
突然、農地が消えて、建売住宅がずらりと並ぶ。緑がまちからなくなった光景に肩を落とされた経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。東京郊外の農地を持つ新田農園の綾子さんと翔吾さん夫妻は、農地で人を呼び込むファームイベントをしたり、コーポラティブビレッジのプロジェクトをスタートするなど、農地を守りつつ活かす道を模索しています。聞き手は、タウンキッチン代表の北池。東京郊外の農家さんのリアルな悩みを明らかにしつつ、農地の新しい使い方を探ります。
北池 「こんにちは。今日はよろしくお願いします。トレーラーハウスでお話をお聞きできるとは思っていませんでした。素敵ですね、この場所」
綾子&翔吾 「ありがとうございます。今、ちょっとエアコンが故障していますけどね(笑)」
北池 「お二人は、農家でありながら、ユニークな活動をされているとお聞きしました。その辺りを含め、まずは新田農園のことをご紹介ください」
綾子 「この農地では、農作業を私の両親がメインで行なっており、子育てに少しずつ余裕が出てきた頃から私や妹がその手伝いとSNSでの情報発信等をしています。亡くなった祖母が四人姉妹の長女で、農家の跡を継いで畑を守ってきたんですね。私も長女なので、小さい時から刷り込みのように、ゆくゆくは私が跡継ぎになるんだという感覚がありました」
北池 「なるほど」
綾子 「両親は、私たちに『農業をしなさい』とは言わず、かなり自由にさせてもらって。でも、『農地をこれからどうしていこう?』という思いを昔からずっと一人で抱えていました。結婚を機に、夫と協力しながらやっていけるならと、8年前にこちらに戻ってきたんです」

翔吾 「私は婿としてこの家に来ました。今は上場企業向けのコンサルティングやブランディングの仕事をしながら、農と地域の繋がりを作る仕事など、プランニングを行っています」
北池 「農作物のブランディングはよくありますけど、農と地域の繋がりってあまり聞かないかも」
翔吾 「ものを作るだけではなくて、農のある空間や風景というものは、それだけで価値ある素敵なものなので、それを住んでいる人にも感じてほしいなと考えています」
北池 「この辺りは、江戸の大火の頃から移ってきて開墾された農家さんが多いと聞きます。『自分が目の黒いうちは農地として守る』と、生まれた時から十字架のように背負い込んじゃっているといったお話も聞いたことがあります。まちとしても、これまでは農地をなくしてどんどん宅地にしていったのが、最近は農地や緑を戻すような動きもある。そんな中でお二人は農地をどう捉えてらっしゃいますか」

綾子 「農地を守ろうとしても、今のシステムではどうしても相続のために農地は減っていきます」
北池 「そうですよね」
綾子 「私自身、ずっと目の前に畑や野菜がある風景を見てきましたし、幼い頃から採れたての美味しいお野菜が食べられるのが当たり前の生活で。急に畑がなくなり建売住宅が迫ってくることに、悲しさや嫌悪感がありました。農地が減るのは仕方がないにしても、突然これまでの景色が無くなることには、正直心を痛めていました。もう少し、“時間”をかけて風景づくりができないかなと思ったんです。ずっと『農地は守るもの』と思い込んできましたが、いつしか、守るだけじゃなくて、活かすようなやり方はないのかなと感じるようになっていきました」
翔吾 「私は妻から宿題を出されました(笑) 『ここの風景を守りたい。そのために一緒に何か考えて』と。それで、僕はまずは仲間を広げようと、色々な人に会いにいったんです」
北池 「そういう流れで、手放さなければならない農地を、コーポラティブ方式で売却することにしたんですね。そのほかにも農地でイベントをしたり。難しいテーマだからこそ、1人でやらないで人に繋がっていくことをはじめられたんですね」

