街の余白で始めた“ケの日”のお店

2023.06.08
街の余白で始めた“ケの日”のお店

2022年6月1日、穏やかな三鷹市の一画に「褻ノ日(けのひ)」というセレクトショップがオープンしました。昔からあるコインランドリーを一部改装し、日本各地から取り寄せた郷土食や昔から使われている生活道具を販売しているユニークなお店です。褻ノ日を立ち上げた藤崎眞弓さんに、開業に至るまでのエピソードや、コインランドリーを活かした理由、お店づくりで大切にしていることなどについてお話を伺いました。

自分の生き方を見直し、会社を退職

古き良きコインランドリーの看板が目を引く、三鷹にあるセレクトショップ「褻ノ日(けのひ)」。お店では、日本各地で昔から食べられている郷土食や昔から使われている生活道具、生産者さんの想いがこもったアイテムなど、“日常的に使える良いモノ”を取り扱っています。店主の藤崎眞弓さんは、どんな経緯でここにお店を開くことになったのでしょう。

コインランドリーの看板が残る、素朴でレトロな佇まいの外観
コインランドリーの看板が残る、素朴でレトロな佇まいの外観

もともと商店街に生まれ、祖父の代から続く商売の家で育った藤崎さんにとって、お店の運営は身近なことだったといいます。大学卒業後は会社員としてアパレル商社やハウスメーカーで営業職として様々な経験を積んで一転、パン屋でパンづくりの技術を身に付けました。

そして子育てが落ち着いた頃に、一つの転機が訪れます。

まちの商品が集まる道の駅やアンテナショップが好きだったという藤崎さんは、日本各地の食品や伝統工芸品、全国商工会の商品を扱う会社に転職。初めは販売スタッフから、その後は海外向けに日本の食品を卸したり、ECを担当したり。仕事の中で、リサーチ力や企画力、提案力などを磨いていったそうです。

ところが、組織の変革により業務量が増大。激務に追われる中で同時期に自分の好きなことを大切にしていた義父が亡くなったことも起因となり、自分自身の生き方や働き方をあらためて考えるようになったといいます。

「業務量が多いだけでなく、新型コロナウイルスの流行によりECサイトでの販売などオンライン上でのやりとりが増えて。人と接することで得られる喜びを感じながら、元のように、ふつうに日常の生活を送りたいと考えるようになったのです。その頃は毎日夜遅くまで勤務していたので、二十四時間もっと自分の思うように生きたいと思い退職を決意しました」

退職後、藤崎さんは、前々からチャレンジしてみたかったという美術大学の通信課程に編入。商店街で育ったこともあり、空き家問題・地域のコミュニティ形成や地域創生などに興味があったため、デザイン情報学科でまちづくりを学ぶことにしました。

店主の藤崎眞弓さん。営業や仕入れなど様々なキャリアを積んできた
店主の藤崎眞弓さん。営業や仕入れなど様々なキャリアを積んできた

まちの空きスペースを、セレクトショップに

藤崎さんは、編入学手続きを終えて自転車で自宅周辺を走っていたある日、関東三大黒門のすぐ傍に、ほぼ使われていないコインランドリーの空間を見つけます。井の頭弁財天へと続く表参道入口にあり、人通りも多いロケーションに、「もったいない!」と感じ、どうにかこの空きスペースを活用できないかと思ったと振り返ります。

褻ノ日は、徳川幕府からも保護されたという由緒ある黒門の傍に佇んでいる
褻ノ日は、徳川幕府からも保護されたという由緒ある黒門の傍に佇んでいる

「大学でまちづくりに関して学ぶ一方で、それを実践できる場、そして基地のような場所を無意識に探していたのだと思います。それでここで、前職でお付き合いのあった日本の良いモノを引き続き発信したいと。シャッター街と化しコンビニしかないこの地域の方々に喜ばれる、そしてコミュニケーションの場になればいいなという気持ちもありました」

藤崎さんはこの場所を見つけたその日に、「あのコインランドリーの大家さんはどちらにお住まいですか?」と近隣の商店に聞き込み、直接大家さんの住む自宅のインターホンを押したといいます。

実は以前から大家さんのもとには、このコインラインドリーを建て替え・全面改装して土地を貸してもらえないかという打診が多くあったそうですが、江戸時代から続く参道の横に位置する場所のため、日本的な伝統を感じられる場所のままであってほしいと断っていたのだとか。幸いにも、藤崎さんのハウスメーカー飛び込み営業の経験や、販売する商品が日本の伝統的なモノということが功を奏し、お借りすることができたそうです。

