちを幼稚園に預けて、9:00前から17:00くらいまでお店にいて、お迎えに。わたしもお兄ちゃんも、日月は完全にお休みで家族の時間にしようと決めています。大変はたいへんですよ、やっぱり。でも、好きなことなので苦ではないです。預ける時間が長いと子どもにも負担をかけてしまうので、最初は心苦しさが大きかったのですが、途中から、『うちのママはケーキ作ってるんだよ!』って自慢してもらえるようになろうと気持ちを切り替えて…。引っ越してからは、自分の気持ちにも余裕ができたし、保育園に預けている時間も短くなって、子どもたちも伸びのびしてくれている気がします」
現在、スタッフは2人のほかに4人。最初はお母さまが手伝いに来ていたものの、目黒のご実家からの往復では移動だけで2時間もかかるとあって、オープンから1年経つ頃、製造補助に1人、ホールに2人を採用しました。
石丸「土曜日にはカウンターの中に4人。オープン時には想定してなかった人数ですけど、今はこれがちょうどいいですね。来月11月には3年目。開店当初はショーケースがなかったり、奥の丸テーブルもなかったですし、外のベンチやカウンターもなかった。オープンしてから変わることってたくさんあるので、7割くらいでスタートするのがいいのかなと思います。余力を残しておくと、変化できてお客さんにもワクワクしてもらえるんじゃないかな。理想のイメージは大切だけど、プレッシャーにもなる。100%にこだわりすぎると、融通が効かなくなりますしね」
小山「わたしたちは2人とも人とのコミュニケーションが大好きで、人と人をつないで、地元に愛されるようなお店にしたいんです。お菓子もコーヒーも、もちろん心を込めてつくっていますしこだわりはありますが、あくまでもツール。例えば、お客さん同士が仲良くなって、一緒に出かけたみたいな話をよく聞くのですが、そんな風にお店から生まれたものを目の当たりにすると、やっと夢が叶った感覚になりますね。お店って、ある程度の資金があれば開くことはできるけど、夢はそこじゃなかったんだなと思います」
この先、キッチンカーで出張したり、お店で親子向けのお菓子教室をしたり、地域のほかのお店とコラボ企画をしたりと、してみたいことが膨らんでいるそう。
石丸「この土地でお店を出すと決めて周辺調査をしていたとき、メインのターゲットは30〜40代だけど、どの世代の方が来ても居心地がいいようにしたいと思ったんです。カフェ巡りをする都心の人たちのためのお店じゃなくて、地域のお店になりたい。自分がやりたいことはもちろんだけど、ニーズとのバランスはすごく大事。どういうものがあったらうれしいかお客さんにヒアリングして、月に1回イベントをしたり、夜営業もはじめました。遠出できない時期にオープンしたこともあって、近所で楽しめるものを提供していきたいなって」
店内の壁を使って展示をしてみたところ、焼き菓子やコーヒーに興味がなかった人が友達の作品を見に訪れて「いいお店だね」と言ってくれたり、クリエイターも発表できる場を求めていることがわかるなど、いい連鎖が続いているそう。
小山「お店をしてみたいとか、つくったものを売りたいって思う方は多いですよね。最近相談されることも増えてきたのですが、子どもを第一にできるなら、人生は1回だし、絶対やってみた方がいいって、わたしは思います。実店舗を持たなくても、今はいろいろな選択肢がありますし。あとは、心のバランスを保つことってすごく大事。好きではじめたことが嫌になってしまうのが、一番よくないと思うので」
志をともにする誰かと一緒に開業を目指し、その後の日々を歩むなら、1人では諦めそうな夢や思いつかなかったアイデアが、前に進んでいく大きな力が得られそう。「やってみたい」と声に出してみれば、パートナーやサポーターは意外と近くにいます。自分がしたいと思ったことのために、できる方法を考えて実現していける可能性をアンポンの2人から感じます。
2004年
一番上の姉に連れられてカフェ巡り、将来兄妹でカフェをする夢ができる
2009年
石丸さん 大学卒業、飲食事業の立ち上げを計画中の不動産会社へ就職
小山さん 武蔵野調理師専門学校卒業、カフェ・カンパニー株式会社に就職
2010年
小山さん 会社の新業態であるタルト専門店にパティシエ代表として加わる
2012年
石丸さん 株式会社星野リゾート・マネジメントに転職、ホテル業務全般に携わる
小山さん カフェ・カンパニーを退職し、渡仏してル・コルドン・ブルー パリ校へ、卒業後パリのパティスリーで半年修行
2013年
小山さん 日仏にガレットクレープリーを持つ株式会社ル・ブルターニュ入社
都内で場所を借りて1日限定のカフェをきょうだい3人ではじめる
2017年
小山さん 出産のため退職
2019年
小山さん パートとしてル・ブルターニュに復職
2020年
それぞれ退職、11月に開業
3人きょうだいで3歳違いの兄と妹。石丸さんがオーナー、小山さんがパティシエという分担で、2020年11月、焼き菓子とコーヒーのお店「アンポン bake&drip」をJR青梅線中神駅前に開業。“アンポン(Unpont)”は、フランス語で“橋”という意味。お店のメニューや自分達自身が「架け橋のような存在になれたら」という願いが込められている。ル・コルドン・ブルー パリ校などで修行した小山さんのつくる焼き菓子と、石丸さんが淹れるコーヒー、居心地のいい雰囲気が人気を呼び、開業以来、地元の住民たちから愛されるお店に。
「NEW WORKING」は、福生市・昭島市の魅力創出を目指すワークゼミ&コンテスト。「まちにあったらいいな」というアイデアを募り、地域に根差した新しい事業へと成長を後押しします。あなたの小さなアイデアを、まちで大きく育てましょう。
福生、昭島市内で事業アイデアをお持ちの方
・創業前および創業して間もない方(概ね5年以内)
・申請時点で15歳以上の方
※団体、個人、法人は問いません
※居住地、本店所在地は問いません
※業種業態は問いません(ただし、公序良俗に反せず、社会通念上適切と認められるものに限ります)
グランプリ 1名 30万円
準グランプリ 2名 10万円
※受賞後から令和6年1月30日までに福生、昭島市内での開業が条件です
各種ビジネス支援
・専門家によるハンズオン支援(経営、財務、販路開拓、人材育成など)
・融資相談、店舗事務所の物件相談
エントリー
11月14日(月) 23時59分 締切
「まちにあったらいいな」と思うお店やサービスなど、自由な発想で事業アイデアを募集します。
ワークゼミ
11月19日(土)13:00-17:00
@福生市もくせい会館
エントリーいただいた方を対象にワークゼミを開催。アドバイスを受けながらアイデアをブラッシュアップします。
1次審査書類の提出
12月12日(月)23時59分 締切
各自が事業アイデアを書類にまとめて提出。いよいよファイナリストを選出します。
最終審査会&グランプリ発表
1月29日(日)12:30-18:00
@TOKYO創業ステーションTAMA イベントスペース
選ばれたファイナリストが、プレゼンテーションを行い、グランプリ・準グランプリを決定します。
福生・昭島地域の未来をつなぐ協議会(構成団体:福生市、昭島市、福生市商工会、昭島市商工会)
公益財団法人 東京都中小企業振興公社
株式会社タウンキッチン