北池 「本格的に農業をするなら、東京は畑の面積が小さくて効率性が難しすぎますよね。一方で、住宅街にある農地は、地域にとってとても貴重な地域資源でもある。美味しい野菜を生産することも大事ですが、まちの中で農地をどう活かしていくかという役割が大きいですね」
翔吾 「おっしゃる通りです。ただ、文字通り「畑違い」のフィールドで仕事をしてきた身としては農家さんのアイデンティティは職人だと感じます。深さを追い求めるイメージです。自身が作る農作物のクオリティを上げることに意識が高い方が多いと感じています」
北池 「そうそう、職人さんなんですよね。私も家の隣が農家さんで、無人販売所があるのですが、そこのイチゴはスーパーのものより断然美味しくて、ゴールデンウィークの時期には、行列ができることもあります。美味しいものを作りたいというマインドがど真ん中にあるんでよすね」

翔吾 「一方で農をビジネス、農業として捉えると、収穫量×単価=売上高という考え方になります。売上を上げるためには、単価を上げるか収穫量を上げるかの2択しかありません。単価を上げるための作物のブランド化などが考えられますが、それは新田農園を長年愛好してくれている地域のファンの方々をどこかないがしろにするような、自分たちらしくない方法のように感じました。この地域においての、自分たちのあり方を大切にしたかったんです」
綾子 「おかげさまで、新田ブランドのファンの方が周辺にたくさんいてくださり、それは本当にありがたいことです。でも、家族だけで農業を続けていくことは決して簡単なことではありません。私たち自身も永くあり続けるために、農業だけでなく、農地の違った活用のあり方はやはり模索していきたいところなんです。野菜だけでなく、新田農園そのものを、地域の中でファンになっていただく時代になっていくのかなと思います」


北池 「最初に綾子さんがおっしゃったように、ある日急に、今までの畑が無くなる風景を私もたくさん見てきました。農家さんも、決してそれを望んでいらっしゃるわけではないけど、どうすることもできない。農地を農地のまま活かしていく方法は、まだまだ提案し切れてないんだろうなとも思っています」
綾子 「アイデアはいろいろ出てきますが、実際に現在のルールの中で、良い方法を模索していこうと考えています」
北池 「そんな中で今回、新田さんが一部の農地を手放して、コーポラティブビレッジにしようと考えたのはどうしてですか?」
翔吾 「『まちを自分ごととして考える面白い人を周りに集めたい』という気持ちがありました。その一つの形として、コーポラティブという手法に出会い、興味を持ちました。地域の価値を高めることに自分ごととして捉えて活動をしてくれる人たちがいれば、地域は自然と活気づいていく。そんな主体性を持った面白い大人たちの中で子どもたちが育っていったら素敵だなと素直に感じました」


北池 「農家さんだけでなく、地域に住む一人一人の暮らしと、農を近い存在にしていくことなんですね。そこに暮らす人の内面というか主体性というか、その辺りが鍵なんでしょうか」
翔吾 「農との関わり方についても、従来とは別のあり方を考えています。例えば貸し農園では区画や作物が決まっていたり、いろいろ縛りが多い。農地を農地として残すだけならそれも一つの手段なのですが、僕はそこに集まる人々の関係性が大事なんだろうと思っていて。まだ検討段階ですが、コーポラティブ農園みたいなのをやってみたいなと思っているんです。大きな場所でいっぱい人が来て、コミュニティを作ることも兼ねながら農園をやるならありじゃないかと。例えばそこで作った野菜で料理をしたり、農園の中でいろいろできたら面白いですよね」
北池 「なるほど、それは面白そう。以前、ヨーロッパのコミュニティガーデンを見てきましたが、日本の貸し農地とは全く違う感想を持ちました。そこに集まる人にフォーカスが当たっているというか、そんな印象でした」
翔吾 「そうですね。ソフトをどこまで入れられるかだと思います。集う人にとっては、宅地でも農地でも関係ない。一つの空間として、創り上げることができれば非常に面白いものになるのではないでしょうか。例えば、日時によっては、半オープン半クローズの場所があってもいいと思います。一方で農家として深さを求める部分も大事にしたいので、そこはスタッフのみが入れるエリアにするなど線引きは必要なのかもしれません」
北池 「確かに、あくまで農地は私有地なわけで、集まる地域住民のリテラシーが求められてきますね」
翔吾 「今は、いろんな人たちに集まってもらって、農地でどんなことができるかと作戦会議をしているところなんです。先日はここの農地でイベントを行い、足湯をしたり、体験型のワークショップを行ったり、トークイベントをしたり、キッチンカーを出店してもらったり、様々な取り組みを実験的に行いました。農や農地を面白く使ってくれる業者さんや住民さんを増やしていくのが、ここ3年ぐらいでやっていきたいことです」