大家さんのこの場所に対する想いを感じ、昔から使われているコインランドリーの看板を外すという選択肢はなかったといいます。

「看板を残したいという大家さんの気持ちを大切にしたかったですし、私としても看板を外すという考えはありませんでした。この看板がまちの景観のひとつ、日常の景色、みんなが知っている場所の看板はむしろ変えたくないという想いのほうが強かったです」

全4台のうち、1台のコインランドリーはいまも現役で稼働中
全4台のうち、1台のコインランドリーはいまも現役で稼働中

そして、看板やコインランドリーは継承しながら、店内を改装。旦那さんと一緒に古くなった壁紙を張り替え、床材をはがし、あとは古道具屋で集めた棚を什器として設置しただけ。なるべく残せるものは残しつつ、オープンに向けて準備を進めていきました。

なんてことのない“ケの日”を大切にしたい

そして2022年6月1日には、ついに日本の良いモノを発信する場所が生まれました。店名は“褻ノ日”に。“ケの日”は非日常的な“ハレの日”と対になり、普段通りの日常を指す古き良き日本の言葉。店名の由来について、藤崎さんはこう語ります。

「私自身も含め、コロナ禍で友だちや家族に会えなくなり、日常の大切さを知った方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。もともと自分がお店をやるならこんな名前を付けたいという店名をいくつかリストアップしていましたが、その中でも“褻ノ日”は昨今の状況にピッタリな言葉だなと感じたのです。それで、『なんてことのない日常を今後も大切にしていきたい』という想いを込めて“褻ノ日”と名付けました」

店内には所せましと様々な種類の商品が陳列されている。子どもからお年寄りまで幅広い年代がお店に訪れているそう
店内には所せましと様々な種類の商品が陳列されている。子どもからお年寄りまで幅広い年代がお店に訪れているそう

お店には、地域の名産品、無添加ジュースや食べ物、箒、塵取りなどさまざまな商品が並びます。前職でも仕入れや販売のキャリアを積んできた藤崎さんはどんな基準でお店の商品を選んでいるのでしょうか。

「日本にある良いモノを皆さんに知っていただき、日常的に使っていただきたいという気持ちでセレクトしています。主に、昔から地域で食べられている郷土食、昔から使われている生活道具、昔ながらの製法を大切にモノづくりしている方が手掛けた商品、地場農業物の中でも無農薬などひと工夫して価値を加えているようなこだわりを持って作られた商品を仕入れています」

褻ノ日をオープン後、まちの人からの大きな反応を感じているという藤崎さん。開店直後から、「ずっと空きスペースだった場所に素敵なセレクトショップができて嬉しい」「お店を開いてくれてありがとう」とお客様から声を掛けられることが多かったといいます。

「地元の皆さんもきっとこのまちの空きスペースを気にされていたのでしょう。特にPRは行っていなかったのですが、実際に開店してみたら、あまりにも地域で有名な場所だったので、オーブン準備段階からご存知の方が多くて。そうとは知らなかったので大変驚きました。もともとここは人通りの多い場所のため、地元の方を中心に、さまざまな年代のお客様が訪れます。お客様から『こんな商品を初めて知った!』と仰っていただけることも嬉しいですし、お客様から新たに良い商品を教えていただき商品を仕入れるケースもありますね。お客様にとっても私自身にとっても、新たな情報を得る場所となっています」

これまでの経験を生かして、独自の視点で仕入れを行う
これまでの経験を生かして、独自の視点で仕入れを行う

忙しいけど楽しい。お店がサードプレイスに

褻ノ日がオープンしてちょうど1年経った今も、藤崎さんは大学でまちづくりなどについて学んでいます。お店は火・水を定休として、平日は10時から19時まで、土・日・祝は12時から19時まで営業。大学の勉強とお店の経営で決してゆとりのあるスケジュールではありませんが、会社員だった頃と比べ、「やることが多くて時間的には余裕がないけど、心の満足は比較にならないほど充実。毎日忙しいけど、毎日が楽しくて仕方ないです」と言います。

「会社員時代はお客様と接する時間に限りがありましたが、現在は店内に設置してあるベンチを利用してお客様と2時間近く語ってしまうこともあります(笑) 褻ノ日は居心地の良いサードプレイスになれたら。家庭でも、職場でも、学校でもない、リラックスできる場所。効率性やビジネスの視点で考えると会社員時代には許されなかったかもしれませんが、現在は一人ひとりとゆっくり話せるのでとても心が満たされています」

ただ商品を販売するだけでなく、コミュニティの場となっている褻ノ日。現在、近隣に軽くお茶を楽しめる喫茶店がないため、ゆっくりと会話を楽しめる場所を求めて来るお客様も多いそうです。

藤崎さんが、これから目指すことはなんでしょう。

「これからさらに、地域に求められる商品の発信、そして今はなくてあったらいい空間・場づくりをしていきたいですね。長野の生家も今は空き家になっているので、地域に活かしていけたらよいなとも思っています」

過去に営業職を経験していたため、大家さんとの交渉もスムーズに行えたと笑って話す藤崎さん
過去に営業職を経験していたため、大家さんとの交渉もスムーズに行えたと笑って話す藤崎さん

自分の気持ちにまっすぐ、道を切り開いてきた藤崎さん。最後に、これから創業を考えている方々へ向けてメッセージをいただきました。

「誰しも失敗することは怖いと思いますが、どうか失敗を恐れずチャレンジしてほしいです。自分の子どもたちにも言っていることですが、一度きりの人生、失敗は次の機会の教訓にすればいい。自分の可能性を狭めて挑戦できない理由を探さないでほしいです。“こうでなければならない”という固定概念に囚われず、とりあえず挑戦してみれば、道が広がることも多くありますから。そして普通じゃない発想、当たり前や常識の見方を変えてみることも大切だと思います」

お客さんとの交流も楽しむ藤崎さん。近隣エリアでのハレの日のイベントも検討中
お客さんとの交流も楽しむ藤崎さん。近隣エリアでのハレの日のイベントも検討中

会社員としてのキャリアを捨てて美術大学へ編入したり、空きスペースを見つけたその日の内に大家さんとコンタクトをとったりと、自分のやりたいことに向けてアクティブに行動している藤崎さん。褻ノ日の運営だけでなく、地域を活性化させたいという熱い想いを原動力に、積極的かつ前向きに取り組む姿勢は、きっと世代や職業を問わず多くの方の胸に響くことでしょう。また、印象的だったのは「挑戦できない理由を探さないで」という藤崎さんの言葉。無意識に自分の可能性を潰してしまうのではなく、積極的に行動していく大切さを感じました。(三島)

プロフィール

藤崎眞弓

褻ノ日(けのひ)の店主。営業職、パン屋、販売、卸、EC業務とあらゆる商売に関わる職種を務めた後、退職して美術大学の通信課程に編入学。自身の経験やノウハウを活かして、学業と並行し2022年6月1日に井の頭弁財天へと続く表参道入口に、日本の良いモノを扱う「褻ノ日」をオープンした。店舗では接客や販売の他、商品の仕入れ、経理をすべて一人でこなしている。

https://www.instagram.com/___kenohi/

INFO

まちのインキュベーションゼミ#7

まちのインキュベーションゼミは、アイデアを地域で育てる実践型の創業プログラム。アイデアを事業化したいリーダーと様々なスキルを持って事業化をサポートしたいフォロワーがチームを作り、地域をフィールドに実践までを共にする4ヶ月間のプログラムです。アイデアを仲間と一緒にまちで実現していくメンバーを募集します。

期間

2023年7月22日(土) − 12月9日(土)

場所

KO-TO(東小金井事業創造センター)

定員

30名(先着順)

参加費

3,300円(税込)

対象

・アイデアをカタチにしたい人
・事業計画を実現したい人
・新規事業をはじめたい人
・事業を推進する仲間が欲しい人
・デザインなどのスキルを、誰かの事業に活かしたい人
・すでにあるお店や場所を、誰かに有効利用してほしい人
・事業化のサポートを通じて、起業経験を積みたい人
・将来、起業を目指している人

プログラム

オリエンテーション
7月22日(土)10:00 – 18:00
各自がアイデア発表を行い、リーダーを選出します。決定したリーダーを中心にチーム編成し、4ヶ月後の実践に向けた業務設計を行います。

プランニング
9月9日(土)13:00 – 18:00
実践プランをチームごとに発表します。プランに対するフィードバックをもとに、実践に向けた細部の設計を進めます。事業計画書の書き方など、創業に役立つ講義も行います。

実践
11月下旬
プレイベント、テストマーケティング、Web等による情報発信など、チームごとにプランニングした内容の実践を行います。

クロージング
12月9日(土)13:00 – 18:00
トライアルを踏まえ、事業プランの再構築を行います。ゼミを通じて得た気づきや学びをシェアし、各自のネクストステップを共有します。

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