北池 「翔吾さんが、新しい農地の使い方をチャレンジされているのは、他業種出身だからできるというのもあるんでしょうか?というもの、農地を持つ何代目かの農家さんがこのエリアにはたくさんいらっしゃいます。みんながみんな、同じような発想で農地の活用を考えるのは難しそうだなと思い」
翔吾 「そういった面があると思います。固定観念があまりないので自由な発想でプランニングはできるかと思います。同時に法律や条例など、専門家の方の知見もお借りしながら、勉強もしていく必要があるなと感じていますが」
綾子 「良い意味で、異物感があってほしいなと思っています(笑)」
北池 「もちろん、そこを受け止める奥様やご両親がいらっしゃるからこそであるんでしょうけど」


綾子 「やはり、農家というのは、基本的には職人の世界で生きていると思います。なので、農地のことを誰に相談すればいいのかもよくわからない」
翔吾 「特に都心近郊の農家さんにとって、問題はそこにあると思います。お金、土地、法律、専門的なことに加えて、家族としてのあり方まで範囲が及びます。1人ではなかなか解決できないことが多いです。『新田さんが言ってることを実現するにはこういうやり方もあるよ』と提案してくれたり、アイデアの壁打ちになってくれるだけでも全然違う。そういう知識や経験を持ったパートナーさんが増えてくことは大事だし、私自身もそんなお手伝いをしていきたいなっていう気持ちもあります」
北池 「どうしても代々受け継がれてきた大切な土地なので、誰彼構わず相談できるわけではない。お金目当ての人が寄って来ちゃうこともあるでしょうし。翔吾さんがおっしゃる通り、農地の問題って、本当にいろいろな専門領域がまたがるテーマで、新しい発想をしていくときの拠り所がないのかもしれませんね」
翔吾 「実践者だからこそ、お伝えできることはたくさんありそうな気がします。地域のプレイヤーやつなぎ役がもっと増えると、農や地域のこれからのあり方が見えてくるのかもしれません」
綾子 「これからもみなさんと地域を盛り上げていきたいなと思ってます。私が生まれ育ったこの西東京市という都会でもないし、田舎でもない、ちょうど中間の場所をうまく活かしていきたいです」
北池 「今日のお話で勇気づけられる農家さん、オーナーさんも多いのではないかと思います。長いお時間、ありがとうございました!」

長い時代にわたって受け継がれてきた農地をどう守り、どう活かすべきかを模索してきた新田夫妻。閉じていた農地を、地域のプレイヤーやパートナーと一緒に育てる開かれた農地へ。二人の新しい農地への挑戦は今始まったばかりです。
120年以上続く農家で、西東京市柳沢の住宅街にあり、直売所も運営。ほうれん草やキャベツなどを中心に、年間通して約50種類ほど生産。東京R不動産と相羽建設とともに、手放した農地をコーポラティブビレッジとして建設予定。2025年10月には、農地で収穫体験やワークショップ、こども八百屋、マーケット、トークライブなど多彩なコンテンツを盛り込んだイベント「FARM PARTY!@新田農園」を開催。
https://www.instagram.com/nittanouen.nishitokyo/
柳沢プロジェクト(コーポラティブビレッジ)について
https://www.realtokyoestate.co.jp/rj/yg/